(第3話)第一王子と公爵令嬢の愛の物語~スカイ王国~
「セドリック様。私、とっても良いことを思いつきましたの」
シエナを追放して正式に僕の婚約者になってから、アイリスはいつだって上機嫌だった。
そんなアイリスを見ているだけで、僕も自然と笑顔になった。
「良いこと? どんなことだい?」
「セドリック様と私の愛の物語を演劇にして、王国中に広めたいと思います」
「……僕達の愛の物語?」
「はい。すでに脚本も仕上がっており、お父様にも了承いただいて有名な劇団を公爵家で買い取っておりますわ」
「……そうか。それは素晴らしいね」
わざわざ僕達の物語を劇にする意味があるのか僕には分からなかったけれど、公爵も了承しているということは何か意味があるんだろう。
害になることではなさそうだし、アイリスが楽しそうだから問題ないな。
僕はそう判断した。
「それからシエナ付きだった使用人達は、全員解雇します」
だけど続いたアイリスの発言には、ほんの少し戸惑った。
「……シエナ付きだった使用人達は、君の指示に従っていたのではなかったか?」
アイリスが使用人達に指示をして、シエナに嫌がらせまがいの対応をさせていたはずだが……。
「まさか。私が使用人に指示なんてするはずがないですわ。彼女達は、自分の意志で職務を放棄していただけでしょう? それにただ放棄していただけなら、相手はあの平民なので仕方もないかと思いますが、放棄してその分サボっていたのですからそのような者達に王宮で働く資質なんてないです」
「……そうか……。しかし彼らが職務放棄して怠けていたことを把握していたのなら、もっと早く解雇しても良かったんじゃ……」
「何をおっしゃいますの? セドリック様。以前の私にそんな権限ございませんわ。今はセドリック様の婚約者なので、王宮で自分に仕える使用人の任命権限を王妃様からいただいたのです」
その通りだと思った。
アイリスの話している内容になんらおかしなことなんてない。
ただその理屈だと、シエナが婚約者だった時にアイリスが我が物顔で王宮に入り浸っていたことだって、そんな権限はなかったことにはならないだろうか?
……いや、アイリスは公爵令嬢として、王太子の婚約者が至らない平民だったからその指導に当たってくれていただけだ。
そうだ。何もおかしいことなんてない。
母である王妃がシエナにはいつまで経っても何の権限も与えなかったのに、婚約したばかりのアイリスには王宮の使用人の解雇権限まで与えていることだって、公爵令嬢という身分を考えれば決して不自然ではないのだろう。
「使用人達には紹介状も出しません。いくらシエナ相手とは言え仮にも第一王子の婚約者に不敬を働いたのですから、当然ですわよね。王宮で働いていたのに紹介状がないだなんて、次の就職先は見つかるかしら? ふふっ。今まで怠けていた分、これから大変でしょうね」
アイリスは、とても楽しそうに笑った。
その笑顔がほんの少し歪んで見えて、心にほんの少しだけ引っかかるものを感じながらも、それでも僕はアイリスに何も言わなかった。
しばらくして公開された僕とアイリスの劇は、瞬く間に一世を風靡した。
アイリスの公爵家は、貴族向けの劇場だけでなく庶民向けの劇団も買い取っており、そちらでも同時に公開することで、貴族・庶民問わず王国中で評判となった。
それだけでなく、吟遊詩人達もこぞってその劇の内容を各地で広めたため、わずか数か月で僕とアイリスの愛の物語はスカイ王国だけでなく、帝国や他国にまで広まっていった。
その劇は、こんなあらすじだった。
幼いころから真実の愛で惹かれあっていた第一王子と公爵令嬢は、突如現れた強欲な自称聖女に引き裂かれ国の発展の為に泣く泣く別れた。
けれど自称聖女は何の奇跡も起こさず、ただただ王宮で暴虐と贅の限りを尽くしていた。
そのことに心を痛めた公爵令嬢は自称聖女を正そうとするが、自称聖女の策略で怪我を負ってしまう。
愛する公爵令嬢を傷つけられた第一王子は、真実の愛の名のもとに立ち上がり自称聖女が『偽聖女』であることを暴いて国外追放とする。
そうして国には平和が訪れ、王太子となった第一王子と公爵令嬢は王国中に祝福されながら結婚をして、聖女の力などなくとも国を発展させた。
僕も観劇したけれど、展開が早くて勧善懲悪が分かりやすくすぐに惹きこまれた。
さすがアイリスだ。
王宮でのシエナの振る舞いなど劇の内容に事実と齟齬はあるけれど、そんなことはどうでも良いと思った。
現実でも劇中の通りの結末になるのだと、僕は少しも憂うことなく信じた。
聖女の力なんかなくても僕は、王国中、いや世界中に祝福されながらアイリスと結婚して、スカイ王国をますます発展させてみせる。
この時だって、僕はまだ自分の輝く未来を信じていた。
だからもう自分が捨てたシエナのことなんて、アイリスの制作した演劇によって世界中に偽聖女として広められたシエナの存在なんて、すっかり忘れていたんだ。