嫁禍於人 蜂の巣叩きの計
民明書房刊
謀略奇計全書 補遺三十五巻
「転禍造成篇 附・嫁禍於人秘訣」
嫁禍於人
『孫子』火攻篇に次の一節があることは言うまでもない。
「主不可以怒而興師、将不可以慍而致戦」
――孫子 火攻篇第十二
(君主は怒りによって兵を起こしてはならない。将軍は憤りによって戦いを始めてはならない)
孫子はここで感情と判断の分離という最も根本的な戒めを示した。しかし孫子が論じ残した問題がある。「怒りで動くな」とは言うが、「他者の怒りを意図的に第三者へと向け直し、自らは被害を受けずに済む構造を作る」という問いへの答えが、火攻篇において明示されていないのである。この欠落を補完し、「危険の所在を知る者が、知らぬ者を盾として自らの安全を確保する術」として完成させたのが「嫁禍於人の計」に他ならない。
嫁禍於人の本義は明快である。蜂の巣をつつく者が蜂に刺されることはない——これが嫁禍於人の核心に他ならない。蜂の巣をつつく者は危険を知っているがゆえに、蜂が飛び出す前に安全な場所へと退いている。しかし何も知らずにその場に立っている者は、突然の蜂の群れを全身で受け止めることになる。情報の非対称性が、被害の非対称性を生む。これが孫子の火攻篇を二千年かけて完成させた結論である。
【第一段 ―― 「転禍」の確立】
嫁禍於人の計を史上初めて意識的に体系化した人物として、後世の謀略家が異口同音に挙げるのは、春秋時代・晋に仕えた謀臣・転禍子に他ならない。転禍子が直面した問題は、自国が引き起こした外交的失態の責任を、いかにして自国に向かう怒りの矛先を逸らすかという難題であった。正面から責任を認めれば国家的失墜は免れない。転禍子は責任の引き受けを断念した。代わりに「怒りの受け皿となる第三者の設計」に専念した。
第一に「情報の非対称性の確立」――蜂の巣をつつく者は、つつく前に危険を知り、退路を設計する。何も知らない第三者は、危険の存在すら知らない。第二に「第三者の自然な配置」――意図的に第三者を蜂の飛び出す方向に立たせる。強制ではなく、自然な流れの中で誘導する。第三に「禍の転嫁の不可視化」――つつく者と第三者の関係が、蜂には見えない。蜂は目の前にいる者のみを攻撃する。
『転禍秘伝録』(春秋・転禍子撰、推定)より――
「蜂の巣をつつく者が蜂に刺されるは、愚者なり。賢者は蜂の巣をつつく前に退路を定め、蜂が向かう先に何も知らぬ者を置く。蜂は怒りのままに向かう先を刺す。つつきたる者は既に安全な場所にいる。これを嫁禍於人と謂う。禍は必ず、最も知らぬ者の元へと流れる。」
「禍は必ず、最も知らぬ者の元へと流れる」——この情報格差による被害格差こそが嫁禍於人の第一核心である。転禍子はここに嫁禍於人の謀略的原型を確立したのである。
【第二段 ―― 近代史への理論的昇華】
転禍子の理論から二千余年を経た近代、嫁禍於人の理は金融・外交の領域において凄まじい完成を見た。
1929年の世界大恐慌における金融機関の行動は、嫁禍於人の現代的完成形として後世の経済学者が必ず言及すべき事例である。過剰な信用拡張という「蜂の巣」が臨界に達しつつあることを、内部の金融専門家たちは察知していた。しかし一般市民・中小投資家・預金者には、その危険は一切知らされなかった。蜂の巣がつつかれ崩壊が始まった時、情報を持つ者は既に安全な場所へと退いていた。情報を持たぬ者のみが、蜂の全ての怒りを身で受けた。転禍子が「禍は必ず最も知らぬ者の元へと流れる」と喝破した通り、恐慌の被害は情報の非対称性に沿って精確に分配されたのである。
『近代金融転禍論攷』(民明書房刊、昭和五十四年)はこれを評して次のように断じている。
「1929年の恐慌において、最も大きな損失を被ったのは最も情報を持たなかった者たちであった。蜂の巣をつつく者は既に退いていた。何も知らずその場に立っていた者が、全ての蜂を受けた。嫁禍於人の理、近代金融史において最も冷酷な形で証明された。」
【第三段 ―― 現代における嫁禍於人の完成】
嫁禍於人の理が、現代の情報格差・企業統治の領域においていかに純粋な形で機能しているか、二つの事例を以て示すことが肝要であろう。
現代における嫁禍於人の最も精確な実例として識者が必ず挙げるのが、インサイダー情報による損失の転嫁の問題である。企業の内部者が自社の重大な問題を事前に知り、株式を売却した後に情報を公開する。情報を持たぬ一般投資家は、危険を知らずその場に立ち続け、崩壊の全ての打撃を受ける。蜂の巣をつつく者は既に安全な場所にいる。これは個人の道徳の問題ではなく、情報の非対称性が構造的に生み出す嫁禍於人の現代的完成形に他ならない。
行政・政策の領域においても、嫁禍於人の構造は精確に再現される。政策変更の事前情報を持つ者と持たぬ者の間に生じる被害格差は、転禍子が春秋時代に確立した原理の現代的再実装である。規制強化・税制変更・補助金廃止という「蜂の巣への刺激」が来ることを知る者は事前に備える。知らぬ者は突然の変化の全てを正面から受ける。情報が権力に近い者ほど早く届き、権力から遠い者ほど遅く届くという構造的現実が、被害の非対称的分配を永続させているのである。
『現代情報格差転禍論攷』(民明書房刊、令和五年)はこの二事例を並置して次のように総括している。
「インサイダー取引であれ政策情報の格差であれ、その構造において全く同一である。蜂の巣をつつく者は退路を知っている。何も知らぬ者はその場に立ち続ける。禍は常に、最も知らぬ者の元へと流れる。嫁禍於人の理は謀略であると同時に、情報格差が存在する限り自然に発生する社会的現象に他ならない。」
孫子が「怒りで兵を起こすな」と喝破してより二千五百年、嫁禍於人の本義は春秋の外交転禍から世界大恐慌へ、インサイダー取引から政策情報格差へと形を変えながら、情報を持つ者が禍を知らぬ者へと流し続ける最も古く最も普遍的な構造として機能し続けている。蜂の巣をつつく者は刺されない。知らぬ者が刺される。この非対称を生まぬためには——知ることしかない。
「蜂の巣をつつく者が蜂に刺されるは愚者なり。賢者は蜂の巣をつつく前に退路を定め、蜂が向かう先に何も知らぬ者を置く。禍は必ず、最も知らぬ者の元へと流れる。」
――『転禍秘伝録』春秋・転禍子撰
知れ。ただ、知れ。知らぬ者が——常に、刺される。
『謀略奇計全書 補遺三十五巻 転禍造成篇』




