不真面目シスター、愛のキューピッドになる の巻
美女です。
芋娘の皮をかぶった、隠れ美女です。
シスター服に身を包み、牛乳瓶メガネをかけてごまかそうったってそうはいきません。
「うーむ……」
「あ、あの、シスター・ハヅキ?」
腕組みして考え込んでいる私に困惑し、隠れ美女様が声をかけてきます。
穏やかで包み込むような癒し系ボイスです。
むむ?
母性の象徴たるおムネのサイズもなかなかと見ました。
危険です、この人は危険です。絶対に、メガネを取ったらすごい美女、控えめで芯の強い、一途な想いを貫くようなヒロイン属性の持ち主に違いありません。
「あのう……ハヅキ。聞こえてます?」
困った顔もなかなか。ソソルものがありますね。
こんな危険人物の頼みを聞いていいものでしょうか? さすがの私も悩みます。
――なんて、唸っていたら。
「呼ばれてるんだから、返事しなさい!」
「ふぎゃっ!」
スパーン、と。
スリッパで頭をはたかれる音が廊下に響きました。
「痛いじゃないですか、リリアンさん!」
「ボケっとしてるあんたが悪い!」
振り向くと、私の「姉」シスターのリリアンが、スリッパ片手に仁王立ちしていました。
教え諭すよりまず制裁――うう、大聖堂伝統の指導方針、変えませんか?
しまいにゃパワハラで訴えますよ?
◇ ◇ ◇
みなさんこんにちは、今日も良いお天気ですね!
こんな日は早起きしてお掃除に精を出したくなってしまう、スーパー家政婦・ハヅキ、十七歳です。副業としてシスターをしておりますが、まあそちらの方はテキトーにやっております。どこか好条件で雇ってくれるところがあれば、シスターなんて即やめたいのですが――うちのパワハラ上司、絶対退職認めてくれないだろうなぁ。
それはさておき。
朝のお勤めを終え、ボッチ飯を超高速で平らげた後、私はダッシュでお掃除に取り掛かりました。
今日は週末、通っている小学校はお休みです。
せっかくのお休みに聖典のお勉強なんて嫌だから――いえいえ、十日ぶりのお天気を逃すわけにはいかぬと、使命感に燃えてのことです。
ほんとですってば、信じてくださいよ。
「ふんふんふ~ん♪ おっそうじしってれば、おっこらっれな~い♪」
「あの……シスター・ハヅキ。ちょっと、よろしいでしょうか?」
「デッキブラシ、傷んできたなー。新しいの買ってもらえるかなー」
「あの、シスター・ハヅキ? 聞こえてますか?」
「そうだ。団長様にお願いして、あのデッキブラシを譲ってもらおう!」
週二回、聖堂騎士団に「お掃除」という名目で通っている私。
そこで借りているデッキブラシが、なんというか、私のために作られたようなミラクル・フィット感があるんですよね。私は密かに「カリンちゃん」と名付けて愛用しておりますが――いい機会です、経費削減を名目に、団長様にお願いして譲ってもらいましょう。
「シ……シスター・ハヅキ! 呼んでるんですけどっ!」
「うわおぅっ!」
耳元で大声出されて、飛び上がっちゃいました。
振り向けば、「芋娘」な感じのシスターが一人、こちらを見ています。
「あ、すいません」
お邪魔したかな、と一歩横へずれてみましたが、視線は私にロックオンされたまま。あれ、てっきり私の後ろにいる人に声をかけたんだと思ったのですが――あ、私の後ろ、壁でした。
「え、私?」
「はい、そうです」
「ええと、誰かとお間違えでは?」
「あの、あなた……シスター・ハヅキですよね? 大聖女様の側仕えの」
「はい、不本意ながら」
「不本意……なのですか?」
「いえ、なんでもありません。スルーしてもらえると嬉しいです」
「あ、はい、わかりました」
素直にうなずいてくれました。
いい子だなー。
でもどうして? なんで私、この人に声かけられたの? 心当たりが全くないんですけど。
「……ドッキリ?」
「はい?」
きょとん、とした顔されました。
あれ、通じない。万国共通語だと思ってましたが、違うんでしょうか?
