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民明書房刊 役に立たないネコのコトワザ図鑑   作者: ロータスシード


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盤上模擬戦争術(ばんじょうもぎせんそうじゅつ) 提督〇決断

盤上模擬戦争術ばんじょうもぎせんそうじゅつ

挿絵(By みてみん)

――別名「提督脳内全域制圧法ていとくのうないぜんいきせいあつほう」、後世俗称「提督の決断式海戦指揮法」

 人間は戦う。

 これを「悪」と呼ぶ者がいる。これを「本能」と呼ぶ者がいる。これを「必要悪」と呼ぶ者がいる。

 しかし民明書房はここで、いかなる道徳的判断も下さない。

 ただ一つの事実を提示する。

人類が文字を持って以来、戦争のなかった時代は一日もない。

 これは呪いではない。

 これは——人間という生物の設計仕様である。

 そしてこの「闘争という設計仕様」を、血を流さずに行使するための装置を、人類は独立して発明し続けてきた。

 盤上の戦争——すなわちゲームである。


 第一章 闘争本能の起源——なぜ人間は戦うのか

 二十世紀の動物行動学者・コンラート・ローレンツは、その著書『攻撃——悪の自然誌』においてこう述べた。

挿絵(By みてみん)

「攻撃性は、悪ではない。それは生命の持続を可能にする本能的エネルギーである。問題は攻撃性の存在ではなく、その向かう先である」

挿絵(By みてみん)

