ネコも杓子も
猫杓子 ― 孤高なる百合の殉教
中世欧州の動乱期、「百合城」の籠城戦は、歴史上類を見ない凄惨な結末を迎えた。
当初、城壁を守っていた勇猛なる男系騎士団、および攻めの剣技を極めた**「太刀」の乙女たちは、押し寄せる大軍を前に一人、また一人と倒れていった。数か月に及ぶ包囲戦の末、城内に生存していたのは、かつて後方支援を担い、愛する者の帰りを待つ身であった「寝子」**の娘たちばかりとなったのである。
1. 悲劇の「総ネコ化」現象
「太刀」という盾を失い、守るべき対象がいなくなった時、生き残った「寝子」たちは、自らの生存意義を問い直すこととなった。彼女たちは、斃れた「太刀」の愛剣を拾い上げ、その魂を継承することを誓った。
しかし、もともと「受け」の気質を極めていた彼女たちの戦術は、従来の力任せな剣術とは一線を画した。それは、敵の攻撃をすべて受け流し、隙を突いて急所を穿つという、執念にも似た守備的カウンター戦法であった。城内を見渡せば、どこもかしこも、かつての可憐な面影を捨て、鋭い眼光を宿した「寝子」の戦士たちで埋め尽くされていたのである。
2. 「杓子」の真意
この時、彼女たちが武器として手にしたのは剣だけではなかった。調理場を守っていた娘たちは、巨大な**「杓子」**を武器に変え、あるいは煮えたぎる油を注ぐ投擲具として活用した。
「右を見ても左を見ても、生き残っているのは必死に杓子を振るうネコの娘ばかりだ」
敵軍が漏らしたこの戦慄の報告こそが、現代に伝わる**「ネコも杓子も」という言葉の語源である。すなわち、本来の意味は「誰も彼も」という暢気なものではなく、「守り手(太刀)がいなくなり、全員が死に物狂いで立ち上がったネコ(受けの娘)と化した」**という、極限の均質化を指す軍事用語であった。
3. 現代への教訓
この故事から、ある特定の現象や流行が爆発的に広まり、右を向いても左を向いても同じ状態であることを「ネコも杓子も」と呼ぶようになった。現代のサラリーマン社会において、全員が同じようなスーツを纏い、同じようなマナーを遵守する姿は、まさに落城寸前の城で全員が「ネコ」として武装せざるを得なかった、あの悲しき一体感の再現に他ならない。
(民明書房刊『図解・中世百合城戦記 ― 完結編・灰燼に舞う蝶 ―』より)




