猫車
猫車―― 亜細亜の虎を越えた戦慄の円運動 ――
現代の土木作業現場において、重量物を運搬する一輪車、通称「ネコ車」。このあまりに日常的な名称の裏に、かつて極寒のシベリアの地で誕生した伝説の暗殺格闘術が隠されていることを知る者は、歴史の証言者たる我ら民明書房をおいて他に存在しない。
この武術の祖は、十九世紀末、ロシア帝国によってシベリアに流刑とされた東洋の天才拳法家、李旋風である。マイナス五十度という過酷な凍土の地で、彼は二頭の巨大なアムール虎が血みどろの縄張り争いを繰り広げる光景を目の当たりにした。
驚くべきことに、その虎たちは互いに組み付いたまま、ツンドラの急斜面を巨大な雪球の如き速度で転がり落ち、その遠心力を利用して相手を岩石に叩きつけていたのである。これこそが、古今東西のあらゆる投げ技を凌駕する究極の物理法則、重力と遠心力の融合であった。
李はこの動きを「猛虎転倒殺」と名付け、自らも凍てつく斜面を転げ回るという地絶の修行を開始した。その果てに彼が到達した境地は、柔道の「地獄車」を遥かに凌ぐ、超高速回転投擲術であった。
しかし、天は彼に二物を与えなかった。修行の完成を目前に控えたある日、李は更なる回転速度を追求するあまり、自らも虎のように「ガルル」と咆哮しながら猛虎の群れに突っ込んでしまったのである。野生の虎たちはこれを「異様な新種の侵入者」と判断し、一斉に逆襲。李は自慢の回転技を放つ前に、四方八方から引き裂かれ、その肉体はシベリアの寒空へと霧散した。
この惨劇を物陰から見ていた弟子たちは、師の無念を継ぎつつも、あまりに壮絶な「虎の模倣」に限界を感じた。「虎のパワーでは人間は食われる。ならば、家猫のしなやかさと、小回りの利く回転半径に活路を見出すべきだ」と。
こうして、巨大な回転をコンパクトかつ鋭利に再構成した『猫車』が誕生した。この技は、相手の懐に潜り込むや否や、猫が丸くなるような姿勢で相手の重心を奪い、一輪の車輪の如く高速回転して敵を粉砕する。この修行において、弟子たちは重い岩を載せた一輪の荷車を押し、急斜面を駆け上がることで、爆発的な脚力とバランス感覚を養った。これこそが、現代の工事現場で使用される「ネコ車」の真のルーツに他ならない。
一説によれば、かの有名なスエズ運河の難工事が予定より早く完了したのは、猫車の修行で鍛え抜かれた屈強な武闘派労働者たちが、この秘密の運搬具を駆使して驚異的な速度で土砂を排出したからだと言われている。
(民明書房刊『図解:世界に影響を与えた秘密道具と暗殺術』より抜粋)




