(最終話)幸福の聖女~クラウド王国~
「シエナ嬢は、お、お、お、お、俺のど、どどどどどどこを、すすすすすす好き……になってくれたんだ!?」
『隊長さまから私へのプロポーズ大作戦』の祝賀会も中盤になり、皆さんが自由に雑談を始めたタイミングで、隊長さまは真っ赤な顔をして私に聞いてきた。
……熊さんが真っ赤になってる……。かっ、可愛い~。
隊長さまは私にとって、最初からお母さんの作ってくれた熊さんのぬいぐるみみたいで、安心出来る存在だった。
クラウド王国に追放されてからの毎日は、スカイ王国で過ごしたものとはまるで違って、楽しくて嬉しくて幸せな日々だった。
古い書物で読んだだけの情報だったから、本当に自分に穢れ沼の浄化が出来るのか不安だったけど、隊長さまが見ていてくれると思ったら自信が湧いたの。
クラウド王国の国王陛下との謁見でも、図々しくも褒賞を二つもお願いして怒られたらどうしようと心の中でビクビクしてたけど、顔を青くしたり赤くしたりしながら心配そうに私を見守ってくれる隊長さまがいたから堂々としていられたの。
……あの時国王陛下に依頼した調査については、帝国のパーティーに向かう時に第一王子から報告書をいただいた。
五年前、ラナー村で暮らしていた母子の家が火事になりその焼け跡から母親と思しき遺体は発見されたが、当時十歳の娘は行方不明となっていること。
その娘の名前はシエナであること。
想定通りのその報告書は、だけど少なからず私の心を揺さぶった。
……落ち着け。落ち着け。大丈夫だよ。
だって私が辿り着いた真実が正しかったことが、ただ証明されただけだもん。
お母さんが殺されたことが、現実なんだと改めて突き付けられただけだもん。
だから、大丈夫……。
隊長さまは、私が第一王子から報告書を受け取ったところは見ていたけれど、その内容はもちろん知らない。
だけど心配そうに私を見つめていて、熊さんに心配されていると思ったらなんだか少し心が軽くなった。
帝国のルイ殿下とユリアン様との謁見の時も、隊長さまが居てくれたから私はいつも通り笑えたの。
だから、セドリック殿下と公爵令嬢と再会してもきっと大丈夫だと思ってた。
だけど、改めて対峙したら『お母さんを殺して私の人生を奪った国の人達だ』と実感して心が震えた。
それでも、アランに対峙した時のように震える心を必死で抑えて伝えた。
「スカイ王国の国王陛下の命令でお母さんを殺されたのに、そんな国の為に祈るはずがないじゃないですか」
だから、きっと私の心が震えていることは誰にも気づかれないと思った。
それなのに。
「聖女様を守るためであれば何でもするし、そのことによって不敬だと処罰されたとしても覚悟のうえです!」
それなのに。隊長さまは私を守ってくれた。
嬉しくて、カッコよすぎて、こんな時なのに幸せだと思ったの。
隊長さまがいてくれたから。
震える私の心を包むようにこっそりと手を添えてくれたから。
セドリック殿下達から隠すように私の前に立ってくれたから。
だから私は、お母さんを殺されて人生を踏みにじられて、それでも、今の私は幸せなんだと、そう思えたの。
私がスカイ王国に誘拐されていたと知った時だって、五年も前のことなのに、たった一人の平民のちっぽけな少女を見逃したというだけなのに、切実に頭を下げてくれた。
スカイ王国の誰からだって謝罪なんかされていないなかで、隊長さまだけが当時の私のために、たった一人の力なき少女だった私のために、頭を下げてくれたの。
だから、だから。
どこが好きかと聞かれても、出会ってからの行動すべてが嬉しくて。
隊長さまの隣にいると、今までの人生で私が決して感じたことのない感情が溢れてきて、もしかしたらこれが『愛しい』という気持ちなんじゃないかと思ったの。
昔、お母さんとした会話を私はずっと覚えていた。
「お母さん。トムじいさんが『シエナには父親がいなくて可哀想じゃな』って言うのー。シエナにはお母さんがいるから、ちっとも可哀想なんかじゃないのにね?」
「……シエナは、お母さんにとって世界で一番大切な宝物なの。だからどうか、誰に何を言われても自分を可哀想だなんて思わないでね。それにシエナには今は父親はいないけれど、あなたはお母さんが心から愛した人とのかけがえのない子どもなのよ」
「愛した? 愛したって何ー?」
「相手のことをね、自分のこと以上に心から愛しいと思えることよ」
「お母さんへの大好きや、熊さんのぬいぐるみを大切って思う気持ちとは違うのー?」
「そういう気持ちと同じくらいに、尊い気持ちよ。シエナもきっといつか出会うわ。他の誰に感じるのとも違う、世界でたった一人だけに感じる特別な『愛しい』という気持ちに」
だけど、だけど。
お母さんから教えてもらったそのまま『愛しい』と、伝える勇気はまだなくて。
だけど、だけど。
ずっと狭い世界で生きてきた私は、隊長さまへのこの気持ちを表現する言葉を他にまだ知らなくて。
真っ白になった頭で、必死に絞り出した言葉は、自分でも恥ずかしくなるようものだったの。
「隊長さまは、熊さんみたいで……可愛くて……だから……です……」
「うおおおおーい!! 結局、熊さんのぬいぐるみの壁は越えられてないのかっ!?」
隊長さまの叫びに、大作戦メンバーの皆さんが大爆笑していた。
「隊長。次は『打倒! 熊さんのぬいぐるみ大作戦』の第一回作戦会議ですね」
「熊さんを越えるためにも、これからもっと定食のボリュームを増やさないといけないね!」
「シエナ様。前髪を作りませんか?」
「シエナ様。今度は茄子を植えたので、時間がある時に見に来てくださいね」
「シエナちゃん! もしかして俺も隊長みたいにでっかくなったら可能性あり? 食堂のおばちゃんリリー先輩の定食ガツガツ食って熊さんみたいにでっかくなるから期待しててね!!」
「うおおーい!! 色々とツッコみたいが、とりあえずダンは個別指導だ!!」
そんな皆さんを見ていると、私はついつい笑ってしまう。
クラウド王国に帰ってくるまでは想像も出来なかった明るくて、楽しい日々に、私は毎日笑っていた。
でもね、それでいいの。
私はもう、笑いたい時にいつだって笑っていいんだ。
私が笑うと花が咲くことを当たり前だと受け入れてくれる人達と出会えたから。
だから、私は何も躊躇うことなく笑っていいの。
きっとこれからもずっとこの国で、隊長さまの隣で、私はいつも笑っているんだろうな、とそう信じられた。
これからのクラウド王国の未来と自分の人生を思って、私は静かに息を吐いた。
本作をお読みくださいまして、ありがとうございました!
皆さまに少しでも楽しんでいただけましたら、
作者としてとても幸せです!
~「いいえ。欲しいのは家族からの愛情だけなので、あなたのそれはいりません」が、
2025年5月5日にスターツ出版者さまより書籍化されておりますので、
もし宜しければこちらもお読みいただけますと嬉しいです!~