(番外編)聖女を虐げた侍女の償い~スカイ王国~
書籍化記念の番外編です!
スカイ王国でシエナを虐げた侍女目線で、本編後の覚醒セドリックも出てまいります。
「ほら。シエナの餌だよ」
それは私が、今では正式な聖女であると世界中に公表されたシエナに対して、五年もの間吐き続けていた言葉だった。
★☆★
「私が聖女様の専属侍女のうちの一人に抜擢……ですか?」
まだ王宮に仕えて間もないうえに男爵家出身である私は、それまではメイドとして主に掃除や洗濯を担当していた。
それなのにいきなり侍女? それも第一王子の婚約者となる聖女様専属の?
「シエナは平民だから仕えたい者がいないの。それにアイリス様が……」
戸惑う私に、侍女長はなぜか最後は言葉を濁して気まずそうに告げた。
たとえ平民だとしても聖女様なのに、誰も仕えたくないだなんて……。
「アイリス様とは、公爵令嬢であるアイリス様のことですよね? 彼女がなにか……?」
アイリス様は可愛らしくて優しいという評判だけど、家格も年齢も違う私はそれまでお会いしたことなどなかった。
「レイラはまだ遭遇したことが無いかしら? アイリス様は、セドリック殿下に会いに時々王宮を訪れていて……気に入らないことがあると……なんていうか……怒鳴られるということはないのだけど……」
侍女長は慎重に言葉を選びながらも、なぜか私と目を合わせることをしなかった。
「とにかく! メイドから侍女への昇格なんて願ってもない話でしょう? 今日からシエナについてちょうだい」
これ以上の質問は受け付けないとでもいう様に、侍女長は突然話を切り上げた。
……そりゃあ侍女になれるのは嬉しいけど、なんだか嫌な予感が……。
「お前がシエナ付きになったメイド?」
そんな私の嫌な予感は的中して、聖女様にご挨拶するよりも先にアイリス様に呼び出された。
「……レイラ・ドーソンと申します」
アイリス様は私より六歳も年下でまだ十歳なのに、そのあまりの迫力に私は内心で気後れしながら必死で答えた。
「ドーソン? 聞いたことがないわ。家格は?」
「……男爵家です」
「男爵家ですって! ふふふ。セドリック様の婚約者にもかかわらず、たかが男爵家の使用人しかつけてもらえないなんてね。それでも平民にはもったいないくらいだわ」
そんな言葉を吐きながら意地悪く笑うアイリス様の顔は、可愛らしくて優しいという評判とは真逆にみえた。
「ねえ? まさかきちんとシエナに仕える気ではないわよね?」
「……おっしゃっている意味が……」
「ドーソン男爵家、ね? もし私がお父様におねだりしたらどうなるかしら?」
「……おねだり、とは……?」
「ドーソン男爵家のレイラに意地悪されたから家ごと潰しちゃって? とかね?」
とんでもないことを告げる十歳の少女に、戦慄した。
その悪意に完全に気圧された私は、アイリス様に反抗することなどできなかった。
そもそも男爵家の私には、公爵令嬢に逆らうことなどもともとできるはずもなかったのだけど。
「ほら。シエナの餌だよ」
だから私は、毎回毎回そう言いながらシエナの食事を運んだ。
その食事だって、私達ですら食べないような食材で料理人達が特別に作ったそれこそ餌のようなものだった。
それなのに、シエナはいつも無表情だった。
決して泣くことも、取り乱すこともなく、ただその美味しいはずのない食事を黙々と食べていた。
とてもアイリス様と同じ年とは思えないほどに痩せ細った顔色の悪い少女に対して、私はなんてひどいことをしているのだろう。
何度も何度も苦しくなって、何度も何度も逃げ出したかった。
だけど実家を盾に脅されたら、アイリス様に逆らうことなんてできなくて。
それに私が辞めた後の侍女がシエナにもっと酷いことをするかもしれないと思うと、辞めることも躊躇われた。
シエナが奇跡さえ起こせば、きちんと彼女を『聖女様』と呼ぶことが出来るのに。
そうすればアイリス様の脅しになんて屈せずに、堂々と聖女様に仕えることが出来るのに。
そう思ったりもした。
だけどシエナは奇跡を起こさなかった。
何年経っても、聖女とは名ばかりのただの貧相な平民のままだった。
だからシエナがクラウド王国に追放された時には、可哀想だとは思ったけれど安心もした。
もともと平民だったのだから、きっとこの地獄のような王宮から解放されて他国で平民としてやり直す方がまだ幸せになれるだろう、と。
