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アバター・オンライン  作者: HEN-TAI anime
一章.蛮勇王
4/7

3.

 頭の上に青色の菱形のクリスタルを浮かばせて、ゴブリンキングはウォーターフォール村の前で奮戦していた。

 村を守るように戦うのは先ほどのジョンと同じような顔立ちの騎士たち。どう見ても装備や装飾品も同じで、ここらへんに手抜きを感じるのは僕の人工知能が優れているからだろうか。むしろ捻くれているのだろうか……。


 とにもかくにも、ゴブリンキングは大戦斧を振り回して騎士たちを切り裂き、拳で叩き潰し、まさに先ほどまで僕がゴブリンにしていたことと同じことをしていた。乱獲である。

 それなのに騎士たちはいくらやられても立ち上がる不死身の戦いぶりなので、もしかすればHPバーは無限なのかもしれない。守護神ジョンが幾人もいるだけで壮絶なのに、全員が血みどろになっても立ち上がるからなかなかにホラー染みていた。

 何か怨念のようなものが立ち込めている気がする。


 けれど、行かねばなるまい。心理的にそう思うわけではなく、先ほどから背を押されている。視線で押されているとかではなく、物理的に村人たちに背中を押されている。STRの低い僕では太刀打ちできるはずもなく、体勢を崩してゴブリンキングの前に立ってしまった。


 とても大きい。とてつもなく大きい。僕の二倍はある巨躯、持っている斧が当たれば間違いなく僕のHPバーは全部吹っ飛ぶだろう。防御スキル取っておけばよかった。

 後悔に苛まれていると、ゴブリンキングの頭の上に浮かんでいた菱形のクリスタルが赤色へと変じ、イベントが始まった。


 ゴブリンキングの王冠が一際大きく輝き、灼熱の炎が噴き出す。それは身体全身を覆い尽くした。

 そこにいるのは一つの大きな炎の塊である。

 騎士たちは恐れることなく、気勢を上げて剣を振り上げて突っ込んでいく。


「毒蟲がっ! 我が同胞を殺した罪! その命で贖ってもらおう!!」


 炎の塊が地面を踏み鳴らし、大きく吼える。

 雄叫びを受けた騎士たちは剣を振り上げた体勢のまま金縛りに遭い、動けなくなる。

 そして。


「地獄の業火に焼かれろおおおお!!」


 炎が収束し、斧へと集まる。

 爆炎に包まれた斧はまさに焦熱地獄と言うべきか。そこに在るというだけで全てを焼き尽くしているかのようだ。

 思い切り横薙ぎに振り払い、騎士たちを胴体から切り裂き、炎の軌跡が残る。

 瞬間、爆ぜた。

 半分になった胴体と下半身がともに燃え、断末魔を上げる余裕すらなく、彼らは光の粒子に成り果てたのだ。


 感情移入する間もない。完璧な噛ませ犬っぷりである。


「ぐあっはっはっは!」


 民家よりも大きな図体を豪快に揺らし、幾分か小さくなった炎を纏う斧を地面に叩き付けて哄笑している。

 逃げたい気持ちでいっぱいなのに、クエストを逃亡した場合のペナルティが脳裏にちらつく。が、まだ低LVなのでデスペナルティは実に少ない。少しくらいならチャレンジしてもいいのではないか、とふつふつと闘志が湧いて……来るはずもなかった。正直逃げ出したい。だけど、村の入り口では両手を掲げて懺悔するかのように祈りを捧げている村人たちがいるし、逃げるわけにもいかない。


「紅蓮の支配者様! どうか、どうか勝利を!」


 それを言ったのは誰なのか、しわがれた声ですぐわかる。

 にやりと口角が吊り上がり、今の気持ちをを示すために鉄製の大槌を地面に叩き付けた。


「逃げていいですかね!?」


 返答はなかった。


 目の前には再び青色の菱形クリスタルを頭上に浮かべたまま嘲笑を続けるゴブリンキングがいる。イベントが終わり、こっちの準備が整うのを待ってくれているようだ。実に礼儀正しいというか、何というか。緊張感が削げること間違いない。

