自転車
「あの本郷とやりあえてたらプロなんかにもすぐなれただろうによ、なんで田舎帰ってきたんだよ。まだ親父さん元気だっただろ4、5年くらいやってもバチは当たりゃあしないよ」
「プロになって食えるのはせいぜい日本ランカーに入るか入らないかのあたりなんですよ。
血を抜きながら松明で殴り合うみたいな競技が灼杖で、それを必死こいてやってもらえるのが300万ぽっきりじゃあねぇ。だったら書道なんかやった方がよっぽど健康で文化的でよかですよ」
ぬるくなったスープをひとくちだけ飲んで勘定を済ませ、胸ポケットの紙巻きタバコに火を付けて胃を楽にさせてやり、停めた軽トラで買い置きの切れていたマルチをホームセンターに買いに向かう。
ハンドルを口元から見守る今日の煙草は妙にまずく油を含んだ青竹を燃やしたような味気のないものであり、肺で吸い込んできたものが粘りを帯びた。
入店してからもそれはたいしてかわらず、軍手を見てはこれではすぐに焼け焦げてしまうとか、今どき土木工事では使う人のめっきり減ってしまったつるはしを見てはこれなら生半可な守りの選手くらいならばきっと貫けるからポイントを奪えるはずだととりとめもなく考えては見られても怪しまれないような構えを人目を盗んでとった。
結局は無駄金を使うことなく買うものは買って荷台にのせてやり、あとは鍵をさして帰るだけかと思っていたところ近所のジャージを着た中学生がエナメル製の半透明なケースを背負って自転車を漕いでいるのが見えた。
自転車は帰り道と同じ方向だったからきっとすぐに追い越してしまっていただろう、しかし佐藤の目には遠く遠くへ漕いでいく自転車が刺青のごとく張り付いていた。