第 3 章-3 制度設計:感情君主制アメリカのモデル
※本稿は思想実験としての風刺的随筆です。
実在の人物・制度への支持や否定を目的とするものではありません。
ただ、もしアメリカに王がいたら――という想像を楽しんでいただければ幸いです。
ヘンリー王子を元首とする「再王制アメリカ」を構想するにあたり、
最も重要な前提は――
王は統治しないが、共感を統治するという新しい権力原理である。
この制度は、従来の王政でも共和制でもない。
むしろ、情報社会が到達した最終形――
感情によって維持される君主制(Emotional Monarchy)である。
Ⅰ. 国家の構造:二重主権モデル
現代アメリカの政治構造は、
実質的に「理念の主権」と「感情の主権」に分裂している。
理念の主権は憲法と議会が担い、
感情の主権はメディアと大衆が支配している。
この二つの主権はしばしば衝突し、国家の統一的アイデンティティを崩壊させてきた。
ここでヘンリー王子の登場である。
彼は理念を体現しない。むしろ、その逆である。
だからこそ、理念と感情のあいだに橋をかける象徴となる。
この構想では、アメリカを次のような二重主権国家として再設計する。
機能 権限 担当者
理念の主権(法と制度) 統治・立法・行政・軍事 大統領・議会・最高裁
感情の主権(象徴と共感) 儀礼・物語・国民統合 元首(ヘンリー王子)
元首は政治的中立を守るが、
国家行事・文化・教育・芸術・災害対応など、
「国民の感情をひとつにする領域」において発言権を持つ。
つまり、王は決断しないが、共感を決定する。
Ⅱ. 王位の選出:感情による選挙
王は世襲ではなく、「共感投票(Empathy Vote)」によって選出される。
この投票は法的な義務ではなく、文化的な儀式である。
形式としては選挙に似るが、目的は“選ぶ”ことではなく“確認する”ことにある。
候補者は世界各国から選ばれる。
条件はただ一つ――「物語を持つ人物」であること。
経歴・血統・国籍・宗教は問わない。
重要なのは、その人が「共感される存在」かどうか。
この選出形式によって、
王は「血による継承」から「感情による継承」へと進化する。
つまり、21 世紀の王冠は血統ではなく、共感データの集合体によって輝く。
Ⅲ. 王の役割:国民的アルゴリズム
王はもはや個人ではない。
彼(あるいは彼女)は、「国家感情 AI」に統合された人格的シンボルである。
国民の声・SNS の動向・世論調査・感情分析をリアルタイムで反映し、
その集積を王が代弁する。
王の言葉=国民の感情の平均値であり、希望値である。
つまり、王のスピーチは「国家感情の可視化装置」として機能する。
そしてヘンリー王子は、その原型としての“人間モデル”となる。
彼の発言、行動、表情、沈黙までもが、
国民の精神的安定を演算するアルゴリズムの一部になるのだ。
Ⅳ. 制度の意義:民主主義の補完装置
感情君主制アメリカの目的は、民主主義を廃することではない。
むしろ、民主主義の疲労を癒す装置である。
選挙は疲弊し、討論は分断し、理念は空転する。
そのとき、政治に必要なのは「もう一人の王」――
権力ではなく、癒しと統合の象徴である。
王は何も変えない。
だが、何も変えないことで社会を安定させる。
沈黙の存在が国家を保つという逆説。
これこそ、21 世紀型の秩序原理である。
Ⅴ. ヘンリー王子の位置づけ
なぜヘンリー王子なのか。
それは彼が、伝統の残響と現代の柔軟性を兼ね備えているからだ。
彼は血統を持ちながら、その血統を否定し、
特権を持ちながら、民衆に降りた。
つまり彼は「王でもあり、国民でもある」。
この両義的存在が、アメリカの再王制の核心である。
ヘンリー王子は国を支配しない。
だが、国が支配されることを許す象徴とし
再び“王”という概念に命を吹き込む。
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次章では「自由の終焉と“幸福なる臣民”の誕生」をテーマに、さらに深く掘り下げていきます。




