(第7話)上機嫌なアイリス~スカイ王国~
「セドリック様。帝国でのパーティー用のドレスを贈っていただき、ありがとうございます」
セドリック様の婚約者として帝国の皇太子殿下の婚約披露パーティーに招待された私は、上機嫌でセドリック様に会いに来た。
「アイリス。気に入ってくれたなら嬉しいよ」
なんだか最近は疲れた顔をしているセドリック様だけど、それでも私には昔から変わらない甘い笑顔で微笑んでくださった。
そう。あの平民の偽聖女なんかには、間違っても一度も向けたことのない笑顔で。
「セドリック様。お疲れですか? 顔色が悪く心配です。少しでも癒しになればとハーブティーを用意したので、召し上がってくださいませ」
「ありがとう。帝国からの取引停止の損失をどうやって取り返すか、方針が定まっていなくてね…….。まぁ、いざとなればクラウド王国からの取引税を引き上げればいいだけなんだが……」
「父からも聞いております。長年の取引を急に打ち切るだなんて、帝国も何を考えているのやら……」
「今度の帝国でのパーティーには、将来を担うもの同士の交流という目的で次期国王夫婦となる僕達しか招待されていないから、そこで帝国の皇太子殿下と本件も話してくるように父から厳命されているんだ」
「承知しました。私もセドリック様の婚約者として、恥ずかしくないように振舞いますわ」
「アイリス。ありがとう。君が婚約者であることに何の憂いも無いよ」
「ええ。もしあの平民が婚約者の時でしたら、大変なことになっていたでしょうからね。うふふ。たかが平民なんかを連れて帝国のパーティーに参加するような事態にならなくて、本当に良かったですわ」
すぐに同調していただけると思っていた私の言葉に、なぜかセドリック様は顔色を悪くした。
「……セドリック様? いかがされました?」
「いや……。なぜか情報規制がされていて調査が進んでないと聞いているが、もしかしたらシエナが穢れ沼を……。いや……。そんなまさか……」
何かをぶつぶつ言っているセドリック様は、今まで見たことがないくらいに余裕がなくて、私はなんだか不安になった。
そんな不安を吹き飛ばしたくて、かすかに聞こえた『シエナ』という単語を拾って私は明るく笑った。
「あの平民は、まだクラウド王国から逃げようとはしていないようですよ」
私のその言葉に、セドリック様は顔を上げた。
「どうしてそんなことが分かるんだ?」
「国境の衛兵に『シエナが来ても決して通さずすぐに公爵家に報告するように』と命じているからですわ」
「なぜそんなことを……?」
「なぜって? あの平民を逃がさないためです。セドリック様だって、そのために追放先をあの国にしたんですわよね? あの国であれば、どんなに辛い目に合って逃げ出そうとしてもこの国以外にどこにも逃げ場がないからでしょう?」
「いや、僕はただ格下の国にと思っただけで、そこまでシエナを追い詰めるつもりは……」
「うふふ。御冗談を。私達の真実の愛の詩が吟遊詩人達によって世界中に広まっている今、悪役であるシエナがどんな扱いを受けるかなんて分かり切っているではないですか? 身分を隠して顔を知られていない国でひっそりと暮らすならともかく『国外追放となった偽聖女だ』として国境に捨てたのですから、クラウド王国でシエナが身分を隠すことは叶わずきっと酷い扱いを受けていますわ」
シエナの惨めなこれからの人生を想像して思わず笑ってしまった私に、けれどセドリック様は同調しなかった。
それどころか先ほどよりもずっと顔色を悪くしていた。
「そんな……。僕はそこまでシエナを貶めるつもりなんて……。ただ偽聖女のくせに僕らの邪魔をした罰を与えたかっただけで……そんな風に人生まで奪うつもりまでは……」
「……セドリック様。体調が悪いようでしたら、ご無理なさらないでくださいませ。思い切って少し休まれても良いのではないでしょうか?」
何かを呟くセドリック様に一抹の不安を覚えた私は、切実に伝えた。
だってセドリック様の体調不良のせいで、せっかくの帝国での華々しいパーティーに参加出来ないなんて事態になったらたまらないわ。
「あぁ……。そうだね。アイリス。いつも僕を気遣ってくれてありがとう」
やっとまたいつもの優しい顔に戻ったセドリック様に、私はほっとした。
「私はセドリック様を真実に愛しているのですもの。当然ですわ」
セドリック様の様子に不安は感じつつも、私は上機嫌でセドリック様の執務室を後にした。
帝国でのパーティーで着けるクセサリーなどの小物の組み合わせも考えなくてはね。
うふふふふ。世界中で話題になっている『真実の愛の物語』の主役である私とセドリック様の初めてのお披露目の場でもあるのだもの。
他国の王族達からもきっと羨望の眼差しで見つめられるに違いないわ。
なんて楽しみなのかしら。
たかが平民のくせにセドリック様の婚約者となった、邪魔で、無能で、無表情で、イビリ甲斐のないシエナを排除出来て、本当に良かったわ。
ふふっ。何をしても何を言っても無表情でかわしていたシエナに比べて、王宮のシエナ付きだった使用人達を解雇した時は、全員真っ青になって慌てふためきだして楽しかったわ。
そうね。帝国でのパーティーが終わったら、また誰かを標的にして楽しい遊びをしようかしら?