2話 剣士エリアス
しまった、そう思った時にはもう遅かった。
マールの声に反応してエリアスもファレンの方へ振り向く。
怪訝な顔のエリアスと目が笑っていないマール。合わせて四つの目が彼女を静かに見つめている。
注目された緊張で体が強張ってしまう。
「ファレンさん! 少しこちらに来ていただけませんか?」
今度は名前を呼び手招きをするマール。完全に目をつけられてしまった。
面倒ごとに巻き込まれたファレンの表情は苦々しいものに変わっていく。
二人を無視して逃げることも出来るがそれはあまりに失礼だろう。ギルド側に悪い印象を与えてしまうのは避けたいところだ。
ファレンはどうにか笑顔を作り、受付へと向かった。
静かになったフロアに床の軋む音が響きわたる。
「なんでしょうか?」
「ファレンさんはパーティメンバーがいなくて困っているんですよね?」
「……そうですね」
「それならちょうどいいじゃないですか。エリアスさん、この聖女さんと一緒にパーティを組むのはいかがでしょうか?」
「…………」
マールはファレンを手で示しながらエリアスの顔を見る。
ファレンもこの展開を予想はしていた。しかし全く知らない者と突然パーティを組めと言われても受け入れられるはずがない。
そもそも彼は何者なのだろうか。
「あの……この方はどういった方なんですか?」
「彼はエリアスという1級冒険者ですよ。以前は別のパーティに所属していたんですが今はこの有様です」
「へえ、1級……」
思いがけない高ランクの青年にファレンは少し戸惑う。彼女もまさか1級冒険者と出会えるとは思わなかったのだ。
1級は冒険者としての最高等級だ。相当な実力者でなければ辿り着けず、その数は少ない。
5級冒険者のファレンからすれば雲の上の存在だ。本来ならここまで実力の離れた二人が関わることはなかっただろう。
「でもどうしてそんな方がお一人に?」
こんな優秀な人間が仲間を見つけられないというのは考えにくい。
ファレンはそこに不信感を抱いてしまう。
マールが状況を説明するよりも先に本人が口を開いた。
「寝てるうちにパーティメンバーに置いていかれたんだよ。朝起きたら部屋に誰もいなくてさ……ついでに持ってた金もほとんど持っていかれてて……」
「それは……大変ですね」
エリアスは頬を触りながらバツの悪そうな様子で語った。
捨てていかれるだけならまだしも金銭まで奪われてしまうのはあまりにも悲惨だ。
八方塞がりな状況の彼にかける言葉が見つからない。
ファレンは彼を刺激しないように無難な相槌を返してお茶を濁した。
「そういうわけでエリアスさんは現在フリーなんですよ。なのでフリーな者同士で組んでみるのも一興かなと思いまして」
「はあ……」
笑顔で両手を合わせ二人を交互に見るマール。その笑顔は少し引きつっている。
なんとかファレンと組ませてこのクレーマーを追い返したい。そんな焦りと下心が垣間見える表情だ。
「ファレンさんは神官として奇跡を扱えるんですよね?」
「はい。治癒の奇跡で仲間の負傷は治せます。でも私が出来ることはそれぐらいですよ?」
「聖女さんなんですからそれで充分ですよ!」
ファレンは遠慮がちな口調で謙遜した。
遠回しに断ろうとしているようだがマールも彼女を逃すまいと捲し立てる。
「冒険者同士を紹介するのもギルドの職務です。エリアスさんも問題ないですよね?」
「ああ、俺は大歓迎だよ。奇跡を扱える聖女なら頼れるし」
「ですよね! ファレンさんもベテランの方と組んだほうが得られる経験も多いですし。エリアスさんは冒険者のお手本として適任だと思います!」
マールの声量がどんどん大きくなる。
早くエリアスを追い返したい彼女は耳障りのいい言葉を適当に並べていく。
ギルドは冒険者の人生には責任を持たない。こんな無責任な提案をすることも時々あるのだ。
「頼むよ。今回だけでもいいから俺と組んでくれ」
マールに煽られたせいかエリアスも強い声で必死に頼んでくる。
さっきまでしつこく受付で粘っていた彼のことだ。ここで断ったとしてもすんなり見逃してくれるとは思えない。
エリアスの後ろからはマールがファレンに鋭い視線を送っている。
呪いでもかけられそうなキツい目つきだ。
「どうでしょうか? ファレンさん?」
さっきまでより低い声で最終確認をするマール。
二対一のこの状況では観念せざるを得ない。
ファレンはため息をつきながら両手を挙げた。
「はぁ……わかりました。エリアスさんとパーティを組みましょう」
「やったあ! 交渉成立ですね! おめでとうございます!!」
マールは大きな拍手をしながら満面の笑みで二人を祝う。おそらく今日一番の笑顔だろう。
なにが交渉だ。ファレンは心の中でそう毒づく。
そんなことは知らないマールは一枚の羊皮紙をカウンターの上に素早く取り出した。
「ではパーティ登録の手続きですね。こちらにサインをお願いします」
咳払いをし、手のひらで記入欄を示すマール。
ファレンは渋々ペンを走らせ名前を書く。不本意な気分を表したかのような雑な文字で。
彼女がサインする様子をエリアスは横から覗き込んでいた。
「ファレン・シュエットか。俺はエリアス。よろしくな、ファレン」
「はい、よろしくお願いします」
エリアスは笑顔で手を差し出し握手を求める。初対面で呼び捨てとは相手との距離感がおかしい。
ファレンは真顔で挨拶しつつも、手は前に出さなかった。
「よし、じゃあ依頼の受注だな。これで手続きしてくれ」
「はいっ!」
気を取り直したエリアスは一枚の依頼書を提出した。
マールは依頼書を確認し受注手続きを始める。
依頼内容は白神草の納品だ。高原でよく見られる、白い花を咲かせ薬草としても重宝される植物。
この近辺ならラディーク黒嶺に自生している。
黒嶺までは王都から歩いて一時間ほどで着く。白神草も珍しい植物ではないため行けばすぐに見つかるだろう。
経験の浅いファレンにはちょうどいい簡単な依頼だが1級冒険者のエリアスとっては実入りが少ない。
どうして今更こんな依頼を受けるのかとファレンは首をかしげる。
「この依頼ならファレンさんも安全ですね。エリアスさんもいますし」
「ただし、あまり深追いはしないでください。危険な魔獣も生息している場所ですから」
マールは受注証明の判を押しながら注意をする。
はい、とファレンは頷くがエリアスは生返事だった。
仲間が見つかったことで気が抜けたのかあまり話を真剣に聞いているようには見えない。
彼は受注証明書を受け取りさっさとバッグにしまう。
「よし、じゃあ行くか」
「……はい」
手続きが終わるとエリアスはすぐに玄関へと向かい扉を開ける。その足取りはどこか力強い。
外から吹き込んできた生暖かい風が二人を包む。ファレンの心情を投影したような薄暗い曇天が彼らを迎えた。
「行ってらっしゃいませ! ご武運を!」
マールの嬉しげな声が二人の背中を押す。振り返ると彼女は笑顔で大きく手を振っていた。
ファレンの鼓動が少し早くなった気がする。
ファレンは腑に落ちない気持ちのまま冒険者ギルドを後にした。