「ドッキリ、とはなんですか?」
「ターゲットに関係者全員で嫌がらせをして反応を楽しむという……私の故郷にある、伝統芸能みたいなやつです」
「そんな伝統芸能が……失礼ながら、ずいぶん品のない伝統芸能ですね」
ふんわりとした口調で、ズバリときました。
まあ、そうですね。品があるかないかといえば、皆無ですね、はい。
「嫌がらせなんていたしません。神がお怒りになります」
うわー、シスターだ。本物のシスターがここにいますよ。
「神に誓ってイジメぬいてやる」なんて言ったシスターに、聞かせてやりたいです。
「ええと、ドッキリでないとしたら、何でしょう?」
「お願いがあるんです」
「お願い、ですか……生贄になれとか、人身御供になれとか、そういうのはちょっと無理なんですが……」
「あの、なんでそういう発想になるんですか?」
だって、大聖堂に来て三か月もたつというのに、いまだにボッチ飯ですよ?
教堂のトップである大聖女様、幹部の一人であるシスター・マイヤー、そして「姉」シスター・リリアンの三人以外とは話したことすらないんですよ。
私、どんだけ嫌われてるんだよ、てさすがに落ち込んじゃいますよ。いったい私が何をしたというんですか。
いや、まあ、その――色々やらかしてますね、はい。
「自覚がおありなら、改めてはどうでしょう?」
真摯なまなざしと誠意ある口調でしたが、またもやズバリと言われました。
わりと遠慮なく言う方ですね。返す言葉もありません。
「悔い改めれば、きっと神がお助けくださいますよ」
「わかりました。お掃除が終わったら自室にこもり、己を省みたいと思います」
主にベッドの上で。
うん、いい口実ができました♪
「では、用事も済んだようですので。私はお掃除に……」
「ま、待ってください! まだお願いをお伝えしてません!」
慌てて引き止められました。
はて、教堂のシスターを代表して、私に反省を促しに来たのでは?
「それはシスター・リリアンのお役目です! 私のお願いは別のことです!」
「はあ、そうなんですか」
それならそうと早く言ってくれればいいのに。
回りくどい人ですね。
「あの、ちょっと理不尽なものを感じるのですが……」
「え、私、何かやっちゃいました?」
「……もう、いいです」
そうですか。
では気にしないことにします。
「で、お願いとは?」
「その、聖堂騎士団本部に……連れて行ってほしいのです」
「え?」
聖堂騎士団本部に?
あの、マッチョ系イケメン集団の生息地に?
神に仕えるシスターでありながら、男だらけの場所に?
