第五章 光の中の聖女
朝の鐘が、王都にやわらかく響いた。
教会の扉が開くころには、すでに数人が列を作っている。包帯を巻いた者、子どもの手を引く親、疲れた顔の旅人。
誰もが同じ目的でここへ来る。
ルミエラ・ヴァレンティスの治癒だ。
「おはようございます。順番にご案内しますね」
彼女は穏やかに微笑む。
朝の光を受けた金髪が淡く輝き、碧い瞳は静かな湖のように澄んでいる。その佇まいだけで、緊張していた空気がやわらぐのが分かる。
最初の患者は年配の男だった。腰を押さえ、歩くたびに顔をしかめている。
「無理をなさいましたか?」
「はは……年でな」
ルミエラは椅子に座らせ、そっと腰へ手を添える。
触れた瞬間、男の体がわずかに強張った。
痛みへの予期反応。
彼女はそれを観察するように見てから、光を灯す。
やわらかな輝きが広がり、筋肉の緊張がほどけていく。
男の目が見開かれた。
「……軽い」
ゆっくりと立ち上がる。何度か腰をひねり、驚いたように笑った。
「本当に痛くない」
「よかったです。しばらく無理はなさらないでくださいね」
彼女の声は変わらず穏やかだった。
男は何度も礼を言いながら去っていく。
次は、転んで膝を擦りむいた少女だった。傷は浅いが、涙で顔が濡れている。
「痛かったですね」
ルミエラはそう言う。
言葉は適切だったが、そこに実感はない。ただ、そう言う場面だと理解しているから口にしている。
彼女は膝に触れる。
少女がびくりと肩を揺らす。
光が傷を包み、赤く滲んだ皮膚が滑らかに戻る。
少女は恐る恐る膝を触り、ぱっと顔を明るくした。
「なおった!」
「ええ。もう大丈夫ですよ」
少女は笑い、母親のもとへ駆け戻る。
教会の中に安堵の空気が広がる。
ここでは、彼女は奇跡そのものだった。
昼が近づくころ、担架で男が運び込まれた。作業中の事故らしく、腕は不自然に曲がり、呼吸も荒い。
周囲がざわつく。
ルミエラは静かに近づいた。
骨の位置、出血量、呼吸のリズム。
彼女の視線は正確に情報を拾う。
「少し治しますね」
男は歯を食いしばり、うめき声を漏らす。
彼女の手が光る。
砕けた骨が静かに整い、裂けた肉が閉じる。
男の体から力が抜けた。
深い息。
「……助かった……」
ルミエラは頷く。
「しばらく安静にしてください」
そのやり取りは、教会では何度も繰り返されてきた光景だった。
人々は彼女を見て安心する。
傷は癒える。
苦しみは消える。
それが彼女の役割だ。
昼下がり、最後の患者を見送ると、教会は静けさを取り戻した。
窓から差し込む光が床に長い模様を描いている。
ルミエラは手を洗い、椅子に腰を下ろした。
今日も多くの傷が消えた。
それを良いことだと理解している。
人は痛みを嫌う。
だから癒しを求める。
彼女はそれに応える。
ただ、それだけだ。
痛みがどんな感覚なのかは分からない。
だが――
消えた時、人は安心する。
その結果は、はっきりと理解できる。
遠くで子どもたちの笑い声がした。
教会の扉が風でわずかに揺れる。
穏やかな午後だった。
ルミエラは静かに目を閉じる。
次に誰かが扉を叩くまで。
聖女はここにいる。




