第六章 痛みの確認
夕暮れの光が、ルミエラの部屋を柔らかく染めていた。
教会で使った治癒布を丁寧に畳み、棚へ戻す。
今日も誰かの痛みは消え、感謝の言葉が残った。
それだけの一日。
扉が静かに叩かれる。
ルミエラが開けると、床に封筒が置かれていた。
拾い上げる。
上質な紙。見慣れた筆跡。
ルミエラ様
今夜の晩餐にぜひお越しください
——エドモンド
彼女は読み終え、小さく頷く。
「承りました」
静かに呟き、外套を羽織る。
夜の空気は冷たく澄んでいた。
王城へ向かう足取りは、昼と変わらず穏やかだった。
⸻
拷問室前の控室。
燭台の灯りが机の書類を照らしている。
官僚の男が立ち上がった。
「お待ちしておりました、ルミエラ様」
彼女は一礼する。
「本日の内容をお願いいたします」
男は書類をめくる。
「対象は密輸組織の仲介役。拘束時も反抗的で、供述を拒否しています」
淡々とした説明。
「聞き出したいのは?」
「主要な保管庫の場所、連絡経路、協力者の氏名。優先度は高い順にその三点です」
ルミエラは静かに頷く。
「承知いたしました。確認いたします」
「身体の状態は問いません」
官僚は視線を上げる。
「ただし対象は生かしたままでお願いします」
それだけだった。
「かしこまりました」
余計な説明はない。
それで十分だった。
官僚は扉を示す。
「準備は整っています」
⸻
石の通路は湿り、冷気がまとわりつく。
灯りが揺れ、影が伸びる。
足音だけが規則正しく響く。
拷問室の扉が開かれた。
中には男が拘束されている。
体格のいい男だ。
目に敵意と余裕が混じっている。
ルミエラを見ると、にやりと口角を上げた。
「……なんだ? 聖女様か?」
視線が彼女の姿をなめる。
下卑た笑み。
「へぇ……癒してくれるのか? だったら悪くねぇな」
拘束されたまま体を揺らし、意味ありげに笑う。
「優しくしてくれるんだろ?」
ルミエラは穏やかに一礼する。
「こんばんは。本日担当いたします、ルミエラ・ヴァレンティスと申します」
声は柔らかい。
男は余裕の笑みを崩さない。
「そうかい。なら話は早ぇな」
机の布が外される。
整然と並んだ刃物。
男の笑みが一瞬だけ止まる。
「……おい、それは違うだろ」
ルミエラは細身の刃を手に取る。
「これより確認作業を行います」
声色は変わらない。
男が理解するより先に――
刃が振り下ろされる。
鋭い音とともに、男の前腕が裂ける。
遅れて血が噴き出した。
「っ、ああああ!?!」
悲鳴が空気を震わせる。
男の体が暴れる。
ルミエラは距離を保ったまま観察している。
興味ではない。
経過確認。
「痛みは継続していますね」
淡々とした報告のような声。
男は怒鳴る。
「てめぇ正気か!?」
次の刃が入る。
今度は深い。
筋が断たれる感触が手に伝わる。
男の喉から獣のような叫びが漏れた。
血が床を叩く。
ルミエラはすぐに掌をかざす。
柔らかな光が溢れ、裂けた肉が巻き戻るように閉じていく。
骨も、筋も、皮膚も。
何もなかったかのように。
男は荒い呼吸のまま、自分の腕を見る。
震える。
「……なんだ、これ……」
「再生は正常です」
確認完了。
次の工程へ。
刃が再び入る。
今度は手の甲。
骨に当たる硬い音。
男の絶叫が石壁に反響する。
「やめろ!!やめろって!!」
ルミエラは静かに首を傾ける。
「やめる理由がまだ確認できておりません」
掌が光る。
裂けた肉が巻き戻るように再生する。
骨も筋も元通り。
男は荒い呼吸のまま腕を見る。
震えが止まらない。
「……なんだよ、これ……」
「再生は正常です。続行します」
再び刃。
切開。
光。
再生。
そしてまた――
悲鳴の質が変わる。
怒声が懇願へ崩れる。
「しゃべる!しゃべるから!!」
刃が止まる。
ルミエラは穏やかに言う。
「ではお聞かせください」
男は保管庫の場所を吐く。
連絡経路を話す。
共犯者の名を並べる。
止まらない。
ルミエラは最後まで丁寧に聞き取る。
確認が終わると、一礼。
「ご協力、感謝いたします」
光が溢れ、残った傷が消える。
血の跡だけが、現実の証拠として残った。
男は震えたまま声を出せない。
ルミエラは刃物を整え、机へ戻す。
任務完了。
それ以上の意味はない。
彼女は静かに部屋を後にする。
地下に沈黙が戻る。