とんでもないことを頼むな、と思いながら彼女をまじまじと見て、気づきました。
目の前にいるシスターが、「芋娘」の皮をかぶった隠れ美女であることに。
◇ ◇ ◇
「……とまあ、そんなわけです」
一通り説明し終え、椅子に座って腕組みしているリリアンを見上げました。
ちなみに、廊下ではなく空いている部屋に移動しています。
二つあった椅子にはリリアンと私に声をかけてきたシスターが座り、私はなぜか床に正座です。うう、せめて立たせてくださいよう、床が冷たくておトイレが近くなっちゃうじゃないですか。
「なるほどね」
私の説明にうなずくと、リリアンは隣に座るシスターの方を向きました。
「シスター・ジョセフィーヌ。本当ですか?」
「はい」
しゅん、とうなだれるようにうなずくシスター・ジョセフィーヌ。
むむ、なんだかカワイイです。しかもお名前は「ジョセフィーヌ」ですか。そんな名前の人が美女でないわけがありません。
「そう。理由は後で聞くとして……で、あんたは何を考えこんでいたわけ?」
「何を、て。わかりませんか?」
「わからないから聞いてるの」
「ジョセフィーヌさんが美人だからですよ」
「……は?」
「……はい?」
何言ってんだコイツ、という目で私を見るお二人。
なんでわかんないのかなー、世間知らずはこれだから困りますね。
「聖堂騎士とはいえ、男ですよ? しかもバリバリに鍛え上げた、イケメン集団ですよ? そんなイキのいい男の中に、こんな美人を放り込んだら、争奪戦が起こるに決まってます」
「な、な、なにを言ってるんですか!」
ジョセフィーヌが、顔を真っ赤にしてぶんぶん両手を振りました。
「わ、私が美人だなんて、そんなお世辞を! 私に限って、そのようなことはあり得ません!」
「そうよ。誰がこんな……」
何かを言いかけて、口ごもるリリアン。
「……にも、敬虔なシスターに手を出すわけ? あ、荒くれものだって思わず祈っちゃう、ての」
言い繕った。
今、絶対言い繕いましたよ、リリアン。
「リリアン様……私のこと、そのように思ってくださってたんですね!」
目を潤ませて、まっすぐにリリアンを見つめるジョセフィーヌ。曇りなき眼に見つめられ、リリアンの目が泳いでいます。
「誰よりも敬虔なリリアン様に認められるなんて。こんなに嬉しいことはありません!」
「な、何を言ってるの……わ、私もあなたの敬虔さを見習わなきゃと、常々思っているのよ」
えー、ホントですかぁ? とジト目で見ていたら。
「なによ?」
ものすごい目でにらみつけられました。
その迫力ときたらもう――あなたはほんとにシスターですか?
◇ ◇ ◇
翌日。
私はジョセフィーヌとリリアンの二人を連れて、聖堂騎士団本部へと向かいました。
「レオ=バリスター様にお会いしたいのです」
それが、ジョセフィーヌのお願いでした。
コーヒーがおいしいと評判の喫茶店で、マスターでもしていそうなお名前ですね。どちら様でしょうか?
「バリスター男爵に?」
「リリアンさん、ご存じなんですか?」
「あんた……聖堂騎士団三番隊の隊長でしょうが」
「へえ、そうなんですか。知りませんでした」
「週二で通っているあんたが、なんで知らないわけ? 隊長の名前ぐらい覚えなさい」
だってほとんど会話してないし。
歓迎されているのは私じゃなくて、私に取り憑いているナイス・ガイ悪霊、アーノルド卿なんですよね。
マッチョ系イケメンの皆さんが、目をキラキラさせて「アーノルド、待っていたぞ!」「さあ、今日は俺とやろう!」「いや、俺とだ!」なんて感じで、毎回奪い合いしてるんです。
私なんて、道に落ちてる石ころ状態。
たまに声をかけられたかと思えば「生ごみ、捨てといて」と山盛りで渡される始末。十七歳の乙女よりゴリマッチョな悪霊がいいなんて、あの人たち大丈夫ですかね?
「たのもー!」
いつもは正門から入るのですが、今日はリリアンとジョセフィーヌもいるので、裏門からにしました。
隠れ美女(確信)のジョセフィーヌと、まごうことなき美女のリリアン、そんな二人が男の園に突撃なんて、誰かに見られたら騒ぎになりますしね。用心に越したことはないでしょう。
「来たか」
詰所から姿を現したのは、門番のおじいちゃん――ではありませんでした。
聖堂騎士団のトップ、ダンディズムの体現者、団長のシン・アヤノ様です。重低音のイケボ、いつ聞いても心が安らぎますね。
「ども、団長、お疲れーす!」
「ちゃんと挨拶しなさい!」
「ふぎゃっ!」
ぺしん、とリリアンにはたかれました。
えー、ちゃんとしたじゃないですかぁ。どこがいけなかったんですか?
