1.
一番最初に見えたのは草原だった。
獣人族ばかりがいることから国家ネビアタンが選ばれたのがわかる。
ちらりと自分の姿を見下ろせば尻から虎縞の尻尾が生えていて、頭に触れれば耳が生えていた。間違いなく猫型の獣人族である。
他の人たちよりもかなり身体が小さく、筋肉量も少ない。
股間には僅かな盛り上がりがあることから男だということは推察できるが、何のためにここまで小さくされたのか謎だ。下手をすれば他の人の胸元くらいまでしか身長がない。
さて、ここまでの問題は全て些細なことである。
紅蓮の支配者。
これが僕の名前だ。
どういうことだろう。職業名や二つ名ならばまだ理解できるのだが、これが生粋な本命に設定されている場合、僕は何と呼ばれるのだろうか。恐ろしいことこの上ない。何を考えてこのような名前にしたのだろうか。全く持って理解できない。
とりあえずはユーザーの指示を待とうと思って待機してみるが、周囲から人がいなくなっても全く声を掛けられることはない。
仕方ないので虚空に手を翳し、『アバター権限』を確認する。
□移動権限
□装備権限
□全スキル着脱権限
□全アイテム使用権限
□全アイテム売買権限
□ギルド入隊・除隊権限
□パーティ加入・離脱権限
□クエスト受諾・達成権限
ほぼ全ての権限にチェックマークが入っていた。自由に行動しろと言うのことなのだろうか。僕は変な名前を与えられて、初日でユーザーに見捨てられたのだろうか。
あんまりな現実に目の前が真っ暗になる。
アイテムインベントリには一本の木で出来たハンマーだけ。
僕はそれを持って、始まりの草原から出ることにした。
たった一人の旅路が始まる。
◆
三種の国家がある。
僕が所属するのは獣人族の国家ネビアタン。他には機人族の国家タイタロスや翼人族の国家エアラビスの二つである。
特徴は僕の国家は全てが獣人族ということで、大体において五感や運動能力が高いということが挙げられるのだけど、とても困った。
ステータス画面を見たところ、僕の初期ステータスはびっくりするくらいに魔術師寄りになっている。
ステータスは三つある。
STR/INT/SPDである。
簡単に言えばSTRは力。INTは賢さ。SPDは速さである。獣人族で、しかも猫族な僕はSPDの種族ボーナスが凄まじいのだけど、そんなものを無視するかのように全力でINT振りである。更には最初に得意武器を選べるのだけれど、僕の得意武器は初期武器からわかるようにハンマーである。大槌である。SPDを犠牲にして装備するこれはどちらかと言えば大型の獣人族か機人族に装備させるべきなのに、何故猫な上に体格の小さな僕にこんな嫌がらせをするのかは甚だしく謎である。本当に勘弁してください、マジで。
おかげで始まりの平原から少し行った先にあるウォーターフォール村に辿り着くまでの道中は地獄だった。
一応最初のマップは全て脳内にインプットされている。
プレイヤーにゲームの内容を教えるためのチュートリアルのようなものだから、僕達アバターが色々と提示しなければならないのだが、何と言えばいいのだろうか。最初から操作を放棄されることなど想定の範囲外なので、対応の仕方がマニュアルに載っていないのだ。
しかも、ここまで全力で嫌がらせのネタステータスも完全に想定外である。おかげで初期モンスターのゴブリンに苦戦した。
命中はSPD依存である。ハンマー系の装備はSPDが低下する武器である。
要するに攻撃が当たらない。
「こな、くそっ! とりゃっ! えいやあっ!!」
重々しくハンマーを振り回すが、ゴブリンはせせら笑いを浮かべる余裕すらある。全て華麗に避けられてしまう。
苛立たしい! 雑魚の癖に! 一発当たれば死ぬくせに! むしろ死ぬべきだ!
ゴブリンは動きが遅いので攻撃を避けるだけで反撃はしてこないが、何分顔が醜いからこそ、嘲笑している様が物凄く腹立たしい。しかも、こんなときに『ハンマーマスタリーがLV.2になりました』などと出れば怒りは頂点を突破して怒髪天になってしまうのも無理からぬことなのは確定的に明らかなのは地球が自転するよりも明確である。
目の前が真っ赤になった僕はもう怒髪天ぶりを突破してハンマーをゴブリンに向けて投げ飛ばした後、ゴブリンに掴みかかった。
ハンマーを外したことにより生来のSPDを取り戻し、ゴブリン如き鈍重な動きでは捕えられない速度で動けるようになる。
そして華麗にキック。パンチ。首絞め。などの体術を駆使し、最終的にはゴブリンにサミング(要するに目潰し)を喰らわせ、蹈鞴を踏んだところに致命的な一撃を与えた。つまりは金的である。
CriticalHIT!!
