10.冒険者ギルド
城壁から出て道を真っすぐ進み、次の目印と言われた樽の形をした看板を見つけた。
そこを曲がって少し歩けば、目的の場所である冒険者ギルドが見えてきた。
「おぉ……これが、名高い冒険者ギルドかぁ……」
目の前にある石造りの三階建ての建造物を見上げて、俺は唸った。
ユフィーがギルドと言った瞬間から、なんとなくは想像出来ていたが、ファンタジーな物語でよく見る冒険者ギルドってのが、本当に存在していることに感動中だ。
一階の扉は大きく開かれており、意外と結構入りやすい雰囲気をしている。
中に足を踏み入れると、そこは一見飲み屋と言われてもおかしくないような、丸テーブルが並べられた広い空間だった。
人はまばらで、冒険者であろう人たちが机を囲って談笑したり、壁に貼られた何かを見て相談などをしている。
「ここにも色々いるのか……」
城壁を抜けてから目にしていたのだが、この国には人間だけじゃなくて獣人なのだろう、獣耳を生やした人や、買い物をする二足方向のまんま熊などの他種族が居るみたいだ。
冒険者ギルドの中も例に漏れず、数人の獣人が混ざっていた。
入ってきた正面に目を向ければ、幾つか窓口みたいな場所があり、空いている場所へ向かうと、豊満なお胸が目立つ獣耳を生やした、二十代前半ぐらいの受付嬢が対応をしてくれた。
……この人の耳の形的に犬の獣人?
何の種族なのかと聞きたくなってしまったが、何の用かという顔をしているので、早くしないとな。
「あの、仕事をもらいたいんですけど、どうすればいいですかね?」
「初めて来られたのですか? 今まで、他のギルドに所属していましたか?」
結構事務的な喋り方だが、悪い感じはない。
「ギルドに所属したことはないです。ここが初めてきたギルドです」
「そうですか。あまり見かけない服装ですけど、他国から来られたのですか?」
「えぇ、そんな感じです」
「そうなのですか。では、簡単に説明しますね」
出身を更に質問されたらどう答えようかと思って構えたのに、深掘りはしてこないんだな。
彼女の説明で分かったことは、要するに冒険者ギルドってやつは、仕事の斡旋所ってことだ。
仕事内容は様々で、草木や鉱物などの採取、近辺にいる魔物の討伐など、常時出されている依頼は勝手にやって成果を持ってくれば報酬が貰えるらしい。
他には指定した物の入手や、指定魔物や野盗の討伐など、スポット的に出される依頼は、ちゃんと期限や失敗時の罰則などをギルドと契約をして行うんだとか。
それにしても、何となくは考えてはいたが、やっぱ魔物がいる世界か。
説明が終わると犬耳の受付嬢は、俺とその後ろにいるユフィーを見て口を開いた。
「お二人で仕事をされるのですよね?」
「そうですね、出来れば最初は簡単なやつが良いですけど」
「身軽なようですが、武装は置いてきたのですよね?」
「……ないですけど」
「……街の中で出来る簡単な仕事は、年少者に割り振っていますので、今は外に出る仕事以外ありませんよ?」
お前ら仕事する気ある? みたいな視線が痛い。
「いや、これから揃えようかなと思ってましたよ?」
「なら良いんですけど……。それでは、まずは東門から出て進んだ先にある森で、採取はいかがですか? あの森の浅い場所ならば小動物や、居たとしても小型の魔物しか出ませんので、比較的安全だと思います。あぁ、そうでした。その前にギルド登録をしておいたほうが良いですね。帰ってきてからでは混雑しますので」
そう言うと、受付嬢がメロンサイズぐらいの黒い球体を俺の前に置いた。
「手のひらを上に開いて、この上に置いてください」
「は、はぁ……」
そんなことをしてどうなるんだと思っていると、受付嬢がいつの間にか小さな刃物を持っており、俺の人差し指へと素早く刃を滑らせた。
「ちっ、ちょっと!?」
「切った指でこれに触れてください」
「な、なんなんだよ、もう!」
有無を言わさぬ物言いに言われた通りにすると、球体の内部に幾何学模様のような光が宿る。
そして、それと同時に指先から何かが抜ける感覚を覚えると、血が指を伝って手の甲に集まり、そこで模様を作った。
円の中に羽で自らの身体を覆っているような女性と、その女性の頭上――時計で言えば一二時の場所に、剣のマークが描かれた、そんな模様が手の甲に現れたのだ。
「えぇ、なにこれ……」
「お連れの方もなさるのですよね?」
「えっ? あぁ、はい、お願いします。あの、指は治してくれないんですか?」
「薄皮一枚を切ったのですから、その程度は舐めていればすぐに治ります」
「そ、そっすか……」
一瞬、奴隷商の方がサービスが良かったぞ? と言いたくなってしまったが、怒らせると怖そうだから止めておく。
てか、奴隷契約と同じ系統の魔法だよなこれ……
怖すぎんだろ!