「全部よ、全部! ああもう、この子は……いつも妹がご迷惑をおかけしております、団長」
「はははっ、もう慣れたよ。ま、君もそんなに堅苦しくすることはない」
さすがは王国最強の名をほしいままにする団長様。器がでかいです。リリアンも見習ってほしいものです。
「それで……こちらが?」
「は、初めまして。ジョセフィーヌと申します。本日はご無理を言って、申し訳ございません!」
緊張した面持ちで挨拶をし、ぴょこん、という感じで一礼するジョセフィーヌ。
うわー、なんだか初々しいなあ。世間ずれした誰かさんとは違いますね。
「……あんた、何か失礼なこと考えてない?」
「ナンノコトデショウ?」
挨拶を受けた団長様は、じっとジョセフィーヌを見つめていました。
「あ、あの……団長様?」
「どこかで君に会ったような気がするのだが……」
戸惑うジョセフィーヌに、そんなセリフを返す団長様。
え?
もしかしてナンパですか?
だめです、絶対ダメですよ!
団長様には大聖女様という、心に決めた――と勝手に推測している――人がいるじゃないですか! バレたらシバかれますよ! 主にジョセフィーヌが!
「え、その……私……」
「おっと失礼。さ、こちらへ」
軽く首を振り、踵を返す団長様。
よかった。神よ、ご加護に感謝いたします。荒ぶる大聖女様は本当に怖いですからね。
聖堂騎士団団長に案内されるという、VIP待遇で団員が暮らす寮へと入りました。
むむっ? 一昨日掃除したばかりだというのに、もう散らかっています。家政婦としての血がうずきます。相棒デッキブラシ「カリンちゃん」をお借りして、隅々までお掃除したいものです。
「レオだが」
階段を昇りながら、団長様が口を開きました。
「三日後に退団することになっている」
え、そうなんですか。
「はい……伺っております」
しかもジョセフィーヌはそれを知っていたようです。
ちらりとリリアンを見ると、リリアンは小さく首を振りました。そうですよね、いくら幹部候補のシスターでも、別組織である聖堂騎士団の人事なんて知りませんよね。
なんでジョセフィーヌは知ってるんでしょう?
「あの、どうして退団することに?」
「ケガでね。もう回復の見込みはないと診断された」
リリアンの問いに答えた後、ちらりと私を見る団長様。
何か言いたげなその目――え、ひょっとして。
ケガの原因、私ですか?
記憶をなくすほど酔っ払って、悪霊であるアーノルド卿と一緒に大聖堂に殴り込みかけた――あの時に、ですか?
いや、でも、皆さん回復したって聞いてましたけど――え、そうなの? マジで? ほんとに?
「騎士団の激務には耐えられそうになくてね。残念だが仕方ない」
「そうだったのですか……退団後はどちらに?」
「故郷へ戻り、復興に力を尽くすと聞いている」
なんて会話をしていたら、団長様が立ち止まりました。
「この部屋だ」
いやー、待って、ちょーっと待って。
あの、用事を思い出したんで、帰っちゃダメですか? 会いに来たのはジョセフィーヌですし、問題ないですよね!
――て、あれ?
「ジョセフィーヌさん、大丈夫ですか?」
「えっ……あの、なにが?」
「いえ、顔色悪いですけど」
ここ男臭いですからね。汗臭いし。気持ち悪くなったのなら言ってくださいね。
「だ、大丈夫ですよ。はい、平気です」
「レオ、入るぞ」
団長様は一声かけて、部屋の扉を開けました。
「客人だ。お前に会いたいそうだ」
「私に?」
団長様の重低音イケボに負けず劣らずのいい声で返事をしたのは。
椅子に座って本を読んでいた、優しそうな顔の大男でした。
◇ ◇ ◇
「お前は……大聖女様の側仕えの……」
「こ、こんにちはー」
団長に続き姿を見せた私を見て、大男――レオ=バリスターが困惑顔になりました。
あまりお見掛けしていないお方でした。ケガをしていると言っていましたから、アーノルド卿との激しい戦闘訓練には参加していないのかもしれません。
亜麻色の髪と立派なおひげ、年齢は三十半ばといったところでしょうか。
ルックスはマッチョ系イケメン集団の中堅どころといった感じ(※注 個人の感想です。人により印象は変わります)。でも三番隊長ですから、実力はかなり上位でしょうね。
右腕には包帯がまかれています。退団の理由となったケガはそれのようです。
「何の用だ?」
嫌なことはさっさと済ませたい、なんて感じの事務的な声。
歓迎されてません。まったくと言っていいほど、歓迎されてません。
うーん、どうしよう。用件切り出す前に雑談でもすべきでしょうか。
退団するんですってね、今までお疲れさまでした。でもどうして――て、聞いていいのかな。なんか地雷な感じですけど。「ああ、お前のせいでな」なんて返されたら――うう、どうしよう?
