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民明書房刊 役に立たないネコのコトワザ図鑑   作者: ロータスシード


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放玉斬首

謀略奇計全書 補遺八巻

「首脳一点篇 附・誘惑致命秘訣」

挿絵(By みてみん)

放玉斬首

敵を倒すに幾つもの方法がある。敵軍を壊滅させ、敵領を占領し、敵の兵站を断つ。だが最も簡潔で、最も効率的な敵の倒し方は、それらいずれでもない。敵の首脳部を一点集中で狩ることである。この単純にして究極の原理を、高価なものへの人間の欲望と組み合わせた術が「放玉斬首(ほうぎょくざんしゅ)」に他ならない。


放玉斬首の本義は極めてシンプルである。高価な玉(実物でも地位でも権力でも)をばら撒き、敵の首脳部を誘き出し、その露出した一点を狩る。この三段の動作を完璧に実行した時、組織全体の首が一つ落ちる。残された軍は方向を失い、統一を失い、自動的に瓦解する。斬首とは最も効率的な敵の破壊なのである。


【第一段 ―― 骨疄な運の確立】

放玉斬首の原型として史書が最も古く伝える事例は、春秋時代における城陥落の多くの事例に求められる。高価な贈り物という名目で敵の将軍を城外に誘い出し、その露出した瞬間に狩るという手法は、古代における斬首戦術の基本パターンとして繰り返し実行されていたことは当然知られているであろう。


しかし放玉斬首を純粋な謀略として最初に理論化した人物として、後世の兵法家が異口同音に挙げるのは、戦国末期の秦に仕えた謀略家・誘咬子(ゆうこうし)に他ならない。誘咬子が直面した問題は、敵国の将軍が極めて用心深く、城から一歩も出ないという状況であった。暗殺も不可能、和睦交渉も応じない。完全に籠城した敵に対し、どうすべきか。


誘咬子は心理学的な発想を持ち込んだ。人間の心理において、何かを失うという恐れより、何かを得られないという悔しさの方が、より強い行動誘因となるという事実を看破したのである。つまり城内に「自分だけが欲しい何か」をちらつかせることで、敵の将軍は必ず城を出るはずだと考えたのだ。


誘咬子は敵国の将軍が何を欲するか、綿密に調査した。その結果、敵将は特定の宝石への執着を持つことが分かった。誘咬子はその宝石の更に上質なものを用意し、敵領近くで「意図的に」落とした。宝石の存在は敵領の人間を通じて将軍の耳に届き、将軍の好奇心は抑え難くなった。最終的に敵将は、たった数十人の護衛しか連れずに宝石回収に出かけた。その時、誘咬子の騎兵が奇襲し、敵将は斬られた。


「誘咬秘伝」より ―― 玉を放つことで、敵の最高指揮官は骨疄な運に陥る。失うことより得られぬことの悔しさが、人間の理性を破壊する。敵将が宝を見た瞬間、その敵将は既に敵ではなく、狩られるべき獲物に変わるのである。

(玉を放つことで敵の最高指揮官は骨疄な運に陥る。失うことより得られぬことの悔しさが人間の理性を破壊する。敵将が宝を見た瞬間その敵将は既に狩られるべき獲物に変わるのである)


「敵将が宝を見た瞬間、既に狩られる獲物に変わる」――この一語に放玉斬首の核心が凝縮されている。人間の欲望は理性を上回る。欲望の前では、どのような用心も無意味になるのである。


【第二段 ―― 現代のお誘いへの昇華】

誘咬子の実践から五百余年を経た後漢末期、謀略家・誘致論師(ゆうちろんし)は誘咬秘伝を精読したうえで、放玉斬首の理論的完成を見た。誘致論師の最大の貢献は、「玉」が物理的な宝石に限定されず、あらゆる人間の欲望の対象となりうることを明文化した点にある。


誘致論師の定義によれば、首脳部を誘き出す「玉」は以下の四つの形式を取りうる。第一は「物質的玉」――宝石、金銭、名画。物理的に欲しい何か。第二は「権力的玉」――地位の昇進、より高い権威、国家的栄誉。権力志向者を動かす。第三は「情報的玉」――秘密、スキャンダルの真実、独占情報。知識欲や優越感を刺激する。第四は「感情的玉」――家族の危機、愛する者の窮地、道義的責任。人間の感情の弱点を突く。


これら四つの玉の中で、最も有効なのはどれか。誘致論師の回答は明確である。「敵がそれを失うことをより恐れるもの、すなわち敵の最も大切にしているもの、それこそが最高の玉なり」と。敵の欲望を見極めること。敵の弱点を知ること。その上で敵が抵抗できない「お誘い」を設計すること。これが放玉斬首の理論的完成に他ならない。


「誘致論」より ―― 敵の首脳部は、その欲望の種類によってのみ、相手を選ぶ。権力志向の敵には権力を、知識欲の敵には情報を、感情の弱さを持つ敵には人間関係を。敵の心を透視できれば、敵の脚は自動的に動く。

(敵の首脳部はその欲望の種類によってのみ相手を選ぶ。権力志向の敵には権力を知識欲の敵には情報を感情の弱さを持つ敵には人間関係を。敵の心を透視できれば敵の脚は自動的に動く)


【現代における放玉斬首 ―― 首脳部の心理的狩猟】

誘致論師が完成させた四つの玉と敵の心理的透視が、現代のあらゆる権力構造において、最も冷酷な形で実装されていることは今さら論ずるまでもあるまい。


CEO誘き出し戦術は放玉斬首の典型である。企業買収を狙う者は、対象企業のCEOの欲望を極限まで調査する。その結果、CEOが「会社の歴史上最大の成功」を渇望していることが分かれば、その「夢の案件」をちらつかせる。CEO個人の虚栄心、会社を永遠のものにしたいという願い、それらをエサにして、保身の城から出させるのである。城を出た瞬間、CEOは攻撃に晒される――スキャンダル流布、不正告発、逮捕状。組織は首を失い、瓦解する。


政治的暗殺におけるお誘いも同じ構造である。権力志向の政治家には、より高い地位や国家的栄誉というエサを見せる。知識人志向の政治家には、独占的な情報や真実というエサを見せる。家族思いの政治家には、愛する者の危機というエサを見せる。いずれの場合も、敵の最高指導部は「敵」として直視できず、「エサを求める者」へと変貌する。その変貌の瞬間が、狩りの瞬間なのである。


最も陰険な形態は、首脳部を誘き出すための「お誘い」が、本人にとって「拒否できない正義」として見える場合である。例えば「部下が逮捕された」「家族が病気だ」「社員が危機的状況にある」といったお誘いに対して、人間の道徳的理性は、理性的判断より優先する。この「道義を装ったお誘い」は、物質的玉や権力的玉より遥かに有効に機能するのである。


誘咬子が敵将を宝石で誘き出してより二千余年。その原理は変わらない。「敵の首脳部を一点で破壊する」。そのために「その人物の心を透視し、逃げようのないお誘いを設計する」。放玉斬首は、最も古い戦術であり、同時に最も現代的な戦術に他ならないのである。


『謀略奇計全書 補遺八巻 首脳一点篇』

 襲うときが一番無防備になるんですよね。

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