第2話:地鎮祭(じちんさい)は抜きだ
第2話:地鎮祭は抜きだ
――あの日、俺は泥流に呑まれ、人生を終えたはずだった。
だが、俺には帰るべき場所ができた。愛してくれる家族ができた。
「キロル……逃げて、早く!」
母さんの悲痛な叫びが、俺を現実に引き戻す。
目の前には、帝国兵に囲まれ、地面に膝をつく父さんと母さん。彼らを「猿」と呼び、冷笑する豚のような太った男、バロウ子爵。
その時、俺の意識に深く刻まれたのは、前世の未練でも後悔でもない。
この島に生きる**「キロル」**としての、猛烈な守護欲だった。
(……フジムラ サトシはもう死んだ。俺は、この島のキロルだ)
脳内で響くシステム音。視界を覆うグリッド線。
俺は湧き上がる魔力を指先に込め、宙に浮くウィンドウを叩きつけるように操作した。
「おい、その汚い手をうちの母さんから離せ」
「あぁ? 小猿が何か言ったか? こら、さっさとそのガキを――」
バロウが指差した瞬間。
俺を捕らえようと踏み出した帝国兵の足元が、**「ボコン!」**という異様な音と共に消失した。
「……は? え、うわあああああああ!?」
悲鳴と共に、兵士が視界から消える。
そこに現れたのは、一辺2メートル、深さ3メートルの**完璧な立方体の「穴」**だ。
「なっ……なんだ、今の音は!? 陥没か!?」
バロウの頬が引きつる。
砂浜に突如として現れた、垂直に切り立った不自然すぎる穴。その底では、鎧を着た兵士がカメのようにひっくり返り、呻き声を上げている。
「な、何をしている! たかが穴だ、横を通って捕らえろと言っているんだ!」
バロウが苛立ち、豪華な刺繍の入った袖を振り回す。
兵士たちは顔を見合わせ、穴を避けるように左右から回り込もうとした。
(……素人が、無断で俺の現場を歩き回るんじゃねぇよ)
俺はスワイプで座標を指定する。
『建設ユニット:【基本地形・落とし穴】――三連続設置』
ボコン! ボコン! ボコン!
「ぎゃあっ!?」
「ひ、ひぎぃっ!?」
波打ち際で、さらに三人の兵士が次々と穴に吸い込まれていく。
まるで地面が帝国軍を拒絶し、パクパクと口を開けて食べているかのようだ。
「おのれ……魔術か!? この島に魔導師がいるなど聞いておらんぞ!」
バロウの顔が怒りと恐怖で赤黒く染まる。
兵士が落ちた衝撃で跳ね上がった砂が、彼の高価な絹の服を汚していく。
「貴様! 私を誰だと思っている! 帝国の貴族だぞ!」
「貴族か何だか知らねえが、不法侵入した上に俺の家族を傷つけようとしたんだ。更地(穴)にされて文句は言わせねえぞ」
俺はゆっくりと歩を進める。
立ちすくむ家族と、混乱する帝国軍。
その中心で、俺は次のアイコン――**【防衛ユニット:先端の尖った杭】**を選択した。
「……地鎮祭は抜きだ。まずはその傲慢な鼻っ柱を、この穴に埋めてやる」
キロルとしての初工事は、まだ始まったばかりだ。