「え、ええと、ですね……」
「レオ様」
どう切り出そう、とアタフタしていたら。
一番後ろにいたジョセフィーヌが前に出ました。
「私が、レオ様にお会いしたくて……お願いして、連れてきていただいたのです」
「君が……?」
誰だろう、という顔をするレオ……様。うん、隊長ですしね、私も様付けしておきましょう。
あれ、ジョセフィーヌのこと知らないのかな? 以前お世話になったのでご挨拶したい、なんて言っていたので、知り合いだと思っていたんですが。
「八年もたってますから……覚えて、おられないでしょうが……」
ジョセフィーヌが牛乳瓶メガネをはずし、ベールを脱ぎました。
「……ほう」
「え、うそ……」
団長様とリリアンが、思わず声を漏らしました。
ぱっちりクリクリの吸い込まれるような黒目。肩のところで切りそろえられた、さらりと流れる美しい黒髪。
二十五歳には見えない、ベイビー・フェイスのあどけない顔。
ほらぁ! めっちゃ美人じゃないですか! リリアンもびっくり、団長様ですらうなずいちゃう、超カワイイ系の美人じゃないですか!
言ってましたよね、私、一行目からはっきり言ってましたよね! 信じていなかった人、今すぐ私に謝ってください!
「君は……!」
あっ、という顔になったレオ様。やっぱりお知り合いのようです。
「ジョセフィーヌ、か!」
「はい……お久しぶりです、レオ様」
ジョセフィーヌが笑顔になりました。ちょっぴり目が潤んでいます。覚えていてくれたんですね、すっごく嬉しい、ていう感じがダダ洩れです。
「そ、そうか……シスターになったんだったな……」
レオ様の顔も赤くないですか? あれ、ひょっとして……おやおやぁ?
「もしや、大聖堂に?」
「はい。少しでもレオ様のお近くにいたくて……がんばりました」
レオ様をロックオンしたまま、ポッと顔を赤らめるジョセフィーヌ。
ヤダカワイイ。
これ、告白じゃないですか? もじもじとレオ様を見上げる感じ、あざとさマックスです。無意識の仕草でしょうか? 無意識でないのなら、全力でオトしにかかってますよ、これ。
「聖堂騎士団……退団されると、お聞きしました」
「ああ。ケガが……悪化してね」
言いにくそうに答えるレオ様。
ちらりと私を見たような、見ていないような。とりあえず土下座の準備をと身構えた時。
「私のせい、なんですね」
ジョセフィーヌが、震える声で言いました。
「八年前、私を助けてくれた時のケガ、それが原因なんですね?」
「いや、それは……そう、だな。関係ない、とは言えない」
ジョセフィーヌは「ああ、やっぱり」と悲壮な顔になりました。
「私が……私が、レオ様の騎士としての人生を奪ってしまったのですね。私、なんとお詫びしてよいか……」
「ジョセフィーヌ、君は何も悪くない。詫びる必要などない」
レオ様が、優しい声でジョセフィーヌを諭します。
「この八年間、私はちゃんと騎士として働いていた。ケガが悪化したのは別の理由だ」
その理由は聞きたくないので、言わなくて結構です、はい。
「でも! 私が逃げ遅れたからレオ様がご無理をなさって! ケガをしたのは、私のせいです!」
ジョセフィーヌの目から涙がこぼれました。
「偉大な聖堂騎士の人生を、ただの村娘が潰したなんて……私、申し訳なくて、申し訳なくて……」
「そんなことを言ってはいけない、ジョセフィーヌ。聖堂騎士も村娘も関係ない。同じ一つの命だ」
戸惑いながら伸ばした手で、そっとジョセフィーヌの涙をぬぐうレオ様。
「何度でも言う、君は悪くない。私は騎士の務めを果たしただけだ。君を守れたことは、私の誇りなのだ」
「レオ様……」
優しいまなざしでジョセフィーヌを見つめるレオ様。
そんなレオ様を、まっすぐに見上げるジョセフィーヌ。
無言のまま、時間が過ぎていきます。見つめ合う二人を、窓から差し込む光が柔らかく包んでいます。
私たち――何を見せられているんでしょうね?
