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第七章 街の灯り、遠ざかる背

昼下がりの街は、焼きたての香りに包まれていた。


石畳に面した小さなパン屋。

扉が開くたび、ふわりと温かな空気が外へ流れ出す。


「いらっしゃ――あっ」


声を上げたのは、生地を運んでいたノエルだった。


金髪の女性が店に入る。


「こんにちは、ノエルさん」


柔らかな声。


「こ、こんにちは! ルミエラさん!」


背筋が伸びる。

笑顔は爽やかだが、どこか落ち着かない。


カウンターの向こうで、ガイルがにやりと笑った。


「ノエル、顔赤すぎるぞ」


「ち、違いますって!」


ノエルは思わず言い返す。


奥からマルタの声が重なる。


「いいじゃない。若いんだから」


焼き上がりを確かめながら、穏やかに笑う。


「ルミエラちゃん、いつもの?」


「はい、お願いします。今日は少し多めに」


「はいはい。ノエル、運んであげなさい」


「は、はい!」


返事だけは妙に元気だ。


ガイルが肩を揺らして笑う。


「分かりやすいやつだな」


「もう、ガイル」


マルタはたしなめるように言いながらも、優しい目をしている。


ルミエラは小さく微笑んだ。


「いつもありがとうございます、ガイルさん、マルタさん」


「いいのよ。ルミエラちゃんには世話になってるもの」


パンを受け取ると、彼女は丁寧に一礼する。


「では、また後日」


「はい! また!」


ノエルの声は少しだけ裏返っていた。


扉が閉まり、足音が遠ざかる。


店内には、焼きたての香りと笑いが残った。



夜。


仕事を終え、ノエルは家へ戻った。


扉の前でポケットを探る。


……ない。


反対側も探る。


ない。


「あ」


家の鍵を、店に置いてきた。


「やっちゃったな……」


小さく息を吐き、来た道を引き返す。


夜の街は静かだった。

昼の賑わいが嘘のように、人影は少ない。


足早に歩いていると――


前方を歩く金色の髪が街灯に照らされた。


「……ルミエラさん?」


外套を纏った彼女が、一人で歩いている。


こんな時間に珍しい。


思わず足が速くなる。


「ルミエラさ――」


声をかけようとして、言葉が止まる。


彼女の進む先。


そこには、王城の高い壁がそびえていた。


衛兵の前でルミエラが立ち止まり、何かを告げる。


門が開く。


迷いのない足取りで、彼女は中へ入っていった。


ノエルは少し離れた場所で立ち尽くす。


声をかけることもできず、ただ見送る。


門が静かに閉じられた。


「……王城?」


胸の奥に、説明のつかない違和感が残る。


聖女が、こんな夜に。


理由が思い浮かばない。


ノエルはしばらくその場に立ったまま、閉じた門を見つめていた。


街の灯りは変わらず温かい。


けれどその向こうに、自分の知らない世界があるような気がしてならなかった。

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