青年
世の中には二つある。金で解決できることと、できないことだ。
大量の千歳飴と清潔な白布を抱えて、路地奥を歩く。店主から至急頼まれたのだ。酒場に近づけば、地獄耳の詩人は、聞こえてくる若い男の奇声と赤子の鳴き声に眉を顰める。コン。コンコン。コンコンコン。合図のノックを叩けば、店主が顔を出す。
「あれ?イレーゼ?何処やぁ?イレーゼ?」扉を出てうろうろ。額に手を当てしゃがみこむ。店主の両手は血まみれだった。
「私はここです!この間目からビーム出したら、先生石になっちゃったでしょう?だから今日はローブ。どうされたんです?その手。」
「あぁ、おった。イレーゼ。あのな、お前が何とかできん時は全員始末せにゃならん。俺は人間専門でな。」
「へぇ。それは大変ですこと。」
勝手口に入れば。テーブルに12歳位の金髪の少女が放心状態でテーブルについている。そのテーブルの上には泣き叫ぶ赤子。詩人は荷物を置くと、手早く赤子のおしめをかえる。店主は奇声の発する書斎へ。詩人は赤子を胸に抱き。千歳飴を舐めさせる。水を含ませた布を交互に赤子の口に運ぶ。
「遊びを せんとや 生まれ けむ 戯れ せんとや 生まれ けん」
詩人は赤子をあやしながら歌う。流行歌である。少女の眼から涙が零れた。手をつけなかった、目の前のパンに齧り付く。がぶっ。咀嚼し、ごく。嚥下する。
「遊ぶ 子供の 声 聞けば 我が身 さえこそ 揺るがるれ」
少女は食べ終わると、詩人に両手を差し出した。詩人は赤子を少女に託した。自分と同じ緑色の目をした少女に。詩人は奇声と鎖の鳴る書斎へ向かう。
書斎のベッドに手枷足枷した角の生えた青年がバタバタと奇声を発しながら暴れている。店主は患者の鉤爪の生えた両手を握っている。医者としての責務。その姿に詩人は目を伏せた。
「競りにかけられとった少女を身請けしてな。その金欲しさに悪魔と契約しちまった。寿命はあと三年だそうだ。まだ金が足りなくて仕事したんだが、母親は殺れたが、赤子は殺れなくて攫ってきちまった。人間じゃねぇから薬がきかん。」
詩人は銀の竪琴の弦を1本、ユニコーンの鬣と張り替える。爪弾く曲は、クラヴィーアのラルゴ五番。音の粒は光の粒となって天から降りそそぐ聖なる慰めとなる。奇声を暴れていた青年から少しづつ興奮が消えてゆく。赤子を抱いた少女が書斎に入ってきた。店主は少女を見て、青年の手を離した。入れ替わり少女はベッドに腰かけ赤子を片手に青年の手を片手に。握り締める。すると小さな奇跡がおきた。青年の鉤爪は人の手に。
詩人は少女の本能を見て取った。曲が終われば、店主と詩人は書斎を出て、店主はバックヤードのテーブルにつき、青年につけられた裂傷を針と糸で縫い始める。詩人はコーヒー豆をひき始めた。
「あの娘を三ヶ月で一人で生きていけるようにしろ。ミルク代も稼がにゃならん。若造は現時点では不明だな。三年仕事してとんとん。」
「あの子なら一月もあれば。」豆を挽き湯を沸かす。
「お前、0分の1はわかるや?」詩人は暫し考え、
「0かしらね。」店主は血まみれの腕を縫いながら笑った、
「∞分の1はわかるか?」
「存在しないっ」即答。
「だって、レミニスカートだもの。」
「アッハハハハ、クックック…」店主は笑った。