「……連れて行ってください」
長い沈黙を破り――ジョセフィーヌが爆弾発言をしました。
「故郷にお戻りになるんですよね? 私も連れて行ってください!」
「な、なにをバカな。あそこはまだ荒れたまま。君のような若い女性が行く場所ではない」
「だからこそです! 荒れた地にこそ、人々の心のよりどころとなる教堂が必要です!」
その教堂のシスターに、自分が立候補すると。
ジョセフィーヌは力強く言い切りました。
「それに、レオ様の故郷は私の故郷でもあります。私も、村の復興を手伝いたいのです!」
そこ、「村の復興を」ではなく「レオ様を」じゃないのかなぁ、と思いましたが――無粋なので黙っておきましょう。
「バカなことを言ってはいけない」
レオ様が慌ててジョセフィーヌを止めます。
「君は大聖堂でがんばっているじゃないか。ゆくゆくは幹部になるだろうとも聞いている。大聖女様にも目をかけていただいているのだろう? これまでのがんばりを無駄にしてはいけない」
「私ががんばっているのは、幹部になるためでも、大聖女様に気に入られるためでもありません! そんな目的で励むなんて、シスターとして邪道です!」
「はうっ!」
すぐ隣で、小さなうめき声が聞こえました。
いやー、リリアンへの見事なクリティカルヒットでしたね。ジョセフィーヌ、ぐっじょぶ!
「いや、だめだ。危険すぎる。食べるものすら満足に手に入らないかもしれないのだぞ」
「ご飯を食べるためにシスターをしているわけではありません! それこそ邪道中の邪道です!」
ぐはっ、こっちにも来た! しかも威力が増している!
「危険なのは承知の上。命を捨てる覚悟です! レオ様に助けていただいたこの命、レオ様のお役に立てたいのです!」
「ジョセフィーヌ……」
何かをぐっとこらえるような顔で、レオ様が首を振りました。
「だめだ。君を連れて行くわけにはいかない」
「レオ様!」
「それに、私のこの右腕と引き換えに助けた命を、簡単に捨てるなど言わないでほしい」
「レオ様……」
「君の申し出はありがたい。だが、わかってくれ。右腕が使えない今、私は君を……守り切る自信がないのだ」
それは、精強を誇る聖堂騎士団の一員として、認めたくないことでしょう。
武に生きる男が、自分が弱くなったことを認めたくない、その気持ちはよくわかります。
ですが。
なんかもう、いい加減にしろ、て感じですよね。
「団長様、リリアンさん……あれ、何とかしていいですか?」
「できるのかね?」
「何かいい手あるの?」
お、反対しない。お二人も同じ気分なんですね。
「いやぁ……もういっそ、既成事実作っちゃおうかな、て」
私が「ニヤリ」と笑うと、リリアンも「ふうん」という顔になり。
隣で聞いていた団長様も「なるほど」とうなずきます。
「……で、どうするわけ?」
「とりあえず団長とリリアンさんは、廊下に出てもらえませんか?」
◇ ◇ ◇
団長様とリリアンが部屋を出ていきました。
レオ様とジョセフィーヌが「おや?」という顔をして、一人残った私に問いかけます。
「あの、お二人は……」
「話が長くなりそうだから、別室で待っている、だそうです」
「いや、もう結論は出た。この話は終わりだ」
「レオ様!」
帰るんだ、と言わんばかりに押し返されたジョセフィーヌ。
よろめいた彼女を、私は支えるように受け止めます。ラッキー、近づく手間が省けた。
「ジョセフィーヌ、聞き分けてくれ。俺は……君をこれ以上不幸にしたくないんだ」
「私は不幸なんかではありません! どうしてわかってくださらないのですか! 私はレオ様と一緒なら……」
「あー、はいはい、それじゃその辺のところ、きっちり話し合ってもらいましょうか」
私はそう言って、ジョセフィーヌの背後に回り――ポケットに入れていたソーイングセットから、糸切狭を取り出しました。
さあ、行きますよ!