と大きく文字が浮かび上がり、ゴブリンは光に包まれて消えて行った。
ちなみにモンスターを倒せば経験値が溜まる。そうしてLVを上げればステータスが上昇する。
さすがに初期段階なので一匹倒しただけでLV.2になり、ステータスが割り振られた。
STRが4上がりました。
INTが12上がりました。
SPDが6上がりました。
というシステム音声とともに……。
よくよく見ればステータス上昇権限だけは与えられていないようで、自由に振ることのできるステータスポイントは強制的にINT全振りになっていた。
後はLVによる種族ボーナスでSTRとSPDが上がっていくくらいだが、どうすればいいのだろう。
ともあれ、ウォーターフォール村に辿り着いた時にはHPバーは赤く点滅し、ハンマーは敵に当たらないのに耐久度が減っていた。ほとんど体術だけで切り抜けてきたにも関わらず、体術マスタリーを覚えていないのでスキル経験値が無駄になっている。是非とも体術マスタリーを覚えねば! と心から誓い、村の中へと足を踏み入れた。
ウォーターフォール村は海に面していて、桟橋がある。船も多く、漁が盛んなのだろう。
家は全てが木製であり、一階建てのものばかりだ。如何にも田舎といった風情である。
入り口付近には獅子を模した彫像があり、ここが位置登録になっている。死んだらここで復活するということ。セーブポイントのようなものだ。
僕は迷わず登録した後、村の中を少し歩くことにした。
「職業どうしよっかなあ?」
「あ、ねえねえ、あれ食べたい。いい?」
「男なら戦士っしょ!」
「盗賊王に、俺はなる!」
「えー、いきなり鉱山はきつくない? 死んじゃうよ。あぁ、まあそう言うなら行くけどさあ。デスペナ勘弁だわー」
多くの人が小さな声で誰かに呼びかけている。町中では中空に向かってにこやかに話している人が多い。おそらくはプレイヤーとこれからの行動方針を組み立てているのだろう。
最初に設定された性格によって内容はさまざまだが、それでもアバターは何かとプレイヤーの言葉を優先するように設定されている。僕もそのはずで、プレイヤーとともに成長していくのがアバター・オンラインの醍醐味なのだが、生憎とプレイヤーの声すら、性別すらも僕は知らない。
ああ、これが本当の姿なのだなあ、と早速プレイヤーに見捨てられた僕は少し涙が出そうになった。
悲しみに暮れないように目元を擦りつつ、逃げるようにスキル販売をしているNPCのところへ走った。
ウォーターフォール村の入り口から少し歩いた海に面した家。そこに居座る獅子族の男がNPCである。強面の毛むくじゃらで、偉そうな漆黒のローブを羽織ってる老人だ。如何にも何かを伝授しそうな雰囲気を放っている。
「冒険者よ。汝は何を望む」
そう言ってスキルを提示してくる。
さて、このゲームはスキルを育てて強くなっていくゲームである。BasicLevelも重要だが、それ以上にスキルの選定に迷わせられる。
スキルスロットは五つある。そこに全てのスキルを入れなければならないのだが、この時点ですらスキルは五十個以上に昇る。
生産性スキルや武器マスタリー、系統毎による魔法や魔法のアシスト、身体能力を補うスキルなど挙げればキリがない。
そして、僕の装備しているスキルはハンマーマスタリーLv.4だけだ。スキルは覚えた後でも簡単に入れ替えることができるので迷う必要はないように思えるが、付け替えた時に経験値が一割減る。序盤なら大したことはないが、後半になればなるほど悲惨な目に遭うという仕組みだ。
憎きハンマーマスタリー。LV.4になってようやくゴブリンに攻撃が当たるようになるという理不尽さ。耐久度も残り少なく、正直なところ抛り捨てたいところだが、何故かこれだけがプレイヤーとの繋がりに思えた。だから、捨てるわけにはいかないなどと考えてしまう。
スキルウィンドウを開くと五芒星が浮かび上がる。その中にぽつんとだけハンマーマスタリーがある。
如何にかしてハンマーマスタリーを生かすことができないだろうか、と僕は考えに考え抜き、一つの結果を出した。
そうだ。魔法で敵を拘束すればいいのだ、と。何故ならステータス権限はなく、全てINTに振られるのだから、ここは半ばヤケだった。全魔法覚えてやる。
【ハンマーマスタリーLv.4】【初級氷系魔法Lv.1】【初級炎系魔法Lv.1】【初級雷系魔法Lv.1】【初級風系魔法Lv.1】になってしまった。全魔法を覚えたら自然とこれしか入らなかったというべきか。後悔は微塵もしていない。
猫人族はナイフなどが本来なら似合うのだが、もうハンマーを選ばされた上にINT上昇縛りなのだからなりふり構ってられない。新世界を切り開く開拓者になるしかないのだ。
他の人たちは楽しそうに村の外に出ていくが、僕は暗澹たる気持ちで始まりの草原へと戻った。ゴブリンにすら苦戦するのに、ウォーターフォール村付近のモンスターに勝てる気などしないからである。
故に付近のゴブリン狩りへと洒落こもうとしたのだが、脳内に設定されていたのはウォーターフォール村に辿り着くまでであり、それ以上のことはない。つまり、魔法の強さを甘く見ていたのだ。
『凍れる息吹に抱かれて眠れ、アイスボール』
僕の手から生み出された掌サイズの氷の球が凄まじい速度でゴブリンにぶつかっていく。
するとゴブリンのHPバーは半分になるばかりか、凍り付いて身動き取れなくなっている。
何と言うことだろう。ハンマー当て放題だ。
今まで苦しかったハンマー生活を思い出すと涙が零れるが、これからはとうとうハンマーの時代が来るのである。
「ごめんね。君のこと、馬鹿にしてた」
凍ったゴブリンの前でハンマーに謝罪し、大きく振り上げ、ゴブリンの頭蓋骨に叩き付けた。
こうして僕の乱獲タイムが始まったのである。
アバター名:紅蓮の支配者
Lv.4
STR32/INT55/SPD32(-30)※
スキル:【ハンマーマスタリーLv.6】【初級氷系魔法Lv.3】【初級炎系魔法Lv.2】【初級雷系魔法Lv.2】【初級風系魔法Lv.2】
装備:木製の大槌
革の服
※ハンマーの補正のせいでSPD30減らされている。おかげでSPD32である。