(第1話)偽聖女の追放~スカイ王国~
「シエナ! 君は何の奇跡も起こさない偽聖女だ! 僕は偽聖女との婚約を破棄して、公爵令嬢であるアイリスと婚約をする!」
我がスカイ王国での夜会で、王太子である僕は高々と宣言した。
そんな僕を、愛するアイリスはうっとりと見つめていたし、他の貴族達も満足そうな顔で見守っていた。
もちろんこの婚約破棄は僕の独断なんかではなく、国王と王妃・宰相等の国の主要人物達にも事前に相談したうえで実行している。
「手に入れる為に多少の無理をしたが、全く役立たずの聖女だったな」
父である国王は、そう言って忌々しそうに呟いていたほどだ。
「第一王子であるセドリックは聖女と婚約させる」
僕が十歳の時、突然父上からそう宣言された。
「父上? 何をおっしゃっているのですか? 僕の婚約者は、公爵家のアイリスに内定しているはずでしょう?」
「お前こそ何を言っているのだ。たかが公爵令嬢よりも、聖女の方がよっぽど価値があるに決まっているであろう?」
「でっ、ですが、聖女といっても平民ということではないですか!? 第一王子であるこの僕が、平民と婚約するなどと!」
「ただの平民でなく、癒しの花を咲かせる能力を持つ聖女だ」
「なんですか? それは?」
「間者からの報告で、その能力が間違いないことは確認出来ておる!」
「間者……? 何の話を……? いや、それよりまさかそんな能力があるはず……」
「いいか。セドリック。聖女を妻にすることは大変名誉なことなのだ。しっかりと手綱を握り、スカイ王国のためだけにすべての力を注ぐようにお前からも教育するのだぞ」
呆然としながら僕は父上の言葉を聞いていた。
ずっとこの国の未婚女性で一番身分の高いアイリスと、第一王子であるこの僕に相応しい彼女と、結婚するのだと思っていたのに。
それなのに、たとえどんな能力があったとしたって、この僕がたかが平民なんかと婚約しなくてはいけないなんて……。
そんな気持ちで臨んだシエナとの顔合わせで初めてシエナを見た僕は、心底ガッカリした。
そこにいたのはとても聖女とは思えない、貧相に痩せた体にサイズの合っていない不釣り合いに高級な生地の服を着せられた、俯いた陰気な少女だった。
挙句の果てに『きゅるるるるる』と腹まで鳴らしていた。
「なんだ!? 腹なんか鳴らして見苦しい!」
「……王子様……どうか……私を村に返して。……ください……」
「ふんっ。そんな気なんかない癖に! 白々しい演技は止めろ!! どうせ内心では、この僕の婚約者になれる幸福に歓喜しているのだろう!? だが、いいか!? 間違ってもお前なんかが僕に愛されるだなんて期待すらするなよ! お前はただその力を国の為だけに使い続ければいいんだ!」
それだけ言い捨てて、俺はシエナの顔を見ることもなく部屋を出た。
もしこの時に、僕がシエナの表情をしっかりと見ていたのなら……?
最初に見たあの暗い表情を演技だなんて切り捨てずに、せめて話だけでも聞いていたのなら……?
……だけど僕は、シエナを卑しい平民だと決めつけてそれからも彼女と関わることを避け続けた。
それから僕のところに上がってくるシエナに関する報告は、最悪だった。
平民であるため礼儀やマナーの勉強を一から始めることはもともと見込んでいた通りだったが、肝心の奇跡を何も起こせなかったのだ。
講師達がどんなに強く指導しても、国王や王妃自らが強要しても、花を咲かすことなんて出来なかった。
「シエナ。君は生まれ育ったラナン村では花を咲かせていたんだろ? それを再現するだけなのになぜ出来ないんだ?」
国王に強く言われて、婚約者である僕がわざわざシエナに会いに行ったことだってある。
「私が生まれたのは、ラナー村です」
「はぁ。頭はそこまで悪くないと報告を受けていたが、自分の生まれた村の名前さえ間違えているとはな。ラナーなんて村はスカイ王国には存在しない」
「セドリック殿下! 私は……」
「もういい。頭も悪い。外見も貧相。奇跡も起こせない。無能な偽聖女と話すことなど何もない」
そう切り捨てて、僕はシエナの元から去った。
あの夜会での断罪の前に、僕がシエナとまともに話したのは、初めて会った時と、この時だけだった。
あんなに聖女に執着していた国王ですら、二年も経たないうちにシエナを見限った。
国王も王妃も王太子となったこの僕も、シエナの存在を無視した。
アイリスが王宮を訪れてはシエナをイビリ倒していたことも、講師達が不必要で過度な指導をしていたことも、使用人達が業務を放棄していたことも、把握はしていたが対処はしなかった。
どうでも良かったから。
僕とアイリスの幸せの邪魔をした偽聖女が、どんな境遇で過ごしていようとどうでも良かったから。
だから婚約して五年経って、あの夜会で婚約破棄を宣言した時には清々した。
シエナには偽聖女である罪で国外追放を科した。
護衛から『シエナは格下のクラウド王国の国境に捨ててきた』と報告を受けた時には、笑い出したくらい陽気な気分だった。
これでもう僕とアイリスを邪魔するものはいない。
僕の、僕達の未来は輝いているんだ。
この時の僕は、愚かな僕は、そう信じていた。
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また、「いいえ。欲しいのは家族からの愛情だけなので、あなたのそれはいりません」が、
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