(第8話)熊のぬいぐるみは恋愛対象なのか?~クラウド王国~
「隊長さま。こんなに素敵なドレスをいただいて良いのでしょうか?」
俺が贈った紫のドレスを着たシエナ嬢が、頬を赤く染めていた。
なんだ、これは!? この可愛い生き物は!?
やばい! 最近知ったがどうやら俺の心臓はチキンハートだったようで、シエナ嬢の笑顔を見ただけで押し潰されそうだった。
くそっ。今までどんなに危険な任務の際にも、ここまでの命の危険を感じたことなんてなかったのに。
というか今まで女性に贈り物なんかしたことのなかった俺は、ドレスを選んでいる時点で心臓がバクバクして命の危険を感じるほどだったんだ。
だが、命がけで選んだシエナ嬢の瞳の色である紫色のシンプルなドレスは、自惚れかもしれないがシエナ嬢によく似合っていて、俺はご満悦だった。
「私は、せっかくなら隊長の瞳の色のドレスを贈りなよ、ってアドバイスしたんだけどね」
「僕は、ドレスを贈る前にまず聖女様のお気持ちを確かめた方が良いのでは? とお伝えしました。一方的な好意は、相手によっては恐怖を感じますので」
ニヤニヤする食堂のおばちゃんリリーと、真顔で人をストーカー呼ばわりする眼鏡セバスめ。
そんな二人の戯言は無視して、俺はシエナ嬢を見つめ……ることは照れくさかったので、少しだけ目を逸らしながらも伝えた。
「にっ、にににに、似合ってる!」
よしっ! 良く言った、俺! 頑張った、俺!
「ありがとうございます」
やはり照れくさくてシエナ嬢の顔は見れなかったが、周りに聖白百合が咲きまくっていたので、きっとあの笑顔を浮かべてくれているのだろうと思った。
「ですが本当に当日のエスコートは隊長で良いのですか? 第一王子からもエスコートの申し出があったと聞き及んでおりますが」
さすがのセバス! 雰囲気に流されることなく、必要なことはちゃんと確認している。頼もしいぞ、セバス!
今度開催される帝国での皇太子の婚約披露パーティーには、この国の王子達およびそのパートナーだけではなく、穢れ沼を浄化した聖女であるシエナ嬢も招待されていた。
招待状には、もしシエナ嬢のパートナーが王子達でない場合には、その者にもパーティーへの参加の権利が与えられるとの記載があった。
そしてシエナ嬢がパートナーに選んだのが、なんと、なんとなんとなんと、俺だったのだ!
「そうだぞ、シエナ嬢。確かに俺は君がこの国に訪れた時から……保護者……のような立場だが、気を使う必要なんてないんだ」
痛む胸に気づかないふりをして、俺は言った。
「いいえ。隊長さまがご迷惑でなければ、私は隊長さまにエスコートしていただきたいのです」
きっぱりと言ったシエナ嬢の言葉に、トゥンク……。
どうして俺を選んでくれたのか、理由を聞きたい! ずっと聞きたかった! 聞きたい! 聞きたい! 聞きたい! が! 聞く勇気がない! 以上!
「シエナちゃんは、なんでそんなに隊長がいいんだい?」
うおおいっ! リリーよ! あっさり聞いたな!
「それは、あの……。初めて会った時から私……隊長さまのこと」
えっ!? これってもしかして……。トゥンク……。
「熊さんに似てるって思ってたんです!」
うおおーい! どういうこっちゃい!!
「子どもの時にお母さんが作ってくれた、熊さんのぬいぐるみに似てるって!」
シエナ嬢のその告白に、リリーは声を出して大爆笑していた。
セバスも顔を真っ赤にして肩を震わせていた。
熊さんって! 熊さんかよ! 熊さんかぁ……。
熊ってことは、頑張って鍛えた肉体を褒められているようで嬉しい気持ちもある!
だけど……熊のぬいぐるみって……恋愛対象じゃないよなぁ……。