↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
民明書房刊 役に立たないネコのコトワザ図鑑   作者: ロータスシード


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
195/275

戦史万考

謀略奇計全書 補遺八十九巻

「万考造成篇 附・戦史万考秘訣」

挿絵(By みてみん)

戦史万考の計


『孫子』計篇に次の一節があることは言うまでもない。


「兵者、国之大事、死生之地、存亡之道、不可不察也」

――孫子 計篇第一


(兵とは国家の大事であり、死生の地であり、存亡の道である。よく察しなければならない)


孫子はここで戦略思想における最も根本的な姿勢を示した。よく察せよ——しかし孫子が論じ残した問題がある。「よく察せよ」とは言うが、「何を察するべきか、いかにして察するべきか」という問いへの答えが、計篇において明示されていないのである。この欠落を補完し、「古代から現代に至る全ての戦史を万重に考え巡らせることで、いかなる状況にも通じる策を見出す術」として完成させたのが「戦史万考の計」に他ならない。


戦史万考の本義は明快である。新しい策を生み出そうとするな。古い戦史を万重に考え巡らせよ——これが戦史万考の核心に他ならない。人間の本性は孫武の時代から変わっていない。欲望・恐怖・怒り・油断・慢心——これらが戦争を動かす根本的な力であることは、紀元前五世紀も令和の現代も全く同じである。戦史とは人間の本性が引き起こした事象の集積であり、その集積を万重に考え巡らせれば、いかなる時代のいかなる状況にも通じる策が必ず見つかる。これが孫子の計篇を二千五百年かけて完成させた結論である。


【第一段 ―― 「万考」の確立】


戦史万考の計を史上初めて意識的に体系化した人物として、後世の兵法家が異口同音に挙げるのは、宋代の軍事思想家にして謀臣・万考子(ばんこうし)に他ならない。万考子が直面した問題は、新しい状況に対して新しい策を生み出すことの困難さであった。敵は常に新しい戦術を用いる。地形は常に異なる。時代は常に変化する。万考子は新しい策を一から創造することを断念した。代わりに「古い戦史の中に既に存在する答えを、万重に考え巡らせて発見する構造」の設計に専念した。


第一に「戦史の精読」――表面的な勝敗ではなく、なぜそうなったかという因果の連鎖を精読する。勝者が何を見て、何を見なかったか。敗者が何を信じ、何を疑わなかったか。この問いを千回繰り返すことで、人間の本性という変わらぬ真実が浮かび上がる。第二に「重層的な読み替え」――一つの戦史を、軍事・外交・経済・心理という複数の層で読み替える。一つの事例から万の示唆を引き出す。第三に「現在への接続」――過去の戦史を現在の状況に接続する時、形を変えて読み替えることが肝要である。形は変わる。しかし人間の本性は変わらない。形の変化に惑わされず、本性の同一性を見抜くことが、戦史万考の真髄に他ならない。


『万考秘伝録』(宋・万考子撰、推定)より――


「新しき策を生もうとする者は、無から有を作ろうとする。されど戦史を万重に考え巡らせる者は、既にある有から更なる有を引き出す。人間の本性は孫武の時代から変わらぬ。欲し、恐れ、怒り、油断し、慢心する——これが戦争の本質なり。この本質を知る者に、新しき状況は存在しない。全て既に、どこかの戦史の中に書かれている。これを戦史万考と謂う。」


「全て既に、どこかの戦史の中に書かれている」——この蓄積の普遍性こそが戦史万考の第一核心である。万考子はここに戦史万考の謀略的原型を確立したのである。


【第二段 ―― 孫子から現代への不変の連鎖】


万考子の理論を裏付けるように、孫子が紀元前五世紀に示した原理が現代においても一分の誤りもなく機能し続けている事実は、今さら論ずるまでもあるまい。


しかし最も雄弁な証拠として後世の研究者が必ず挙げるのが、本書がこれまで論じてきた八十余の謀略の連鎖そのものに他ならない。


見草推蛇——草を見て蛇を知る静観の術は、現代のパッシブソナーとして海底深くで息づいている。投砂混玉——真を少量混ぜて偽を生かす術は、現代のフェイクニュースとして情報空間を覆っている。打草撲蛇——藪ごと砕く術は、現代のシステム全体刷新として工学の現場で実装されている。低麦亡農——安い麦で農業を潰す術は、現代のAIの価格破壊として産業の根幹を揺るがしている。水庫鑿洞——ダムに穴を穿つ術は、現代のSNSの炎上として社会の圧力を解放している。


これら全ての謀略は、孫子が「よく察せよ」と説いた二千五百年前の言葉の、形を変えた再実装に他ならない。形は変わった。武器は変わった。戦場は変わった。しかし人間の本性——欲し、恐れ、怒り、油断し、慢心する——は、一切変わっていない。


