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民明書房刊 役に立たないネコのコトワザ図鑑   作者: ロータスシード


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ファンネル

飽和兵器禍史大全 第三巻

「飯食漏斗(ファンネル)の系譜と群体自律兵器の飽和恐怖に関する史的考証」

挿絵(By みてみん)

——飯食漏斗・群体飽和攻撃の根本原理——

ふぁんねる / Funnel / 分散自律群体兵器・飽和突破の哲学

「ファンネル」なる兵器概念の起源を、宇宙世紀のニュータイプ専用兵装に求める者は、兵器哲学史の根本を理解していないと断言してよい。この語の真の起源は中国は唐代末期——西暦八八三年、黄巣の乱が最終局面を迎えた時期——に著された群体兵器哲学書『飯食漏斗禍録(ふぁんしょくろうとかろく)』に求めるべきであり、著者は当時の長安において「蟻の戦法を人間の兵器に応用した男」と恐れられた軍略家・范涅流(ファン・ネル・リュウ)である。「飯食漏斗(ファンネル)」とは「多数の小さき器が一点に向かって流れ込む」様を指す術語であり、これが転じて分散自律群体兵器の根本概念となったことは、この分野の研究者には今更説明するまでもなかろう。


「一匹の蟻は踏み潰せる。百匹の蟻は掃い除ける。しかし一万匹の蟻が同時に全方向から来る時、これを防ぐ者はいない。兵器の強さとは一個の威力にあらず——数と方向の同時性にある。防御とは常に一点を守ることであり、攻撃が多点から同時に来る時、防御は原理的に破綻する。これを飽和の理と呼ぶ。」

『飯食漏斗禍録』第一章「飽和の理について」より 范涅流著(八八三年頃)

この「飽和の理」は、一個一個の兵器の強さではなく「数と同時性」が防御を無効化するという命題であり、范涅流が千二百年前に看破したこの原理が、現代においてここまで現実的な恐怖として顕在化しようとは、范涅流自身も予見し得なかったであろう。あるいは予見していたからこそ、書として後世に残したのかもしれないが。


◆ ◆ ◆

宇宙世紀において実用化されたファンネルは、ニュータイプの高度な空間認識能力によって制御される遠隔兵装であった。一基一基は小型で、単独では大した脅威ではない。しかし複数基が全方位から同時に攻撃を仕掛ける時、通常の反応速度と視野範囲を持つ人間には、原理的に対処が不可能となる。


これは強さの問題ではない。方向と時間の問題である。人間の防御能力には、処理できる脅威の方向数と時間的余裕に上限がある。その上限を超えた瞬間に、防御は崩壊する。ファンネルはその上限を意図的に超過させる兵器として設計されていた。


そしてここで読者に最も深く考察していただきたいのは——この原理を実現するために、宇宙世紀ではニュータイプという特殊な人間の能力が必要であったという点である。通常の人間には、複数の自律兵器を同時に多方向へ制御する認知能力がない。ニュータイプという「進化した人間」だけが、ファンネルを真の意味で運用できた。


これが現代において何を意味するか——AIがニュータイプの代替となりつつあるという現実を、読者は直視しなければならない。


◆ ◆ ◆

現代において急速に発展する小型無人飛行体——いわゆるドローン——と自律判断型AIの融合は、范涅流の「飽和の理」を地上に召喚しつつある。これは近未来の話ではない。既に現実の戦場において、ドローン群による飽和攻撃の実験と実戦投入が進んでいる。


構造を整理すれば、ファンネルとAI制御ドローン群の本質的同一性は明白である。


一機のドローンは安価で脆い。ミサイル一発で撃墜できる。しかしそのミサイルは高価であり、数に限りがある。百機のドローンを撃墜するには百発のミサイルが必要で、千機には千発が必要となる。しかしミサイルの備蓄が尽きた後も、ドローンは来続ける。これが飽和攻撃の経済的論理であり、防御側が原理的に勝てない構造である。


「防御とは本質的に受動である。攻撃が来てから対応する。しかし攻撃が同時に多点から来る時、防御の処理能力は必ず飽和する。飽和した防御は防御ではない——ただの的である。これを防ぐ唯一の方法は、攻撃が来る前に攻撃の源を断つことだけである。しかし源を断つためには、源がどこにあるかを知らなければならない。分散した群体に源はない。これが群体兵器の最終的な恐怖である。」

『飯食漏斗禍録』第六章「飽和防御の限界」より 范涅流著(八八三年頃)

◆ ◆ ◆

そしてAIとの融合がこの恐怖を更に深刻にする理由が三点ある。


第一に、制御者が不要になる。従来のドローンは人間のオペレーターが遠隔操作する必要があった。しかしAIが自律的に飛行・判断・攻撃を行うならば、千機のドローンを一人で、あるいは誰も操作せずに運用できる。ニュータイプという特別な存在が不要になる。


第二に、群体として学習する。一機が撃墜されれば、その情報が群体全体に共有され、残りの機体が防御パターンを学習して迂回路を探す。これはファンネルを超えた恐怖で、攻撃しながら同時に適応するのである。


第三に、そして最も深刻なことだが——前回のザクの教訓が通用しない。ザクに人間を乗せることで、「人間の判断」を介在させることができた。しかしドローン群には乗る人間がいない。判断を介在させる場所がない構造になっている。


一個は脆い。しかし千個は防げない。

千個に人間の判断は介在しない。

AIが群れを動かす時——

ザクの教訓は、最初から存在しなかったことになる。

范涅流は『飯食漏斗禍録』の最終章においてこう記している。「蟻の軍を止める方法は二つしかない。蟻が生まれる前に巣を潰すか、蟻が動き出す前に道を断つか——どちらも、蟻が来てからでは遅い」と。


AI制御ドローン群という現代のファンネルに対しても、范涅流の結論は変わらない。来てから防ぐことは原理的に困難である。作られる前に、その開発と使用の規範を定めるしかない。それは技術の問いではなく、政治と倫理の問いである。そしてその問いに、現時点で人類はまだ答えを出せていないことを、读者は静かに、しかし深刻に受け止めていただきたい。


民明書房刊

飽和兵器禍史大全 第三巻

昭和五十四年四月 初版発行

監修:群体兵器哲学史研究家 范本飽道

参考文献:『飯食漏斗禍録』唐末・范涅流著(八八三年頃)

     『飽和の理と現代ドローン群』民明書房研究部

     『AI制御群体兵器の倫理的考察』同上

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