 だけど、僕にとってはここが間違いなくリアルである。まだ死んでないけど、死ねばきっと痛いんだろう。


 負けてやるもんか。


 一歩踏み出すと、クリスタルの色は真っ赤になり、ゴブリンキングが動き出す。

 巨体をのそりと動かして、醜悪な顔を大きく歪ませ、僕のことを両目で見下ろしてくるのだ。

 鈍重な足取りで眼前に鼻を突出し、鼻息荒く僕のことを睨みつけ、皺を深く刻んでいく。大層怒っていらっしゃるのがわかる。


「同胞の臭いがする。血の臭いだ」

「五百匹殺したみたいなんで……お風呂入ってないし、こびり付いてるかもしれない」

「……貴様は死ぬべきだ!」


 クリスタルが消え、ゴブリンキングの窄んだ瞳が深紅に染まる。モンスターがアクティブに切り替わり、こちらをターゲットにして攻撃してくるときと同じだ。


 斧を横薙ぎに払ってくるモーションを見て、鉄製の大槌を引きずるように後方に跳躍し、片手を突き出し、ぼそぼそと詠唱する。だが、果敢に肩からぶちかましをしてくる攻撃を避けるのに集中してしまい、詠唱が途切れてしまった。

 雑魚のゴブリンとは違い、攻撃速度が速い。避ける度に体勢が崩され、反撃の余地を残されない。SPDがあればどうにかなるのだろうが、生憎と僕のSPDは雀の涙。とにかく距離を開くために回避に徹するが、状況はだんだんと劣勢になっていく。


「あっ……」


 再び後方に跳躍したとき、足元にあった小石に躓いて転んでしまった。ゴブリンキングが明確な隙を見逃すはずもなく、一足飛びで距離を詰めて斧を振り下ろした。

 醜悪な顔に浮かぶのは暴力に酔いしれた愉悦の表情。弱者を甚振る強者の特権を思う存分楽しんでいる――厭らしい笑みだ。斧が当たることを確信し、勝利の美酒に酔いしれているのか。


『灼熱の息吹に焼かれて眠れ、ファイアボール』


 振るわれる斧の先端めがけて打ち出した魔法は正しく命中し、爆発の衝撃で軌道を逸らせることに成功する。そして、爆風で巻き起こった土煙は僕の小さな身体を包み隠してくれる。その代わり僕の視界も奪われる。

 ここからは勘だけの行動となった。

 鉄製の大槌を振りかぶり、前へと突き進む。

 煙が途切れた先には再度煙幕など構わずに斧を叩き付けようと振り上げるゴブリンキングがいる。渾身の力を込めているのか、体勢は全て攻撃に特化していて、僕の攻撃を避ける余力などなさそうだ。

 迷わず、右膝に鉄製の大槌から繰り出される打撃をぶちかました。


「グゥゥゥオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


 骨が砕ける心地良い感触が掌に伝ってくる。

 足を壊したおかげでゴブリンキングは痛みに打ち震えており、身体は動かないよう。

 だから、もう一撃。

 腰の骨が砕ける感触とともに悲鳴が聞こえるけど、止まらずに一発。

 めきめきと上がっていくハンマーマスタリーのLVUPの表示など無視して、僕の攻撃は続いていく……はずだったのだが。


「調子に乗るなあ、毒蟲が!!!」


 ゴブリンキングを中心に噴出した炎に阻まれ、鉄製の大槌の重量ごと後ろへと吹き飛ばされる。

 空を泳がないように地面を踏み締め、何とか着地をするが、そこへ振るわれた炎の斬撃によって片足が吹き飛び、体勢を崩す。

 目の前が真っ赤になるほどの激痛が僕を苛む。

 HPバーが笑えるほどに明滅し、アラート音が脳内に響き渡る。死にかけるとこういう現状が起きるのかと初めて知った。しかも、足が切断されても一応は立てるようにはできているらしい。【鈍足50%付加】などという有難い効果をプレゼントされて。さらには足の端から炎が乗り移り、【火傷】というDOTダメージ効果も負わされている。

