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民明書房刊 役に立たないネコのコトワザ図鑑   作者: ロータスシード


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高品通俗

謀略奇計全書 補遺七十七巻

「価格革命篇 附・高品通俗秘訣」

高品通俗の計

挿絵(By みてみん)

『管子』軽重篇に次の一節があることは言うまでもない。


「物有所滞、則非通也。通則無不可至」

――管子 軽重篇第八十一


(物に滞りがあれば流通せず。流通すれば至らぬところなし)


管子はここで流通と普及の根本的な真理を示した。いかに優れた物も、民の手に届かなければ意味をなさない——しかし管子が論じ残した問題がある。「流通せよ」とは言うが、「高貴すぎて民の手に届かない物を、品質を損なわずに民の手が届く価格まで引き下げる」という問いへの答えが、軽重篇において明示されていないのである。この欠落を補完し、「実現のコストを極限まで引き下げることで、かつては夢物語であった高品質を大衆の日常へと転化する術」として完成させたのが「高品通俗の計」に他ならない。


高品通俗の本義は明快である。高品を高いまま売るな。高品を、民が手の届く価格で手にできる仕組みを作れ——これが高品通俗の核心に他ならない。品質を落として安くすることは誰でもできる。しかし品質を保ったまま実現コストを極限まで引き下げることは、構造そのものの革命を必要とする。これが管子の軽重篇を二千年かけて完成させた結論である。


【第一段 ―― 「コスト革命」の確立】


高品通俗の計を史上初めて意識的に体系化した人物として、後世の経済謀略家が異口同音に挙げるのは、宋代の技術者にして商人・通俗子(つうぞくし)に他ならない。通俗子が直面した問題は、宮廷にのみ存在した高品質な陶磁器を、民間に流通させることであった。宮廷の陶磁器は職人が一点一点手作りする極めて高価なものであり、民が手にすることは夢物語に過ぎなかった。通俗子は品質を落として安く作ることを断念した。代わりに「同じ品質を生み出す工程そのものを根本から再設計する構造」に専念した。


第一に「工程の分解と最適化」――高品質を生み出す工程を一つずつ分解し、どこにコストが集中しているかを特定する。第二に「コスト源の代替」――コストが集中する工程を、品質を損なわない別の手段で代替する。第三に「量産による固定費の分散」――一点の製造に集中していたコストを、大量生産によって無数の製品に分散させる。一点あたりのコストが極限まで下がった時、高品は通俗となる。


『通俗秘伝録』(宋・通俗子撰、推定)より――


「高品を安く作るとは、品質を落とすことにあらず。高品を生み出す仕組みそのものを、安く作ることなり。仕組みが安くなれば、高品は自ら安くなる。品を疑うな。仕組みを疑え。これを高品通俗と謂う。民の手に届かぬ高品は、高品にあらず。民の手に届いて初めて、真の高品となる。」


「民の手に届いて初めて、真の高品となる」——この普及の逆説こそが高品通俗の第一核心である。通俗子はここに高品通俗の謀略的原型を確立したのである。


【第二段 ―― プレイステーションによる理論的昇華】


通俗子の理論から千年を経た二十世紀末、高品通俗の理は家庭用ゲーム機の領域において凄まじい完成を見た。


当時、高価なグラフィックスワークステーションでのみ実現できたポリゴンによる3DCGを、比較的簡単にプログラミングできる環境を家庭用ゲーム機として実現したのが初代プレイステーションであった。これこそが高品通俗の本義の完璧な実装に他ならない。


1994年12月3日、日本のゲーム史が、そして世界のエンターテインメントの常識が塗り替えられた日。ソニー・コンピュータエンタテインメントが放った次世代機「プレイステーション」は、時代を新たな次元へと導いた。

その仕掛け人は久夛良木健——後世が「プレステの父」と呼ぶ技術者に他ならない。久夛良木が行ったことは、品質の妥協ではなかった。久夛良木は後々技術の進歩で部品が値下がりすること、代替できるパーツが生まれることを見越して設計しており、型番を重ねるごとにPSの部品点数は削減され、製造原価も下がっていった。これは価格競争においても有効に働き、PSは最終的に15,000円まで値下げすることができた。

