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短編です

温かいパン

 大手アルミサッシ会社の営業マン三上勉つとむは、午前中に取引先を三件まわって来た。仕事としては主に住宅メーカーや工務店に新製品のパンフレットを配って説明し、注文を取ること。

 今冬の売れ筋は断熱窓。紫外線や風雨に強いアルミが外側、内側に高機能プラスチックを使用し、二枚ガラスの間は真空断熱となっている。

「壁などお部屋の条件にもよりますが、窓だけに限れば外気温より十度は暖かいですよ」

 いつものセールストークを駆使するも、近年の物価高騰で単価は二倍。交渉相手も慎重になっていて渋い顔だった。

 モノは良いのだ。国の経済が良くなれば、必ず売れるだろう。

 営業成績はまあまあ。不況のこともあるが、三上自身が口下手なこともある。他者のようにお世辞やヨイショが出来ない。

 でも人は好きである。職人や大工さんも頑固で一本木。自分と似ていて親しみが湧くのだ。

 昼のチャイムが鳴った。時計は十二時。やれやれと、オフィスの皆が席を立つ。

 三上も「よし」と財布を持って立ち上がり、喉元のネクタイを直してホワイトボードのネームを外出にした。

 

 外気は寒くて、コートに首をすくめた。

 昼には必ず買いに行くパン屋がある。歩いて三分の「モトキパン」だ。父娘でパン屋をやっていて、レジに立つ二十代の史絵ちゃんが可愛い。明るくて気立てが良いのだ。

 毎日、会社でパンを食べる三上は「パン好き」だと言い訳している。

 もっとも、この「モトキパン」非常に美味い。父上の製パン技術は、若い頃に有名店で修業したとか何とか、史絵ちゃんから聞いた。

 楽しみでうきうきしてきた。歩く足も軽くなる。

 店の前はいつになく混んでいた。三上は何だろうと首をかしげ、店内に入って行く。

 何かのセールかな。

 レジには、いつもの史絵ちゃんが居た。LOVEぞっこん。三十歳の三上には言葉に出来ないが、高校生なら言えたかな。

「土浦から遠征して来ました。うわさ通り可愛いですね」

 おう誰だ。SNSで情報流したのは?

 リュックを背負った若いのがパンを買って出て行く。お店をよく見ると新顔も多い。

 商売繁盛は、いい話である。でも「モトキパン」は常連さんに人気の店なのだ。

 三上は混んだ店内に入り、あんパンやアップルパイ、カリカリの何だかを選んでレジへと行った。

「三点で四百五十円です」

 あこがれの史絵ちゃんは、今日も笑顔で元気な様子だった。お客さんを可憐な声で包んでくれる。感謝感激だ。

 混んでいるので「ありがとう」とだけ言って店を出た。パンの袋は温かい。これは幸せの温度だ。

 帰路、前を数人が歩いていた。さっきのリュック男子と仲間たちが、待ち切れずにパンを齧っている。

「けっこう美味しいよ」

「普通だよ。七十点」

 何だ。パンの話か、史絵ちゃんか?

 三上は三十歳の大人だ。つまらない喧嘩はしない。「自分は百点満点だ」と思った。

 そこでふと感じた。おや、そもそも他人に点数をつけるなんて失礼な話だ。自分は何様であろうか。評論家じゃないし。

 早朝からパンをこね、焼いて、笑顔で売ってくれる。それも最高の笑顔で。食べるのには「美味しい」のただ一言でいいだろう。


 三上はパンの袋を大事に持ってオフィスへと帰った。

 ネームを在室に直し、自分の席で袋を開くと、こうばしくて甘いパンの香りが広がり、胸がいっぱいになった。

「おう、いつものパンだな」

 周囲の上司や同僚も笑顔になった。


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