児盾進軍
謀略奇計全書 第三十六巻
「道義逆用篇 附・人間盾術語源考証」
児盾進軍
兵法における「盾」とは、本来、物理的な防護具を指す。しかし謀略の極致においては、盾は物質である必要はない。相手が絶対に攻撃できないもの――相手の道義心・倫理観・世論への恐怖――これらすべてが盾となりうる。そしてその中で最も強力な盾が「児」、すなわち無辜の子供に他ならない。
「児盾進軍」とは、子供をはじめとする「絶対に攻撃できない存在」を前面に配置し、その道義的拘束力を盾として進軍する術である。相手の剣を止めるのは、より強い剣ではない。相手の「撃てない」という良心そのものである。この術の本義は武力にあらず、相手の善性を武器に転用することにある。後世において「人間の盾」と呼ばれる概念の語源が本術に求められることは、歴史を紐解けば直ちに了解されるであろう。
【起源 ―― 斉の桓公と児盾の原型】
児盾進軍の原型として史書が伝える事例は、春秋時代・斉の桓公(在位紀元前685〜643年)の覇業において確認できる。桓公が管仲を宰相に据えて諸侯への覇権を確立する過程において、しばしば外交的威圧の手段として用いたとされる手法の一つに、交渉の場に諸侯の子息・人質を随行させるというものがあったことは当然知られているであろう。
しかし児盾進軍の概念を純粋な軍事術として最初に実践した人物として、後世の兵法家が一致して挙げるのは、戦国時代・楚の将軍・闔児将に他ならない。闔児将が鄭との国境紛争において採った策は、当時の戦場における礼の概念を根底から揺るがすものであった。
闔児将は進軍に際し、占領した鄭の村落から集めた子供たちを最前列に配置した。鄭軍の将兵は弓を構えたまま、引くことができなかった。春秋の礼において無辜の民、とりわけ子供への攻撃は、軍の名誉を根本から毀損するものとして厳しく禁じられていたからである。鄭軍は進むことも退くこともできず、闔児将の本隊は子供たちの後ろから悠然と進軍した。
「闔児兵談」より ―― 鉄の盾は矢を止める。児の盾は弓を止める。矢を止めるは力なり。弓を止めるは相手の心なり。心を盾にした者は、鉄を盾にした者に勝る。
(鉄の盾は矢を止める。児の盾は弓を止める。矢を止めるは力である。弓を止めるは相手の心である。心を盾にした者は鉄を盾にした者に勝る)
「矢を止めるは力、弓を止めるは相手の心」――この一語に児盾進軍の核心が凝縮されている。物理的な盾は物理的な力で貫ける。しかし相手の良心を盾にした時、それを貫くためには相手は自らの良心を殺さねばならない。この「良心を殺すコスト」が児盾進軍の防護力の正体に他ならない。闔児将はここに児盾進軍の軍事的原型を確立した。
【「手を出せないもの」の概念拡大 ―― 児から聖域へ】
闔児将の実践から三百余年を経た後漢末期、謀略家・聖盾論師は闔児兵談を精読したうえで、児盾進軍の理論的完成を見た。聖盾論師の最大の貢献は「児」の概念を拡大し、「絶対に手を出せないものの体系」として整理した点にある。
聖盾論師の定義によれば、有効な盾となりうるものは三種に分類される。第一盾は「無辜の存在」――子供・老人・病人・民間人。攻撃すれば道義的非難が攻撃者に向かう存在である。第二盾は「神聖な場所・象徴」――神殿・聖地・文化的象徴物。破壊すれば宗教的・文化的怒りが攻撃者に向かう存在である。第三盾は「世論そのもの」――攻撃した瞬間に国際的非難・同盟の瓦解・内部からの反乱を引き起こす状況。この第三盾こそが最も強力であり、物理的な存在すら必要としない純粋な「概念の盾」に他ならないと聖盾論師は断言した。
「聖盾論」より ―― 児盾の本義は児にあらず。相手が「撃てない」と思う心にあり。ゆえに相手が撃てないと思うものであれば、何であれ盾となる。最強の盾は、相手の良心そのものなり。
(児盾の本義は児にあるのではない。相手が「撃てない」と思う心にある。ゆえに相手が撃てないと思うものであれば何であれ盾となる。最強の盾は相手の良心そのものである)
「最強の盾は相手の良心そのものなり」――これが児盾進軍の完成形が持つ最も根本的な逆説である。良心を持つ者ほど、この術に対して無力である。そして良心を持たない者がこの術を用いた時、良心を持つ者は根本的なジレンマに陥る――良心に従えば撃てず、撃てば良心を失う。いずれの選択も攻撃者を苦しめるのである。
【現代における児盾進軍 ―― 良心を持つ者の永遠のジレンマ】
聖盾論師が完成させた三種の盾の体系が、現代の非対称戦争・テロリズム・国際政治において遺憾なく機能していることは、今さら論ずるまでもあるまい。現代の非対称戦争において、民間人居住区・病院・学校・宗教施設を軍事拠点として利用する手法は、闔児将が鄭の国境で実践した児盾進軍の直系の継承に他ならない。攻撃側は「民間人を巻き込んだ非道な攻撃者」という国際的非難を恐れ、攻撃を躊躇する。躊躇している間に、盾の後ろにいる本体は目的を達成する。
そして聖盾論師の第三盾――「世論という概念の盾」――は現代においてかつてない強度を持つ。SNSによるリアルタイムの映像拡散・国際メディアの即時報道・人権団体の監視網が、攻撃者に向かう非難を光速で世界に伝播させる。攻撃する側は軍事的勝利と道義的正当性を同時に維持することが、現代においてはほぼ不可能になっているのである。
ここに現代の児盾進軍が持つ最も深刻な問題がある。良心を持つ側が良心ゆえに撃てず、良心を持たない側が良心を盾として利用する――この非対称性は、道義的に優れた側が戦術的に不利に置かれるという根本的な倒錯を生み出す。闔児将が鄭の将兵に突きつけたジレンマは、二千五百年後の現代においても解決されていないのである。
ジュネーヴ条約は児盾進軍への対抗として「民間人を盾にすることを戦争犯罪とする」という規定を設けた。しかし戦争犯罪の認定が事後的である以上、進軍している間の盾としての効果は失われない。法的な後処理がいかに厳格であっても、弓を止める力は盾が存在する間だけ機能すれば十分なのである。
「聖盾論」より ―― 児盾進軍に対抗する術は一つしかない。相手の良心を捨てることなり。しかしそれができるならば、そもそも児盾進軍は必要なかったのである。
(児盾進軍に対抗する術は一つしかない。相手の良心を捨てることである。しかしそれができるならば、そもそも児盾進軍は必要なかったのである)
「対抗するには良心を捨てるしかない。しかしそれができるなら児盾は必要なかった」――この完全な論理的閉環が、児盾進軍を謀略史上最も解決困難な術たらしめている。良心を持つ者に対してのみ機能し、良心を持つ者が対抗しようとすれば良心を失い、良心を失えば児盾進軍を用いる側と同じ存在になる。
闔児将が戦国の国境で子供たちを前列に並べた日から二千五百余年、「人間の盾」という概念は現代国際法において明確に禁止されながら、現代の戦場において依然として猛威を振るい続けている。禁じられているがゆえに非難され、非難されるがゆえにより強力な盾となる――児盾進軍は禁止されることで完成するという、最後の逆説を現代において手に入れたのである。
『謀略奇計全書 第三十六巻 道義逆用篇』