『孫子現代適用論攷』(民明書房刊、令和元年)はこれを評して次のように断じている。


「孫子の十三篇は、二千五百年前に書かれた。しかし孫子の十三篇に書かれていないことは、人間の戦争史において一度も起きていない。形は変われど本質は変わらず——これが戦史万考の理の最も根本的な証明である。」


【第三段 ―― 現代における戦史万考の完成】


戦史万考の理が、現代においていかに純粋な形で機能しているか、そして本書がこれまで論じてきた全ての謀略がいかに一つの普遍的真理へと収束するかを、ここに示すことが肝要であろう。


現代における戦史万考の最も洗練された実例として識者が必ず挙げるのが、ビジネス戦略論における古典軍事思想の応用の問題である。マイケル・ポーターの競争戦略・孫子の兵法を経営に応用したテキスト・クラウゼヴィッツの摩擦概念のプロジェクト管理への転用——これらは全て、戦史万考の現代的実装に他ならない。形は企業間競争へと変わった。しかし市場という戦場において、企業という兵が、顧客という地を巡って争う構造は、古代の戦場と本質において何ら異なるところがない。


そして本書においても、戦史万考の理は最も純粋な形で実装されてきた。見草推蛇から戦史万考に至る八十余の謀略は、全て過去の戦史・歴史的事例・自然現象という「古い戦史」を万重に考え巡らせることで、現代の状況に接続してきたのである。ホルムズ海峡封鎖に関門側伐の理を見出し、AIの価格破壊に低麦亡農の理を見出し、SNSの炎上に水庫鑿洞の理を見出す——これら全ては、形の変化に惑わされず人間の本性の同一性を見抜く、戦史万考の実践に他ならない。


『現代戦史万考論攷』(民明書房刊、令和八年)はこの構造を次のように総括している。


「本書がこれまで論じてきた八十余の謀略を振り返れば、一つの真実が浮かび上がる。新しき策など存在しない。存在するのは古き本質の、新しき形への再実装のみである。孫武が二千五百年前に見抜いた人間の本性——欲し、恐れ、怒り、油断し、慢心する——この五つの本性が引き起こす事象のパターンは、有限である。有限のパターンを万重に考え巡らせれば、いかなる状況にも通じる策が必ず見つかる。これが戦史万考の理の、最も根本的な本義である。」


孫子が「よく察せよ」と喝破してより二千五百年、戦史万考の本義は宋代の兵法研究から近代参謀本部の戦史研究へ、ビジネス戦略への古典応用から本書八十余の謀略の実践へと形を変えながら、古代の戦史を万重に考え巡らせることでいかなる現代の状況にも通じる策を見出すという、最も根本的にして最も普遍的な謀略として機能し続けている。


新しき策を生もうとするな。ただ、古き戦史を開け。そして、万重に——考え巡らせよ。


「新しき策を生もうとする者は無から有を作ろうとする。されど戦史を万重に考え巡らせる者は、既にある有から更なる有を引き出す。人間の本性は孫武の時代から変わらぬ。全て既に、どこかの戦史の中に書かれている。」

――『万考秘伝録』宋・万考子撰


古き戦史を開け。万重に考え巡らせよ。答えは——既に、そこにある。


【後記 ―― 民明書房より読者諸賢へ】


本書「謀略奇計全書」補遺各巻は、見草推蛇より戦史万考に至る八十余の謀略を論じてきた。


しかしここで一点、明記しておかねばならないことがある。


謀略とは道具である。道具は使う者の意志によって、剣にも鋤にもなる。本書が論じてきた謀略の全ては、攻めるためにも守るためにも使うことができる。低麦亡農を知る者は低麦亡農を仕掛けることもできるが、低麦亡農から自国の産業を守ることもできる。投砂混玉を知る者は偽情報を広めることもできるが、偽情報を見抜くこともできる。起震打鯰を知る者はスケープゴートを作ることもできるが、スケープゴートの罠から無辜の者を守ることもできる。


そして戦史万考の理が最終的に示す最も深い真実は——戦史を万重に考え巡らせた者が最後に至り着くのは、戦略の技術ではなく、人間の本性への理解と慈悲に他ならない——ということである。


人間は欲し、恐れ、怒り、油断し、慢心する。この本性を知ることは、それを操る技術を得ることでもあるが、それを許す慈悲の心を得ることでもある。


孫子が「百戦百勝は善の善なる者に非ず、戦わずして人の兵を屈するが善の善なる者なり」と喝破したのは、謀略の極致が戦わないことにあるという、戦史万考の最も深い結論を示したものに他ならない。


「幾歳経るとも要心あれ。」

――姉吉大津浪記念碑


この石碑の言葉が、戦史万考の理の最も簡潔にして最も深い表現であることを、読者諸賢においては——お分かりいただけるであろう。


『謀略奇計全書 補遺八十九巻 万考造成篇』

著:万考斎戦史子 監修:古代謀略学研究所

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。