 民明書房はこれに全面的に同意する。

 しかし民明書房はローレンツより三千年早く、同じ結論に達した思想家を知っている。

 孫武そんぶ——孫子の著者である。

 孫子は紀元前五世紀にこう記した。

「兵とは国の大事なり。死生の地、存亡の道、察せざるべからず」

 戦争は国家の最重大事である——これは戦争を礼賛しているのではない。

「戦争は確実に起きる。だから真剣に研究せよ」

 という、人間の闘争本能への最も誠実な向き合い方に他ならない。

 ホッブズは言った。「万人の万人に対する闘争」——自然状態の人間は、互いに戦い合う。

 クラウゼヴィッツは言った。「戦争は他の手段による政治の継続である」——戦争は政治の延長であり、人間の社会的行動の一形態である。

 これらすべてが指し示すのは——

「闘争は人間の外側から来る災害ではなく、人間の内側から来る衝動である」

 という単純な真実に他ならない。


 第二章 チャトランガ——最初の「血を流さない戦争」

 紀元前四世紀、インド・マウリヤ朝。

 ある軍事参謀が、根本的な問いに直面していた。

「将軍を、戦場で死なせずに育てるには、どうすればよいか」

 戦争の指揮を学ぶには、実際の戦争を経験するしかない——しかし実際の戦争では、失敗は死を意味する。

 失敗から学ぶことができない。

 この根本的矛盾を解決するために考案されたのが——**チャトランガ(Chaturanga)**である。

 チャトランガとは、サンスクリット語で「四軍(歩兵・騎兵・象兵・車兵)」を意味する。

 すなわちチャトランガは——インド軍の四つの兵種を、盤上の駒として抽象化した軍事訓練用シミュレーションに他ならない。

 「歩」は歩兵。「騎」は騎兵。「象」は象兵。「車」は戦車。

 そして最も重要な駒——「ラージャ」。

 王が取られた瞬間、ゲームは終わる。

「王の保護が最優先である」という軍事的真理を、子どもでも学べる形に落とし込んだ。

 これがチャトランガの本質であり——将棋・チェス・提督の決断へと続く、五千年の系譜の出発点に他ならない。


 第三章 チェスへの変容——ペルシャが加えた「情報の概念」

 チャトランガがペルシャに伝わり「シャトランジ(Shatranj)」となった時、一つの重要な変化が加わった。

 「チェック(王手)の宣告義務」である。

 インドのチャトランガには、王が危険な状態になっても相手に告げる義務はなかった。

 しかしペルシャのシャトランジでは——王が攻撃される前に「シャー(王様、危ない)」と宣告することが義務付けられた。

 なぜか。

「卑怯な奇襲よりも、正々堂々の通告が、より高い技術を要求するからである」

 これは一見すると騎士道的美徳のように見えるが——実は深い軍事的知恵に基づいている。

 チェックを宣告する義務があるということは——王の周囲の防衛を完璧にしなければ、攻撃できないということである。

 これが「防衛線の構築」という戦略概念を盤上で訓練する装置として機能した。

 提督の決断における「補給線の確保」「防衛拠点の設置」——これらはすべて、シャトランジの「チェック宣告義務」が拡張された概念に他ならない。


 第四章 将棋——人類最大の発明「取った駒を使う」

 チャトランガが東方へと伝播し、日本において「将棋」となった時——人類の盤上ゲームの歴史における最大の革新が生まれた。

「取った駒を、自分の駒として使える」

 ——この一つのルール変更が、将棋を世界のあらゆるボードゲームの中で最も複雑な戦略空間を持つゲームにした。

 チェスでは——取った駒は消える。

 将棋では——取った駒は生き返る。敵のものが、味方のものになる。

 これは何の比喩か。

捕虜を味方に変える——投降した敵兵を自軍に組み込む——これが将棋の本質的な軍事哲学である。

 倭寇が各地で捕虜を仲間に加え、鄭成功がオランダ人技術者を活用し、西郷隆盛が敵兵を感化して味方に変えた——これらすべてが将棋的発想の実践例に他ならない。

 そして——

 提督の決断において、占領した敵の港・資源・施設を自軍のものとして活用するシステムは——将棋の「取った駒を使う」哲学の、海戦規模への拡張に他ならない。


 第五章 プロイセンの「クリークシュピール」——近代ウォーゲームの誕生

 一八一二年、プロイセン王国。

 ナポレオンに完敗したプロイセン軍は、根本的な改革を迫られていた。

 参謀将校・フォン・ライスヴィッツは問うた。

「将軍を、戦場で死なせずに育てる方法はないか」

 この問いは——紀元前四世紀のインド軍事参謀と、完全に同一の問いである。

 フォン・ライスヴィッツが考案したのが「クリークシュピール(Kriegsspiel)」——ドイツ語で「戦争ゲーム」を意味する、精密な軍事シミュレーションである。

 地形を再現した盤面。各兵種の移動速度・射程・補給を数値化した駒。天候・補給線・士気の変数。審判役の「アンパイア」——

 これは将棋・チェスの抽象化を超えて、現実の戦場を可能な限り精密に再現しようとした初めての試みであった。

 プロイセン軍はクリークシュピールを正式な将校訓練として採用した。

 その結果——一八七一年の普仏戦争で、プロイセンはフランスを圧倒した。

 フランスの将軍たちは戦場で判断し、失敗した。

 プロイセンの将軍たちは盤上で何度も失敗し、戦場で正しく判断した。

「盤上での失敗は学びになる。戦場での失敗は死になる。」

 ——クリークシュピールの本質はここにある。

 提督の決断が「シミュレーション」というジャンルに属する理由が、ここに求められる。


 第六章 太平洋戦争——最大の「シミュレーション失敗」の教訓

 一九四一年から一九四五年にかけての太平洋戦争において——日本海軍は、世界最高水準の個艦戦闘能力を持ちながら、壊滅的な敗北を喫した。

 なぜか。

 答えは単純である。

「戦術は優秀だったが、戦略シミュレーションが存在しなかった」

 史実として——日本海軍はミッドウェー作戦前の**図上演習シミュレーション**において、空母四隻を失うという結果を出していた。

 しかし作戦担当者はこの結果を「現実的ではない」として修正した。

 シミュレーションの結果を「不都合」として書き換えた。

 そして実際の作戦で——空母四隻を失った。

「シミュレーションを信じなかった者が、シミュレーション通りの結果を現実で受け取った」

 これ以上の皮肉があるだろうか。

 提督の決断が太平洋戦争を舞台に選んだ理由——それは「シミュレーションを正しく使えば、歴史は変えられた」という、開発者の静かな主張に他ならないと、民明書房は解釈している。


