名無しの酒場
暗い店内に紫煙がたちこめる。貧民窟の路地の奥、看板もない名無しの酒場。隻眼義足のオヤジが主をしている。幻惑の霧。仕事日和。…そう。殺し屋が仕事前にショットをひっかけて仕事に出かける。そんな酒場だ。
「」Un amor... un amor... vivi...」
カウンターの片隅で緑のローブ、銀の竪琴を爪弾き吟遊詩人は歌っている。
「女なんかいれやがって。どこで拾ってきた?」
「リンダさ。あのリンダがコテンパンに、やられたそうだよ。」
居心地悪いったらありゃしない。何故かって?カウンターに四十がらみの苦味ばしったイイ男が親身になって二十半ばの男の話をきいている。
「llorando...y me dicia...a...a...s」
青年は鈍感だった。親心でもなく、そう、それは愛。青年がふとこっちに視線を投げる。銀貨を詩人のグラスに指弾する。男もちらと此方を一瞥する。…私殺されちゃうかも。
「las paladras de Dios」
チャリン。またグラスに銀貨が投げられる。五十がらみの痩躯、目で全てを語れるような…いい男。そしたらまた別の三十がらみの男がチと舌打ちする。
「llorando por ti...i..i...i...」
聖母の眼差しによる恩寵も、ここでは不必要なものだった。明日をも知れぬ男達が酒を浴びる。一人立ち上がりコートの襟を立て扉を潜り、霧の中へ消えていった。
「esto es un amor... 」
ギィ。また扉が開き、影のような男が入ってきた。ショットを一気に喉に伝わせる。主が近寄り、ポケットに入れたままの男の手を引き出した。男の手に持つはダガー。硬く握り締められたそれは呪いがかかったかのように指が開かない。主が指をこじ開けダガーをカウンターに置き、男を座らせた。
「 Un amor.. un amor... vivi...」愛、愛よ、詩人は歌い続ける。