(第6話)聖女の願いとは何か?~クラウド王国~
「どうかこの沼の穢れが浄化されますように」
それはまるで奇跡のような光景だった。
俺は、自分が最年少で国境警備隊の隊長に選抜された時にそれを『奇跡だ』と思った。
だけど今なら思う。
あれは奇跡なんかじゃなく、人間が起こせる努力の結果に過ぎない。
奇跡とは、人間の努力なんかでは起こしえない、未知なる力なのだ。
そう。まさに今この瞬間に目の前で起きているような、この光景こそを奇跡というのだろう。
シエナ嬢が祈ると、どろどろに濁っていた穢れ沼がほんのりと光り出した。
それだけで見守っていた者たちは歓声を上げたが、その光は次第に大きくなり、最後には眩しい程に輝きだした。
そして光が消えた時、穢れ沼は清く澄んだ透明な水の沼となっていた。
「新たな魔物は出没しません!」
穢れ沼が浄化されると、それまで吸い寄せられるようにやって来ていた魔物が現れなくなった。
シエナ嬢が浄化作業をする間の警備として集められた兵士達は、残っていた魔物を殲滅させて一息吐いた。
「不安もありましたが、無事に浄化出来て良かったです!」
シエナ嬢はそう言って、とびきりの笑顔で笑った。
以前は沼から放たれる穢れのせいで周りの空気さえも淀んでいたその場所には、聖白百合までもが咲き誇った。
シエナ嬢の祈りで、それまでの汚れた場所は一変して、心が浄化されるような美しい光景の場所に変わっていた。
……いや、なんか……聖女様の力が凄すぎて、もはや何でもありだな……。
「聖女シエナ。クラウド王国のために祈りを捧げてくれて礼を言う。そなたのお陰で帝国との道が開けたこと、国王として心から感謝する」
穢れ沼を浄化して王宮に戻ってきたシエナ嬢には、すでに報告を受けていた国王陛下とすぐに謁見の場が設けられた。
うおー。国王が誰かに頭下げてるのなんか初めて見た!! というか俺は国王自体、数えるほどしか見たことないが……。これはすごい歴史的貴重な場面では!?
まぁ、シエナ嬢の起こした奇跡を考えれば、国王が頭を下げることさえも至極当然のことかもしれないが……。
やっぱすげぇな、聖女様。
「とんでもないことです。クラウド王国のお役に立てて嬉しいです」
シエナ嬢は、優しく笑った。
その笑顔で当然の如く花が咲いて、その場にいた重鎮達からもざわめきが起きた。
……というか、俺!! 俺はこの場にいていいのか!?
国境警備隊長としてシエナ嬢を王宮まで送り届けるのは当然として、その後の穢れ沼の浄化の付き添いもまぁ警備の仕事としても、今!!
この国の主要人物しかいない謁見の間に、俺必要??
確かに国境警備隊の隊長ではあるけど、国王陛下と話したことなんて任命式でしかないし。
というか隊長なのに本拠地から一週間近く離れてて大丈夫なのか!? いや、それは大丈夫だ。なぜならば、有能すぎる副隊長のセバスがいるから。セバスよ。いつもありがとう。
……いかん。いかん。思わず現実逃避をしてしまった。
俺よりも、シエナ嬢の方がよっぽど緊張しているだろう。
せめて見知った俺がいることで、少しでも安心出来ているといいのだが……。
「聖女シエナよ。浄化の褒賞として、何か望みがあれば教えてほしい」
「もったいないお言葉でございます。……もしも叶えていただけるのでしたら、二つほど望みを言っても良いでしょうか?」
二つも!? 結構グイグイ行くな。
あれっ? もしかして俺が安心させるどころか、シエナ嬢は全然緊張なんかしていないのでは!?
「申してみよ」
「ありがとう存じます。……ひとつ目は、私にクラウド王国の居住権をいただきたいです」
「それはもちろんだ! 聖女シエナが我が国に留まってくれることは、こちらとしても僥倖だ」
「そして……叶うなら、国境警備隊の本拠地で働かせていただきたいのです」
えっ!? 突然のことに驚きすぎて、思わず声が出そうになってしまった。
なんで!? えっ!? もしかしてシエナ嬢も俺のこと……。
いやいや、自惚れるな、俺!! そんなわけないだろ。
……だって俺は、セバスのこと言えないくらいモテないし……。しゅん……。
「王宮や城下町ではなく、国境警備隊で暮らしたいと申すのか?」
「はい。もし穢れ沼に何かありましたらすぐに馳せ参じますし、私が咲かせた花は自由に使っていただいて構いません。ですから、どうか国境警備隊で過ごす許可をいただきたいのです」
「国境警備隊までは馬を使えば二日程であるし、聖女シエナがこの国に留まってくれるのであれば我としても否とは言わぬが。理由を聞いても良いか?」
ナイス質問です、国王陛下。俺もそれを聞きたかったんです。
「国境警備隊で過ごしたのは数日ですが、とても楽しい日々でした。……スカイ王国で過ごした何年もとは比べ物にならないほどに。なので叶うなら、これからも故郷に似たあの長閑な場所で過ごしたいと望むのです」
スカイ王国め! 聞けば聞く程シエナ嬢に対する扱いが酷すぎる!
産まれてから追放されるまでの十数年よりも、国境警備隊で過ごした変哲のない日常の数日の方が楽しいだなんて悲しすぎるだろ!!
「あいわかった。聖女シエナはこれからクラウド王国の国民として、国境警備隊で過ごしてもらうこととする。国境警備隊の隊長であるラルスも異存ないな?」
うおっ! 突然国王陛下から言葉を掛けられて心臓バックバクの俺は、頭が真っ白になってしまった。
「隊長さま。私に出来ることは何でもしますので、どうか一緒に帰らせてください」
そんな俺に向かってシエナ嬢は真っすぐに言った。
くー。俺がシエナ嬢に安心させられているじゃないか。情けない。
「国王陛下に申し上げます。国境警備隊としてももちろん異存ございません」
「良い。それでは聖女シエナのひとつ目の願いについては、クラウド王国国王である我が保証する」
国王陛下の宣言にシエナ嬢は頭を下げた。
まぁ、もう予想通りだが、謁見の間のあちこちに聖白百合が咲き乱れた。
「それでは聖女シエナよ。ふたつ目の願いを聞こう」
「はい。私のふたつ目の願いは、ある調査をお願いしたいものとなります」
シエナ嬢は、真剣な顔をしてまっすぐに国王陛下を見つめた。