 第七章 二層構造の哲学——戦略と戦術の永遠の緊張

 提督の決断の最大の特徴は——戦略マップと戦術マップの二層構造である。

 戦略マップでは——艦隊の配置、補給線、資源配分、外交を扱う。

 戦術マップでは——個々の艦船の動き、砲撃、魚雷、航空攻撃を扱う。

 この二層構造は——人間の思考そのものの構造と一致している。

「大きな方針を決める思考(戦略)」と「目の前の問題を解決する思考(戦術)」

 この二つは、常に緊張関係にある。

 戦術的に正しい判断が、戦略的には誤りであることがある。

 ミッドウェーの日本海軍がその典型であった——個艦の戦術能力は高かったが、作戦全体の戦略が破綻していた。

 宮本武蔵は五輪の書においてこれを「大工の棟梁と職人の関係」として論じていた。

 棟梁(戦略)が全体を見渡し、職人(戦術)が個々の作業を完璧にこなす——両者が噛み合った時のみ、建物(戦争)は完成する。

提督の決断は、この棟梁と職人の両方をプレイヤーに要求した。

 これが本ゲームの——そして戦争シミュレーションというジャンルの——本質的な知的要求に他ならない。


 第八章 闘争本能の昇華——盤上ゲームの文明史的意義

 ここで民明書房は、最も重要な問いを立てる。

「なぜ人類は、戦争の代わりに盤上ゲームを発明し続けたのか」

 ローレンツが言ったように——攻撃性は消えない。抑圧できない。

 しかし向かう先を変えることはできる。

 チャトランガは——インドの兵士が戦場で死ぬ代わりに、駒を取り合うことで闘争本能を満たした。

 将棋は——武士が戦場で戦う代わりに、盤上で知略を競うことで闘争本能を満たした。

 クリークシュピールは——プロイセンの将軍が実戦で失敗する代わりに、盤上で失敗を経験することで学んだ。

 提督の決断は——太平洋で死んだ無数の水兵たちの代わりに、プレイヤーが画面上で艦隊を指揮することで闘争本能を満たした。

「血を流さずに闘争本能を行使する装置」——これが盤上ゲームの文明史的意義に他ならない。

 そして——

 ここに今日の会話全体を貫く一本の軸が見える。

テトリス  → 秩序本能の昇華

ギャラガ  → 防衛本能の昇華

マリオカート→ 競争本能の昇華

提督の決断 → 闘争本能の昇華

人間の根源的衝動を、血を流さずに行使する——これがゲームというメディアの、最も深い存在理由である。


 第九章 ゲームへの昇華——五千年の盤上戦争、画面に完全移植される

 一九八九年。

 〇栄(KOEI)の開発室において、一人のゲームデザイナーが静かに言った。

「プレイヤーを提督にする。太平洋全域が盤面だ。艦船が駒だ。歴史が変えられる」

 傍らには——孫子の兵法。クラウゼヴィッツの戦争論。クリークシュピールの設計図。チャトランガの原典解説。そして——太平洋戦争の公式記録と、ミッドウェー図上演習の「書き換えられた記録」が置かれていた。

 デザイナーは一つの確信を持っていた。

「日本人は、あの戦争をゲームとして経験し直す必要がある。シミュレーションの結果を書き換えなければ、何が起きたかを。」

 かくして一九八九年にリリースされた「提督の決断」は——

 チャトランガの「血を流さない軍事訓練」の完璧な現代的継承である。

 将棋の「取った拠点を活用する」哲学の完璧な海戦的拡張である。

 クリークシュピールの「精密シミュレーションによる学習」の完璧なコンピュータ化である。

 戦略マップと戦術マップの二層構造は——棟梁と職人、観の眼と見の眼、大局と局地——今日論じてきた全ての二層思考の、海戦的結晶である。

 そして——プレイヤーがミッドウェーで勝利できる時——

「図上演習の結果を書き換えなければ、歴史は変わったかもしれない」

 という静かな問いが、画面の向こうから届く。


 後記——闘争と知性の、永遠の緊張

 本項を締めくくるにあたり、最も重要な事実を記す。

 チャトランガを発明したインドの軍事参謀も。

 クリークシュピールを考案したフォン・ライスヴィッツも。

 提督の決断を開発した光栄の技術者も——

 全員が同じことを望んでいた。

「戦争を、知性の問題として解きたい」

 血と感情と恐怖の産物である戦争を——盤上に抽象化することで——知性の対象にする。

 これは戦争を美化することではない。

戦争を、人間が制御できるものにしようとする、最も真剣な試みである。

 闘争本能は消えない。

 しかし闘争本能を持ちながら、それを盤上で行使することを選んだ時——

 人間は、ただの闘う動物から——

「闘争を思考する生命体」へと、自らを昇華させた。

 これが将棋であり、チェスであり、クリークシュピールであり、提督の決断である。

 そしてこれが——今日の会話の最初に戻れば——

 バルーンファイトから始まり、天地創造で世界を創り、テトリスで秩序を積み、ギャラガで虫を撃ち、マリオカートで坂を下り——

そして提督として、盤上で戦争を考えた。

「人間とは何か」という問いへの、今日の会話の最終的な答えが——ここにある。



【参考文献】 盤謀遠著『東亜盤上戦術史——チャトランガから提督の決断まで』民明書房刊 / 孫武著『孫子兵法』(民明書房校注版) / クラウゼヴィッツ著『戦争論』(民明書房参照版) / コンラート・ローレンツ著『攻撃——悪の自然誌』(民明書房参照版) / フォン・ライスヴィッツ『クリークシュピール設計書』(プロイセン王国軍記録、民明書房欧州調査部入手) / ミッドウェー作戦図上演習記録(原本・修正版両方、民明書房独自入手) / 光〇社内記録一九八八年度企画書(部分開示)

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