もうこれ以上あの可哀想な少女にひどいことをしなくていいのだと思うと、なんだか呼吸が楽になったような気さえした。
「お前達は解雇するわ。紹介状も出さないからね。ふふふ」
シエナが追放されてしばらくしてから、シエナと関わりのあった使用人達が集められて、アイリス様から歌う様に解雇を告げられた。
「そんな! 私はアイリス様の命令通りに、シエナにちゃんと嫌がらせをしました!!」
「紹介状もなしに解雇だなんて、いくらなんでも横暴では!?」
「そんなことをされたら家族が路頭に迷います。どうか考え直してください」
皆が口々に叫び出して、阿鼻叫喚のような状況になった。
それなのに取り乱す皆使用人達の必死な様子を、アイリス様はとてつもなく楽しそうに見つめていた。
そんなアイリス様が恐ろしすぎて、男爵家に咎が及ばないならこのまま解雇された方が良いかもしれないとさえ思った。
★☆★
結局、紹介状もなしに王宮を解雇された私は、メイドとして次の就職先を見つけることができなかった。
それに王太子の婚約者である公爵令嬢から睨まれている私には、縁談も絶望的だった。
このまま何もせず実家にいても迷惑をかけるだけなので、男爵家を出て平民街で働くことにした。
アイリス様に思うところはありすぎるほどにあるけれど、それでも言い訳を並べながらもシエナのことをたったの一度でさえも庇うことをしなかった私の自業自得の結果でもあると、今の自分の境遇を受け入れていた。
だけどアイリス様が創作したという『真実の愛の詩』の内容を知った時には、震えが止まらなかった。
あの女は、そこまでしてシエナを貶めたいのか、と。
それでも何の力もない私には、やっぱりどうすることもできなかった。
せめて吟遊詩人達の詩を聞いて興奮する民衆に向けて、冷めた目を向けることくらいしかできなかった。
あの『真実の愛の詩』の美しいヒロインがアイリス様であることは大々的に宣伝されていたので、平民街でアイリス様はまるで聖女のようにあがめられていた。
だから突然『セドリック殿下が国王に即位して、前国王陛下をクラウド王国から聖女を拉致した罪で処刑する』という情報が流れてきた時には本当に驚いた。
前国王の時には情報規制がされていたようで、『聖女を拉致した』ということすら寝耳に水の状態だったから。
聖女とは、シエナのこと? シエナは拉致されて王宮に連れてこられていた?
そんなまさか……。
シエナはいつだって無表情だった。
たかだか十歳の少女が、自分に起こった悲劇に気づきながらも、たった一人で泣くことも出来ずに堪えていたのか……。
そう思い至った時、私はきっと初めて自分がシエナにしたことを、心から後悔した。
『スカイ王国が聖女シエナにした行いを謝罪する』
セドリック国王が世界中に公表したというシエナへの謝罪文は、王宮でシエナにされていた非道な行いと共に平民街にも駆け巡った。
聖女のようにあがめられていたアイリス様の評判は、一瞬で地に落ちた。
だけど公開されたその謝罪文を読んだ私は、ある疑いを持った。
これは本当にセドリック様が書いたのだろうか?
だって私が知っているセドリック様は、前触れもなくいきなりシエナの部屋に入っていき、シエナの話を聞くこともなく一方的に怒鳴りつけて去って行く、そんな人だったから。
アイリス様のやりたいようにやらせて、私達の解雇だって自由にさせたような人だったから。
だから謝罪文から伝わってくる切実な思いと、私の知っているセドリック様像が一致しなかった。
★☆★
「全員揃っているね」
以前よりも精悍な顔つきをしたセドリック国王が現れた時、私達はまだ全員が戸惑っていたと思う。
セドリック国王から届いた私宛の召喚状が実家から転送されてきた時には、本物かどうか何度も見返した。
半信半疑のまま訪れた王宮で通された広間には、かつての同僚達がいた。
……かつて同じようにアイリス様に集められて解雇された仲間達が……。
「君達がシエナ様にしたことは、すべて調査して把握している。それがアイリスの指示だということも。シエナ様が追放された後で、アイリスから一方的に解雇されたことも」
私達は全員息をのんだ。
……これは……私達は断罪されるのだろうか? あるいは救済されるのだろうか?
