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街の本屋

作者: 沢木 翔

私の住む街の駅前にある唯一の本屋が今月一杯で閉店となってしまう。

たしか約30年前に引っ越して来た時には3軒の本屋があったと記憶しているけど、だんだんと数が減ってしまい、ついに最後の砦も陥落することが決定。

これからは電車に乗るか、クルマを運転して隣町の本屋に行くしかなくなってしまった。


この本屋は結構大きな店構えなのだが、3年前ぐらいから本の売り場面積が縮小し始め、そのかわりに雑貨や文房具の陳列スペースがジワジワ拡大していたことからなんとなく不吉な予感があったのだけど、閉店の告知を見て「ああ、やっぱり」と思った。


この店は女子大のすぐそばにあるのだが、そういえばこの本屋で女子大生を見かけた記憶は一度もない。

彼女たちは大学内の生協で本を買っているのかな?

本を物色しているのは私のような煤けた中高年ばかり。

しかし、学生なら大学の授業で使う教科書以外でも、読書ぐらいするはずなのにとも思う。

そもそも大学があるのに本屋がない街なんて私にはちょっと信じられない話である。


調べてみたら、人口減・若者の活字離れ・本のネット通販や電子書籍の拡大などが原因となって、全国の書店数は2003年には2万1千店あったのだが、20年後の2023年では1万1千店に半減しているし、30%近くの地方自治体には本屋が一軒もなくなっているらしい。

そして、特に売り場面積が50坪以下の小規模な「街の本屋さん」の消滅が際立っているとのこと。



私はやや活字中毒気味なので、昔から「行きつけの本屋」があった。

名古屋の中高時代には学校が徳川美術館の近くにあったため、「徳川書店」という大層な名前の本屋で文庫本をよく買っていた。

大学生の頃には阿佐ヶ谷駅と住んでいたアパートの中間地点の青梅街道に面している「書原」という本屋で、阿佐ヶ谷在住の漫画家の永島慎二の全集をアルバイト代をつぎ込んで手に入れ、今でも本棚の一等地に鎮座させている。


サラリーマンになると、私が入社する遥か前からテナントして本社ビルの地下で営業していた個人経営の本屋があった。

この本屋の歴代の主人は各社員の好みをしっかり把握していて、入社まもない若輩者の私にも沢木耕太郎や村上春樹の新刊本が出版されると昼休みに内線電話で案内をくれた。

更に付き合いが深まる頃には、外出先から帰社すると机の上に塩野七生の「ローマ人の物語」とかロバート・B・パーカーのスペンサーシリーズ等の新作にカバーをかけて置いてあるのを発見するという事がお約束になった。

だから今確認したら、それらの本はみな初版本ばかりであった。

また、仕事が終わって帰りの電車で読む本が無い時などには、ふらりと地下の店に寄って「なにか面白い本ない?」と相談していた。(一度だけだけど、そのままご主人と飲みに行ったこともあった)



かつて山口瞳は行きつけの飲食店のことを「文化そのものだと思っている。そこで働く人も文化である。私自身は、そこを学校だと思い、修業の場だと思って育ってきた。」と書いていて、深く共感した。

私の場合は飲み屋に加えて行きつけの本屋も同じだと思っている。


時は流れて、徳川書店も書原も今は無くなってしまった。

30年の付き合いの駅前の本屋はもうすぐなくなる。

3日前にその店で最後の買い物のつもりで5冊の本を買った。

そして貯まっていたポイントを全部使ったら、店の人に「永らくお引き立ていただきありがとうございました」と言われてちょっとシミジミしてしまった。


かつての本社ビルは取り壊されて現在建て替え工事中なのだが、あの本屋さんはまたテナントとして復帰してくれるのだろうか。

もしそれが実現するのなら、また、ふらりと寄って「面白い本ない?」と訊いてみたい。

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