自分の手の甲を見つめて戦慄していると、ユフィーも契約を終えていた。
「これで契約は終わりました。それでは成果をお待ちしています。常時出ている依頼は、あちらに書き出されていますから、それ見てから行ってください」
「あぁ、どうもです。あっ、もう一つ聞きたいんですけど、お姉さんのおすすめの宿屋とかってあります? 出来れば値段とか聞きたいんですけど」
ついでに情報収集にと質問を向けてみると、俺からユフィー、そして俺へと視線を戻した受付嬢が少し考える様子を見せた。
「そうですね、お二人におすすめ出来る宿ならば、一部屋銅貨五枚ぐらいであります。女の子がいますので、安い宿はおすすめ出来ません。この程度は出したほうが良いと思います」
えっと、今俺が泊まっている宿屋が一泊銀貨五枚だから……単純に十分の一ってことだよな。
これは、明後日からそっちに移動するっきゃない。
他にも聞きたいことはあったのだが、まだ用があるのか? と言い出しそうな顔なので、受付から離れて依頼が書かれている場所に向かった。
「えっと、ゴブリンに狼にイノシシか……。げっ、ゾンビとかいるのかよ……。そこで死んだやつってこと? あとは、朝陽草? なんの草だよ」
依頼が書き出されているという場所には、多数の木板が壁に貼り付けられている姿があり、そこには変形したカタカナのような文字が書かれていた。
……完璧に読めるんだな。
考えてみれば、こちらの世界に来てから言葉でも不自由をしたことがない。
まあ、便利だから気にしないでいいよな。
どうせ召喚された時に色々やられたんだろうし。
「ユフィーはこの依頼って見分けってつく? 朝陽草ってのとかさ」
「……大体は分かると思います」
「じゃあ、試しに行ってみるか。っとその前に、装備を用意しねえとな。ユフィーの服と剣を買えばいいか? あっ、言っておくけど、お試しだし基本は草取りだよ? ユフィーに戦ってこいとか言わないからね」
「ご命令とあれば、私は構いません」
「いや、そっち方向に気合を入れないでくれ。あくまで万が一があった場合にね」
元お嬢様なのに、何故か好戦的なユフィーと冒険者ギルドを出て店を探す。
この通りは冒険者ギルドがあるからか、すぐ近くで剣と斧の看板を掲げた店を見つけた。
店頭に武器防具が並ぶ様子は八百屋っぽいなと思ったが、物が物だけに違和感が半端ない。
「兄ちゃん、ギルドから出てきたのに丸腰じゃねえか。買ってくのか?」
店の前で立ち止まっていると、店番であろう老人が話しかけてきた。
「えぇ、この子に持たせる剣と、防具的な物が欲しいんですよね」
「その格好は奴隷か? 護衛にこんな嬢ちゃんを買うとか、お前さん、頭が……」
「言いたいことは分かりますけど、俺は全く戦えないんで、戦闘スキルを持ってる彼女にお願いするんですよ」
「はぁ、あんまり可哀想なことをするなよ?」
なんかいきなり説教をされた。
ユフィーの見た目が可愛いからかはしらんけど、この世界の人って、あまり奴隷を使い捨てるみたいな感覚はないのかもな。
「で、予算は?」
「……銀貨数枚で」
「数枚ってお前さん、曖昧な……。ん~、これとこれだな」
そう言って老人が選んだのは、一振りの剣と胴だけを守る革鎧だ。
鎧は袖なしのダウンジャケットみたいな形をしていて、首から通して横の紐で固定するタイプで、剣の方は……色からして鉄じゃないよな?
「これって何の金属ですか?」
「このショートソードか? 見た通り青銅だが? お前さんの予算じゃこれ以上は無理だな」
「青銅って……どうなんです?」
「おいおい、またベタな冗談を言ってくるじゃねえか。久しぶりに聞いたぞ。がははっ!」
翻訳機能はダジャレも通用するのかよ。
にしても、笑いすぎだじいさん。
「兄ちゃん、他なら安い鉄の剣も買えなくはねえが、中途半端な物を買うぐらいなら、ウチの青銅の方が良いぞ。安いのは大体くず鉄が混じってるから、すぐに曲がりやがる。その点ウチは粗悪な品なんぞ、端から売る気がないからそれなりの値段がする。銀貨程度じゃ手が出んから、それにしときな」
「じゃあ、そうしますよ。で、いくらですか?」
「銀貨六でいい。これでも少しまけてるんだぞ? その嬢ちゃんが使うっていうからな」
「銀貨六かぁ……。まあ、仕方がねえな、それで買います。あっ、その前にユフィー、剣はこれでいいか試して」
じいさんから剣を受け取り、それを後ろにいたユフィーに手渡す。
金属の塊だから結構な重量があったけど、これ本当にユフィーが使えるのか?
そんな心配の中、彼女は両手で剣を握ると軽く横に振る。
なかなか堂に入っている様子だが、何故か眉を潜めた。
「重かったりしたか?」
「い、いえ、そうではないのですが、何か、こう……。あっ、剣はこれで問題ありません」
少し気になるが、問題がないなら良いだろう。
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