さらに革命的だったのはソフト側の構造変革である。CD-ROMを採用したためソフトの方も安価であり、極めてリーズナブルな価格で高品質な3Dゲームを楽しめるようになった。久夛良木がSFC時代からCD-ROM採用を熱心に説いていたのは、ゲームソフトの流通改革が最大の理由だった。CD-ROMはROMカセットよりも低コストかつ短時間で生産することができ、更に音楽CDを長年扱ってきたソニーのノウハウも投入されたことで、ソフトの低価格化・供給の安定化に大きく寄与した。

ここに高品通俗の完成がある。品質を落とさず、仕組みを変えた。ハードのコストは量産と設計改善で下げ、ソフトのコストはCD-ROMという媒体の革命で下げた。二重のコスト革命が、かつてワークステーションにしか存在しなかった3DCGを、39,800円という価格で民の居間に届けたのである。


『近代価格革命論攷』(民明書房刊、平成十年)はこれを評して次のように断じている。


「久夛良木健が行ったのは技術開発にあらず。高品通俗の設計に他ならない。ワークステーションという宮廷にしかなかった高品を、民の居間に届けるための仕組みの革命。品を疑わず、仕組みを疑い続けた者が、ゲーム産業の版図を塗り替えた。高品通俗の理、二十世紀末においてその最も鮮烈な実例を示した。」


【第三段 ―― 現代における高品通俗の完成】


高品通俗の理が、現代のAI・製造業の領域においていかに純粋な形で機能しているか、二つの事例を以て示すことが肝要であろう。


現代における高品通俗の最も衝撃的な実例として識者が必ず挙げるのが、AIモデルの急激なコスト低下の問題である。かつて数億円規模のスーパーコンピュータにしか実現できなかった高度な自然言語処理が、スマートフォンのアプリとして無料で使える時代が到来した。GPT-4の登場からわずか数年で、同等以上の性能が劇的に低いコストで実現されつつある。DeepSeekが象徴するように、訓練コストそのものを根本から再設計することで、かつては巨大テック企業にしか手の届かなかった高品が、スタートアップの手に届くコストにまで落ちた。通俗子が「仕組みが安くなれば高品は自ら安くなる」と喝破した通りである。


製造業においても、高品通俗の構造は現代において最も重要な形で再現されている。3Dプリンティング・自動化・AIによる設計最適化という三重のコスト革命が、かつては航空宇宙産業や軍事産業にしか存在しなかった精密部品を、中小企業が製造できる水準まで引き下げつつある。宮廷の陶磁器が量産窯によって民の食卓に届いたように、軍用規格の精密部品が民間工場で製造できる時代が到来しつつある。そしてこの構造変化が、前述のフィジカルAIによる「禁じ手の実行コスト低下」と結びついた時、高品通俗の理は最も深刻な地政学的含意を持つことになるのである。


『現代コスト革命論攷』(民明書房刊、令和六年)はこの二事例を並置して次のように総括している。


「AIのコスト低下であれ精密製造の民主化であれ、その構造において全く同一である。かつて高過ぎて現実にできなかったものが、仕組みの革命によって誰もが手に届くものとなる。高品通俗の理は、技術が進歩する限り永遠に繰り返される構造であり、その繰り返しのたびに、世界の力関係は根本から塗り替えられてきた。」


管子が「流通すれば至らぬところなし」と喝破してより二千五百年、高品通俗の本義は宋代の陶磁器量産からプレイステーションの3DCG革命へ、AIモデルのコスト崩壊から精密製造の民主化へと形を変えながら、かつては夢物語であった高品質を民の手に届けることで世界の常識を塗り替え続ける最も強力な謀略として機能し続けている。品を疑うな。ただ、仕組みを疑え。仕組みが革命された瞬間——高品は、民の手に届く。


「高品を安く作るとは、品質を落とすことにあらず。高品を生み出す仕組みそのものを、安く作ることなり。仕組みが安くなれば、高品は自ら安くなる。民の手に届かぬ高品は、高品にあらず。民の手に届いて初めて、真の高品となる。」

――『通俗秘伝録』宋・通俗子撰


品を疑うな。ただ、仕組みを疑え。仕組みが変わった時——世界は、変わる。


『謀略奇計全書 補遺七十七巻 価格革命篇』

著:通俗斎高品子 監修:古代謀略学研究所

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