「秘儀。糸切狭、高速の解体」
チャキチャキチャキン!
「……へ?」
「また……つまらぬものを切ってしまった」
ふう、と息をついて糸切狭を静かにケースに収め、ソーイングセットの箱を閉じると。
「それいけ!」
どん、とジョセフィーヌをレオ様に向かって突き飛ばします。
「きゃっ」
「おっと!」
よろけたジョセフィーヌを、今度はレオ様が抱きとめます。それを横目に、私はダッシュで廊下に出て部屋の扉を閉じました。
そして、待つこと十数秒。
「き……きゃーっ!」
部屋の中から、ジョセフィーヌの悲鳴が聞こえてきました。
「どうした!」
「何事ですか!」
Go! の合図で、廊下で待機していた団長様とリリアンが部屋に突入。
すると。
上半身裸のジョセフィーヌが、レオ様に抱きしめられているではあーりませんか!
「あー、二人きりにした途端、ソウイウコトしちゃうんですかー?」
遅れて突入した私がとどめのセリフ。我ながら棒読みだなーと思いますが、気にしないでください。
「い、いや、これは違……」
「ハヅキが……ハヅキが服の糸を……」
あわててジョセフィーヌから離れるレオ様。
たわわに実る二つの山を隠しながら、涙目で抗議するジョセフィーヌ。
うーむ、やはり脱いでもスゴイ方でした。まさにボン、キュ、ボンですね。大聖女様に匹敵するプロポーションではないでしょうか。
これは、クラっと来ても仕方ないですね!
「レオ……騎士として、それはどうかな」
「ジョセフィーヌ。あなたシスターの身で……」
団長様とリリアン、迫真のお怒り演技です。偉い人は何でもできるんだなー。
「ち、違う! 聞いてください、その女が……」
「ハ、ハヅキ! ハヅキのせいなんです、リリアン様!」
「言い訳無用」
「現行犯ですよ、ジョセフィーヌ」
団長様とリリアンの、聞く耳持たぬという返答の後。
二人は団長様に引っ立てられて、取調室へと連れて行かれました。
あ、ジョセフィーヌの服は、ちゃんと直しておきましたからね!