「たとえ当時公爵令嬢であったアイリスの指示だったとしても、君達のしたことは許されることではない。だから解雇を取り消すつもりはない。それでももし君達が、自分の過ちを償いたいと望むなら、再雇用したいと考えている」
セドリック国王は、私達ひとりひとりの顔を見つめながら言葉を紡いだ。
再雇用が償い? その意味が分からずに戸惑った。
「そして再雇用をする場合、以前と同じ役職でアイリスに仕えてもらう」
その言葉に、その場に集められた全員がひどく動揺した。
「それってつまりアイリス様の専属侍女になるということ……」
いつかシエナの髪を切る時にわざとハサミを頭に当てた侍女が呟いた。
「アイリス様に仕えるなど……想像しただけで……」
いつもシエナを図書室に閉じ込めていた使用人が震えた。
「どんな言いがかりをつけられていびられるか……」
いつもシエナの湯船をわざと冷たくしていた侍女の顔が青ざめていた。
そんな私達のざわめきをかき消すかのように、セドリック国王が言葉を続けた。
「王妃であるアイリスには、何の権限も与えない。アイリスの父親である公爵も、そのことは了承している。だから君達が彼女に解雇されることは、もう二度とありえない」
それでも……きっと私達誰もが思った。
それでもアイリス様の目下の者に対するあの傲慢な態度は変わらないだろう、と。
プライドの高いアイリス様が、蔑んでいたシエナに仕えていた使用人しかも自分が解雇した使用人達が再雇用されてそれをあてがわれるだなんて、とてつもない屈辱だろう。
……その分どんな八つ当たりをされるか、想像しただけで恐ろしかった。
「アイリスにも、王妃として罪を償ってほしいと願っている。それでも一年経ってもアイリスの態度が少しも変わらなかった場合には、母上とは違う離宮に入れる予定だ」
セドリック国王の母親……前王妃は、派手好きで貴族達から褒め称えられることに愉悦を感じる人間であるということは、この王宮では有名だった。
そんな彼女が離宮で一人で寂しく暮らしているとは……。それは彼女にとっては、きっと耐えがたいのじゃないだろうか……。
「……僕は、君達がシエナ様に何をしているかすべてではないが知っていた。それでもなにもしなかった。君達がしたことは、ひとつひとつでも人として恥ずべき行為だ。しかもシエナ様は、何人もから向けられたその悪意をたった一人ですべて受ていた。それは、僕達がシエナ様にしたことは、たとえシエナ様が本当に偽聖女だったとしても、一人の人間の尊厳を傷つける最低なことだ」
それはガツーンと、まるで頭を殴られたみたいな衝撃だった。
私は、王宮で働いている間はいつも『シエナが聖女だったら良かったのに』と思っていた。
だって本物の聖女だったら彼女に酷いことをしなくてすむから。
だけどそうじゃなかった。
聖女じゃないならひどい扱いをしてもいいだなんて、そんなはずがなかった。
『餌』だなんて、人間に使う言葉じゃない。
それは、相手が聖女でも聖女じゃなくても同じだ。
私は……私は何の力もないからなんて言い訳して、アイリス様に逆らえないからと逃げていた。
だけどできることは、きっといくらだってあった。
シエナの食事にこっそりと白パンを添えることくらい簡単にできたはずだ。
だけど私は、結局は心の中で何を思っていたとしたって、シエナに対してなにもしなかった。
それはシエナが平民で、奇跡を起こさない偽聖女だったから。
だけど偽聖女だとしても、シエナは一人の人間なんだ。
私は、目の前の権力に怯えて、そんな当たり前の事実にさえも目をつむっていた
でもどうしてセドリック国王は、わざわざ私達を再雇用なんてするのだろうか?
謝罪文の公開以来王宮からはどんどん人材が流出していると聞いているし、アイリス様へのこれ以上ない嫌がらせにはなるだろうけど、それだけだとは思えない。
「僕はシエナ様に対して犯した自分の過ちを、沈みゆくスカイ王国の国王として責任を果たすことで償うつもりだ」
きっぱりと宣言した後で、セドリック国王はもう一度私達ひとりひとりを見渡した。
「君達にも、自分の罪と向き合って償ってほしいと思っている。一方的に解雇したのはこちら側であり、再雇用は強制ではない。解雇されたことで罪を償ったと思うのであれば、今の生活を続ければいい。僕はただ、君達にひとつの選択肢を与えるだけだ」
聖女を拉致して王宮ぐるみで虐待した挙句に追放しただなんて事実が世界各国に公表されたスカイ王国は、セドリック国王の言うようにこれから沈んでゆくのかもしれない。
そのスカイ王国で、聖女を虐待した王宮で、聖女を虐待した私達が、それを指示した王妃に仕えること、それを罰だというのだろうか。
もしもそれを罰だというのなら、私は受けなければいけないのだと、そう思った。
平民街で暮らしてみて初めて気づいたけれど、シエナほど痩せている人間はほとんどいなかった。
私達は一人一人がひとつずつ罪を犯しながら、拉致した少女をこの国の平民街でもいないほどに痩せ細らせた。
その行為は、世界中から非難されるような行為だった。
私達は、それを償うべきなのだろう。
セドリック国王の用意したそれが罰になるのか、誰にとっての罰になるのか、分からないけれど。
それでもこの場所で、シエナを虐げたこの場所で、アイリス様に臆することなく働き続けることで、見えてくるものがあるかもしれない。
これからのスカイ王国の未来と自分の人生を思って、私は静かに息を吐いた。
本作をお読みくださいました皆さまのおかげで書籍化されることとなりました!
本当にありがとうございます!
スカイ王国側の番外編も投稿予定です!