 緊急手段として低級HP回復POTを急いで取り出して頭から引っかぶるが、後数分すれば死ぬだろう。


「……あー、一撃でこれとか酷くね。初期ボスだろ、お前!」


 あまりの理不尽さに腹が立つ。

 ステータスはINT縛り。

 武器はハンマー縛り。

 やけくそで全魔法をスキルスロットにぶち込んだ浅はかさにすらも!!


 せめてプレイヤーの声くらいは聴いてみたい。

 強くなれば、声くらいは聴けるのかなあ?


「最高の一撃で地獄へ送ってやろう!」

「嫌だ。僕はまだ死にたくない。だって痛いのは嫌いだから」


 ゴブリンキングは肺の空気を絞り出すかのように雄叫びを上げて愚直に突進してくる。

 僕は鉄製の大槌を構え、迎撃しようとし――いや、鉄製の大槌をその場に投げ捨てて横に飛び退く。

 ゴブリンキングの表情は驚愕に塗れ、信じていたのに裏切られた、といった様相を呈している。馬鹿め。真正面から戦うなんて有り得ない。このハンマーは飾りなんだ。

 だって僕はINT縛りだから……。


『凍れる息吹に抱かれて眠れ、アイスボール』


 横っ飛びに跳ねながら詠唱を完了し、ゴブリンキングに氷魔法を命中させる。

 極小の爆風を伴う【アイスボール】は相手を僅かな時間だけ凍結状態にする。そして、凍結状態のものは良い感じに電流を通す。五百匹もゴブリンを狩って出た結論だけど、おそらくは二倍以上のダメージアシストが見込まれる。

 知らずに口角が吊り上る。


『雷流の息吹に焦がれて眠れ、サンダーボール』


 紫色の電流が迸る。足が凍結状態のせいで上半身だけを盛大に動かし、激痛を表現しているのだ。立ったままのた打ち回り、項垂れて地面に突っ伏した。電流による【スタン】効果だろう。要するに気絶だ。つまり、まだ死んでいないということ。

 呆れるほど多い体力に感心しつつ、僕は鉄製の大槌を拾い上げ、ゴブリンキングの頭に叩き付けた。硬質な何かが砕ける感触が掌に広がっていく。

 ゴブリンキングは光の粒子となって消えていった。


『E-QUEST【蛮勇王の討伐】を達成しました。報酬を渡します。E-QUEST【ピーベリー城へ報告】を受諾しました』


 報酬で手に入ったものは『蛮勇王を討伐せし者』という称号だけだった。

 案外少ないものだなあ、と嘆き悲しむ間もなく、村長たちが一気に僕に駆け寄ってきて胴上げをされた。

 これにて一件落着、なのか? と思いきや、胴上げされているせいで月の浮かぶ空を見上げることになってしまったわけなのだが、嫌なものが見えた。




『E-QUEST【蛮勇王の討伐】を紅蓮の支配者様が達成しました!!』




 途端に全体チャットが溢れ出す。

 僕の名前を馬鹿にしているものやE-QUESTとは何か、発生条件は何か、などと探るもの。他にもいろいろあったが、僕はそっと全体チャットのチャンネルを切った。




                                       ―――蛮勇王、完



 アバター名:紅蓮の支配者

 Lv.9

 STR80(+24)/INT103/SPD50(-40)※

 スキル:【ハンマーマスタリーLv.13】【初級氷系魔法Lv.6】【初級炎系魔法Lv.4】【初級雷系魔法Lv.4】【初級風系魔法Lv.3】

 装備:鉄製の大槌(STR+6,SPD-40)

    牛角の鉄兜

    真っ赤な褌

 称号:蛮勇王を討伐せし者(STR+18)


 

 

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