9/29
妻に鼻唄を聞かせる
酔っ払った。給料日だった。酔っ払った。それ以外に今、自分の状況を説明する言葉がない。して、その終電のドアから出られず、終点にも気付いてはいるが車掌の声に身体のいうことの利かず、シートに凭れ掛かっていると、鼻唄が耳の隅に聴こえてきた。
「大きい坊やにきついこと言っちゃダメ。もう自分でも分かってるんだから。こうするの」
「お嬢さん、仕事には勘定にもかからないこういった無駄な世話焼きも必要と都条例に載っています」
鼻でふふんと笑ってしまった。
その鼻唄の女は、更に笑えるが、歌った。下手糞だが声に張りのある、元気の出る「蛍の光」。胸に穏やかで、ああ、昨日はもうとっくに終わっていたのか、子供はいないが家内が待ってる、納得して、そして笑いながら身体を起こした。見たことのある女、しかし思い出せない。そして安堵して帰って行った。
鼻唄が耳に転がり、足音を間誤付かせ、歩幅が一緒の様な気を起こさせた。足音が別れて行き、気が付くと一人になっていた。立ち尽くして耳を澄ませるとまだ聴こえるような気がした。しかし聴こえなかった。それを「遠い」と判断した。帰り道は野良猫に優しく朗らかに千鳥足を進めた。土産に寿司はベタだが、家内は笑って食べた。何だか元気になって今日さっき在ったはなしを聞かせた。




