悪戯
パーン! 貧民窟の路地の奥、あいつ他所もんじゃねぇ?と銃声が鳴る。
「ゑっ?!…まぁ。ね。」銃声にたじろいたが、詩人は黒水晶の靴をカツカツと鳴らし、路地を歩いた。本日は黒地に深い緑色、紫、灰の薔薇をあしらった絹のドレスに、黒タフタのストールをひっかけている。珍しく化粧はアイラインを引き、シャドウはキラキラの緑色。チークも濃いめ。下睫までマスカラを絡め。「ワンワン」馴染みの野良犬に吼えられた
「ふふふ。…たまにはね。」詩人は路地裏を回り。名無しの酒場の勝手口に立った。へたりこんだ乞食が詩人を見上げて「アヘヘヘ」と笑っている。ニコっと微笑むと乞食はそっぽを向いた。詩人は(?)と小首傾げると、コン。コンコン。コンコンコンと扉の合図のノック叩く。
ギィ…と扉が開き、店の仕込みで多忙中の店主が顔を出す、詩人は突き出した人差し指で、「バーン。」店主に笑いかけながら艶やかに笑った。…ところが、ばたんっ!店主は扉を閉めた。
「帰りなさい。」そういって忙しげに義足の足音が遠ざかる。詩人は思わぬリアクションに唖然として立ち尽くした。
むかっ。「ちょっと、先生!?」ドンドンドン!
「帰りなさいっ!」…えーっどういうこと…。詩人は焦った。他にもっとリアクションがあるだろうに。想定外だ。
「先生っ!出ないの!下剤!!!」路地裏でドレス着てダイヤで飾った女が叫んだ。
がちゃっ。扉が開けば、そそくさと歩く店主の背中を追いかける。書斎の椅子に腰かけ、背を向けたままだ。詩人は黙って丸椅子についた。
「4錠じゃ足りんか?」
「うん、あと一錠増やして、十日分。…、ピンクの小粒で何錠分?」
「2錠。」「あ、二錠ならダメ。」
「いや、3錠分。」「えーっ三錠?ダメだわあたし。」「ほれ。」
店主は薬の入った紙袋を詩人に渡した。
「かえりなさい」
「うー。」化粧濃すぎたかなぁ…。
「ドレスなんか着て、どっか行くんか。」
「…別に。こんな格好して行くところなんてないし…。」
「そうや?」店主は背を向けたまま、目をあわせようとしない。
「~~~。こんなカッコで、下剤くれなんて言わせて。」詩人は席を立った。
「あ、う~ん、確かに悪かったな…。」店主は頭を掻いた。
「…いいわよ、別に。…医者だし。」
「………。」
詩人は席を立つと、店を出た。悪戯が失敗した子供の様な気分だ。へたりこんだ乞食が鉢から何かを摘むと、詩人に拳を差し出す。…?。詩人の掌に、ころんと小石が転がった。何の変哲もないただの石である。
「なによ?」アヘヘヘ。乞食は笑っている。
「なぁに?一体なんなのよ!」乞食と押し問答が暫く続いたとか。