◇ ◇ ◇
レオ様とジョセフィーヌ、二人は八年前に出会っていました。
二人の故郷が賊に襲われたとき、逃げ遅れたジョセフィーヌを助け、傷つきながらも守り抜いたのがレオ様だそうです。
傷ついたレオ様を懸命に看病しつつ、どうにか王都へたどり着いた二人。その時にはもう愛が芽生えていたんでしょうね。
でも、レオ様は男爵にして聖堂騎士。
ただの村娘にとっては、はるか高みにいる存在です。
恋心を封印し、少しでもレオ様に近づきたいと、シスターになり懸命に努力したジョセフィーヌ。健気というか、一途というか。でも今回の件で、秘めていた想いが爆発したのでしょう。
「ジョセフィーヌは、シスターをやめました」
事の顛末を教えてくれたのは、我が直属上司大聖女様。
神への愛ではなく、一人の男性への想いを選ぶ。
それは否定すべきことではなく、祝福すべきことだと。そう言って納得させ、レオ様とともに旅立たせたそうです。
「教堂としては優秀な人材を失いましたが。故郷で苦しむ人々の心に寄り添い、助けになってくれることでしょう」
元聖堂騎士と元シスター。そんな二人が夫婦となり、手を携えて故郷の復興に取り組む。
うん、なんだかいい感じですね。大聖女様も嬉しそうです。二人の未来に幸あれ、ですね。
清々しい気持ちで大聖女様の執務室を出た私たち。いやー、久々に怒られなかったなあ。
「それにしても、リリアンさんが乗ってくれるとは思いませんでした」
「だってあれ、どう見ても相思相愛でしょ」
まあ、そうですね。見せつけやがって、て感じでしたね。
「あーもー。思い出したら口の中甘くなってきた。ハヅキ、コーヒー淹れて。濃いやつ」
「はぁ、かまいませんけど」
ちょっと時間あるので、そのまま食堂へ向かいました。
そういえば当日も、濃い目のブラックコーヒーをガバガバ飲んでましたね。リリアン、ロマンス系は苦手なんでしょうか。
「そうね。私は、男性への想いよりも、神への愛が尊いと思ってるし」
神ではなく大聖女様では?
と突っ込んだら、怒られそうなので止めておきました。
「でも、ジョセフィーヌみたいな生き方も素敵だと思ってる。旅立ちに立ち会って、祝福してあげたかったかな」
ふーん、なるほど。
「リリアンさんは、ほんと立派なシスターですね」
「何、嫌み?」
「素直にそう思ってます、てば」
そりゃあイジメるし、口うるさいし、ポンポン頭叩かれてムカつくこともあるけれど。
誰よりも努力して勉強してるし、神への愛は揺るぎないし、誰かの幸せを心から祝福してくれるし。
それに、自然と相談したくなる雰囲気があるんですよね。ほんとシスターになるために生まれた人だなぁ、て思います。これで私にやさしくしてくれたら、文句ないんですけど。
「……いやに持ち上げるじゃない」
ぶすっ、とした顔のリリアン。
私が何か企んでいると思ってるんでしょうね。企んでいません、てば。
「なんのかんの、私の面倒見てくれていますしね。はい、コーヒーです」
「……ありがと」
ふん、と横を向いてしまったリリアン。
これ、照れてるんですかね。かわいいところあるじゃないですか。
「それにしても……八年前に何があったんでしょうね」
がちゃん、とコーヒーカップの音がしました。
おや、手でも滑らせましたか? 気を付けてくださいね。
「何……いきなり」
「いえ、ジョセフィーヌさんの故郷、八年前に襲われたと言ってたから。リリアンさんが暮らしていた教堂が焼けたのも八年前ですよね?」
「ええ……そうね」
「実は、私の故郷も八年前に襲撃されているんです」
「あんたの……故郷が?」
襲撃者は不明。わけもわからず、着の身着のまま逃げ出したんですよね。
ほんと、よく生きて王都にたどり着いたと思います。
「ただの偶然ですかね。八年前、何かあったんですか? 知っていたら教えてくださいよ」
「さあ……知らないけど」
すん、と無表情になったリリアン。
私の方を見ようともせず、無言のままコーヒーを飲み干しました。
「ごちそうさま。おいしかった」
「あ、はい。お粗末様です」
「……先に図書室行ってる。さぼらずに来るのよ」
リリアンはそう言い残し、固い表情のまま食堂を出て行ってしまいました。
いつもなら「逃げないように」と待ってくれるのに――いったい、どうしたんでしょうね?
ま、いっか。