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3話 聖女と剣士

 誰もいない平原の中をゆっくりと動く二つの人影。ファレンとエリアスはラディーク黒嶺へ向かっていた。

 厚い雲に覆われた空の下に広がる濃い緑の大地。雨の匂いが混ざった湿っぽい空気がファレンの体を重くする。大地を翔ける肌寒い風がファレンの頬をベットリと撫でた。


 王都を出てからもう20分。二人はその間、一言も話すことなく歩き続けている。

 さっきギルドにいた時とは打って変わって寡黙なエリアス。沈黙の中、早歩きの彼にファレンはなんとかついていく。

 ずっと黙ったまま歩き続けることに彼女は居心地の悪さを感じ空気を変えるために話しかけた。


「エリアスさん。私たち勢いで組んでしまいましたがちゃんと無事に帰れるでしょうか?」

「大丈夫だろ。それに俺は逃げるのが得意なんだ。生きて帰るのには自信があるからな」

「……そんなこと平気で言うから仲間に逃げられるんですよ」


 彼の掴みどころのない態度が不安を煽る。いざとなれば自分を置いて逃げるのではないか。そんな想像がファレンの脳裏に浮かんだ。

 今まで何度も命のやりとりをしてきたはずの冒険者にしてはとにかく態度が軽い。これで本当に1級冒険者なのか。もっと高尚な存在だと思っていた。

 ファレンが言葉を返した後にまた広がる沈黙。会話を止めないためにもファレンはずっと気になっていたことを聞いた。

  

「今回の依頼は白神草の採取ですけど……どうしてこんな簡単なものを受けたんですか?」


 質問された時、エリアスの体がピクリと反応した。彼の歩く速度が少し落ちる。

 難易度の低い依頼はその分報酬も低い。高ランクのエリアスがわざわざ受けるような依頼ではない。

 むしろ低ランク冒険者たちの仕事を奪ってしまうためこのような行為は好ましいものではなかった。

 ファレンが疑問を抱くのも当然だろう。 


「……それは白神草を集め終えたら話すか」


 案の定、まともな答えは返ってこなかった。ファレンの顔を見ようともせず片手間に答えるエリアス。勿体ぶった答えではぐらかされる。

 受け答えをする間も足を止めようとはしない。


「それよりファレンはなんで冒険者になったんだ?」


 突然ファレンに向き直って露骨に話題を変える。よほど詮索されたくないらしい。さっきよりも声が高い。

 結局、ファレンの疑問は解決することなく話は流されてしまった。

 エリアスは後ろ歩きをしながらファレンの目を見て返事を待っている。

 彼女は俯いて目を逸らした。歩く自分のつま先が目に入る。


「そういうことはあまり聞かないものだと思っていましたが……」

「別にいいだろ? 教えてくれよ」

「…………」


 しつこい問いかけに押し黙るファレン。

 人の過去を詮索するような話題はあまり歓迎されない。

 冒険者には触れられたくない過去を持つ者も多いためこういった質問はしないのが暗黙の了解になっている。

 それはファレンも例外ではないのだろう。


「じゃあエリアスさんはどうして冒険者に?」


 少しの沈黙が流れた後、お返しと言わんばかりに同じ質問を返した。

 俯いたまま横目でエリアスを見て答えを待つファレン。

 彼は少し考えた後、あっけらかんと答えた。


「俺は……美人と冒険がしたかったからだな」


 力強く拳を握り親指を立てるエリアス。ふざけた理由を語る自慢げな顔が妙に憎たらしい。

 軽い気持ちで冒険者になるものも多いがここまでの大物はまずいない。

 もっともこれが本当かどうかは本人にしかわからないが。


「……じゃあ今日でその願いは叶いましたね。あとその顔やめてください」


 くだらない答えに辟易し他愛ないものを見る目で彼を眺めるファレン。

 喉元まで出かかった別の言葉はギリギリ心の中にしまい込んだ。その自称美人な顔は歪んでいる。

 エリアスはしたり顔を崩さずにファレンに聞き返した。


「次はファレンだな。何で冒険者になったんだ?」

「あ……」


 ファレンは小さく声を漏らす。

 失敗した、と彼女は思った。自分が先に聞くことで相手にも質問する口実を与えてしまったのだ。

 思いがけない反撃を貰ってしまったがもう遅い。

 ギルドで受付嬢(マール)にしつこく食い下がっていた彼のことだ。ここではぐらかそうとしても面倒なことになるだけだろう。

 詰めの甘い自分にため息をつきながら仕方なく答える。


「父親を探したいんです」

「父親?」 

「はい。父は腕の立つ冒険者だったんですが……ある日、姿を消したんです。どこに行ったのかもわからなくて」

「それで自分も冒険者になれば父の行方が分かるかもしれないって思ったんです」


 淡々と話すファレンの語り口は滑らかだった。

 頭の後ろで手を組みながら生返事をするエリアス。自分から聞いておきながらあまり興味はないらしい。


「何か手がかりはあるのか?」

「ありません。でも父の顔はハッキリと覚えています。忘れたことはありません」

「じゃあ今まで当てもなく探してたのか。気の長い話だな」


 彼女の無謀さに感心したエリアスは感嘆の息を漏らす。


「でも冒険者ならもう死んでるかもしれないだろ? だから帰ってこなかったんじゃないのか?」

「……エリアスさんと仲良くなるのは難しそうですね」


 無神経な質問にファレンは呆れる。

 1級とはいえ彼も曰くつきの冒険者だ。仲間から見限られるような彼に今さら腹をたてることもなかった。

 感情を飲み込んだ穏やかな顔でしっとりと話す。


「まだどこかで生きてるかもしれない家族に会いたい。そう考えるのはおかしなことでしょうか?」

「……いいや。そうだよな。悪かったよ」

「そういうところ、直していきましょうね」


 じんわりと微笑みながら注意しておく。意外にもあまり厳しい物言いはしない。

 ファレンも相手との関係を悪くしたくはないのだろうか。

 エリアスは一言だけ返事をした後、話を打ち切るように前を向く。

 ちょうど会話がひと段落したその時、エリアスが足を止めた。


「やっと着いたな」

 

 立ち止まって伸びをするエリアス。ファレンが前を見るとそこは山の麓だった。灰色の空の中にそびえる黒い霊峰。ラディーク黒嶺に辿り着いたのだ。

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