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民明書房刊 役に立たないネコのコトワザ図鑑   作者: ロータスシード


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32/52

蛇が出るかジャ(ヘビ)が出るか?

民明書房刊『絶望の循環―同義語における地獄の袋小路―』より抜粋

挿絵(By みてみん)

蛇出蛇出じゃがでるかじゃがでるか

古来、未知の領域に挑む際の期待と不安を「蛇が出るか、鬼が出るか」と表現する。これは、最悪(蛇)か、あるいはそれ以上の破滅(鬼)かという、選択肢にわずかながらのグラデーションが存在する状態を指す。しかし、江戸時代後期の虚無主義哲学者・**堂々 巡斎どうどう・めぐりさいが、その絶筆『無益な二択』において喝破したのが、この「じゃが出るか、ジャ(蛇)が出るか」**である。


これは、言葉の響きこそ違えど、その本質は**「同一の災厄」**を言い換えただけに過ぎず、どの道を選んでも、どの藪を突いても、結末には「救いようのない絶望」しか用意されていないという、究極の閉塞状況を指す格言である。


兵法における「同義語の迷宮トートロジー・トラップ

巡斎は、権力者が民衆や部下を欺く際、この「蛇出蛇出」の技法を多用することを指摘した。


選択の錯覚イリュージョン・オブ・チョイス: 「増税か、負担増か」「過労死か、解雇か」といった、本質的に等価値な二つの地獄を提示することで、対象に「自ら選択した」という誤認を与える。武術界ではこれを**「双頭蛇そうとうだの構え」**と呼び、敵にどちらの首を斬らせるか選ばせることで、結局は毒牙に掛ける非道な戦術とされる。


言語の虚飾(セマンティック・迷彩): 「蛇」という言葉の不吉さを避けるために、あえて「ジャ(Jya)」と異称を用いる。しかし、這い出てくるものの鱗の数も、注入される毒の致死量も全く同じである。現代ビジネスにおける「リストラ」を「キャリア・自律・支援」と言い換えるような行為は、正にこの「蛇出蛇出」の極致である。


無限の反復エンドレス・ループ: 巡斎は、藪をつついて「蛇」が出た後に、別の藪を「次はジャが出るかもしれない」と期待して突く行為を、人間の最も深いごうであると断じた。これを**「無間むげんの藪突き」**と呼び、一生を不毛な選択に費やす者の末路を予見している。


現代の兵法としての解釈:袋小路からの「脱兎」

現代社会において「蛇が出るかジャが出るか」という状況に直面した際、賢明な「社猫」が取るべき行動は、どちらの蛇を選ぶか思案することではない。


「どちらを選んでも、結局は蛇ではないか」


この事実に気づいた瞬間、藪を突く棒を投げ捨て、直ちに「猫の道」へと逃れるべきである。論理的に言い換えられただけの二択に付き合うことは、脳のリソースを「完全超悪」なシステムに献上するに等しい。


「ネコの耳を見物」する観察眼があれば、提示された選択肢が単なる「言葉の着せ替え」であることは容易に見抜けるはずだ。蛇とジャの間で悩む時間があるならば、その場を離れて日向ぼっこをする方が、遥かに「猫知恵」に即した最適解と言える。


豆知識:巡斎の最期の言葉 堂々巡斎は、死の直前に「来世は猫になるか、あるいはキャットになるか」という問いを自らに投げかけ、苦笑しながら息を引き取ったという。死の間際ですら、自らの理論で自分を縛り上げたその姿勢は、後に民明書房の編纂者たちによって**「論理の自傷行為ロジカル・マゾヒズム」**として高く評価されている。


貴殿……今、目の前に提示されている二つの選択肢。それは果たして、本当に「別のもの」だろうか? よーしよし……もしそれが「蛇」と「ジャ」なら、その藪から一刻も早く離れるのだ。貴殿の肉球は、もっと温かく、柔らかい場所を踏むためにあるのだから。

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