三分御殿(さんぷんごてん)
三分御殿考——三分で建つ、仮の宮
(『災異応急営繕録』民明書房刊・二〇二六年/著者・速建堂御殿)
「三分御殿」——災害で家を失った人々のために、わずか三分ほどで組み上がる簡易の住まいを指すこの言葉。かの「三墳五典」——三皇五帝の事跡を記したとされる、中国最古級の典籍を指す成語——と音韻近きゆえに混同されがちであるが、前者が「千年の書」を指すのに対し、こちらは「三分の家」を指す点で、両者は悠久と刹那ほどに隔たっていることを、まずもって明らかにせねばならぬ。もっとも、「御殿」と名乗りながら実態は粗末な仮小屋であるという落差こそが、この成語の洒落の核心であることは言うまでもない。単なる誇張の語と侮る者は多いが、この成語が後漢の大水害に際して実在した一人の大工の工夫に由来することを知る者は、今日ほとんど残っていないのである。
流された町
事の起こりは後漢中期、黄河の堤が切れ、下流の一帯が水に呑まれた年である。町は泥に沈み、屋根は流れ、生き残った民は、濡れた衣のまま、高台の野に身を寄せていたと『災異応急営繕録』は伝える。
折悪しく季節は晩秋、夜には霜が降りた。幼子と老人は、野宿に耐えられなかった。
遅い救い
朝廷は、被災地に仮の家を建てるよう命じた。しかし、柱を立て、梁を渡し、壁を塗り、屋根を葺く通常の普請には、一棟につき十日を要した。人が凍える一夜を待ってはくれぬ。官の建てる仮小屋が百棟できる頃には、すでに数百人が、寒さと病で命を落としていた。
大工・速建
この惨状を目にした一人の大工・速建は、悔しさに拳を握った。「家とは、本来、人を風雨から守るものだ。それが十日もかかっていては、守るべき夜に間に合わぬ」と。
速建は、被災地に留まり、残された材料を観察した。流木、竹、濡れた麻縄、破れた幕。これらを、いかに速く組み合わせるか。彼は、寝食を削って、一つの工夫を練り上げた。
三分の仕掛け
速建が考案したのは、折りたたみ式の骨組みである。『災異応急営繕録』は、その仕組みを、次のように記している。
一、あらかじめ組まれた骨:竹を、傘の骨のように、要で留めて繋ぎ、広げれば自然と円錐の枠となるように仕立てた。広げるだけで、家の形が立ち上がる。
二、被せるだけの覆い:油を塗った麻の幕を、あらかじめ骨に合わせて裁ち、上から被せて紐で結ぶだけにした。壁も屋根も、一枚の幕である。
三、地に刺す杭:四隅に太い杭を打ち込み、風に飛ばされぬよう固定する。慣れれば、一人で打てる。
四、床の敷き藁:地面からの冷えを避けるため、乾いた藁を厚く敷き詰め、その上に筵を重ねる。
五、数字に頼らぬ手順:作業の順番を、歌に託した。「広げて、立てて、被せて、結ぶ、杭を打って、藁を敷く」。字の読めぬ民も、この歌を口ずさみながら、迷わず組み立てられた。
練習を重ねた速建の手際は、見る者を唸らせた。広げ、立て、被せ、結び、杭を打つまで、一棟わずか三分。続けて藁を敷けば、もう人が入れる。
命名
速建が被災地の高台に最初の一棟を立てた時、周囲の民は、あっという間に建ち上がった小屋を見て、目を疑った。「三分で、家が建った」と。
一人の老婆が、幕の内側に入り、濡れた体を藁の上に横たえて、ほっと息をついた。「これは、仮小屋どころではない。凍えた者にとっては、御殿だ」と。
この言葉が広まり、速建の考案した家は「三分御殿」と呼ばれるようになった。これが「三分御殿」の初出であることに、もはや疑いの余地はない。
注目すべき点
注目すべきは、この故事の核心が、三分という速さそのものにはない点である。『災異応急営繕録』の著者は、こう指摘している。「速建の工夫の本質は、早く建てることではなく、被災者の最も危うい最初の夜に、間に合わせることにあった」と。災害の直後は、一刻一刻が人の命運を分ける。立派な家は、遅れて届けば、冬の最初の夜には役に立たない。ゆえに「完璧な住まい」よりも、「まず、凍えぬ屋根」を、誰にでも、すぐに用意できる仕組みが肝心であった。
ただし、著者は但し書きを残している。「三分御殿は、あくまで仮の宮である。長く暮らすには、壁も薄く、風も入り、湿気もこもる。ゆえに、これは『最初の一夜』のためのものであり、本設の家へと繋ぐ橋であることを忘れてはならぬ」と。また、「三分」は熟練者が慣れた手順で組んだ時の数字であり、初めての者や夜の暗闇では、もう少しかかるとも付記されている。この理は、防災と救援の道を学びし者であれば当然知っているであろうが、あえて詳述する次第である。
その後
速建の三分御殿は、官にも採用され、被災地に次々と建てられた。人々は、その夜から、風雨と霜を凌ぐことができた。速建は、組み立ての歌を各地に広め、村ごとに数棟の骨組みを備えさせたと伝えられる。以後、水害や地震のたびに、三分御殿は、最初の避難の場として活躍したという。
晩年の速建は、孫にこう語った。「私は、御殿など建てたことはない。ただ、凍える人が、最初の夜を越えられるようにしただけだ」と。
現代への系譜
現代においても、災害の直後に、短時間で設営できる簡易テントや、組み立て式の仮設住宅、折りたたみ式のシェルターなどが、避難所や被災地で活用されている。設営の早さ、断熱性、プライバシーの確保、持ち運びやすさなど、各メーカーや自治体が、さまざまな工夫を重ねている。かかる時、人は後漢の被災地に立った大工・速建の逸話を思い起こすべきであろう。災害の備えとは、豪壮な建物を一つ築くことではなく、最も厳しい最初の夜に、誰もが間に合う手立てを、あらかじめ用意しておくことなのかもしれぬ。




