9.異世界二日目
「なんだか体が重い……」
目を覚ましてみれば、久しぶりの運動に全身が少しだるい。
だがまあ、それに引き換え、心はスッキリとしている。
となりに寝ているはずの美少女ちゃんはどこかと、いつ掛けたか分からない掛ふとんを少しめくって中を見てみれば、自分の身を守るかのように体を丸めて寝るユフィーがいた。
彼女はまだ目が覚めていないのか、目を閉じて小さい寝息を立てている。
はぁ、寝顔も可愛いのかよ。
天使の寝顔に見とれていると、なんだか体中がベタベタなことに気がついた。
そういえば、昨日は入らなかったが、この宿にはちゃんと風呂があるんだよな。
なら、彼女が起きる前に入っておくのも良いかもしれない。
そう考え、俺はできる限りゆっくりとベッドから抜け出す。
「っ!?」
ベッドを抜けて立ち上がると、後ろで息を飲む声と掛ふとんがめくられる音が聞こえた。
振り返りその場を見てみれば、目を見開いてこちらを凝視するユフィーの顔があった。
「おはよう」
「お、おはよう……ございます……」
「風呂に入ろうと思うけど、ユフィーはどうする?」
「えっ、あっ……入ります……」
「じゃあ、こっちきて」
「は、はい」
自然と混浴になると分かり躊躇したようだが、汚れの方が気になったらしい。
すぐにベッドを抜け出しついてきた。
昨日よりも警戒心は大分溶けてるな。
浴室は思ってたより狭く、三畳ほどの個室に水の張った浴槽があるだけだった。
トイレも二階なのに部屋の中にあったのだが、今まで見てきた感じじゃこの国って地球の中世ヨーロッパって感じだけど、もしかしたらその辺は進んでるのかもな。
中世の便所事情なんて全く知らないけど、あの当時は二階以上にそんな物なさそうだし。
いや、あの時代って用を足したら窓から外に投げてたんだっけ?
まあ、どうでもいいや。
それにしても水風呂かぁ。
「これって言えば温めてもらえるのかな……? もしかして、そういう魔法とかあったりする?」
「え? あっ、これを使えば温まりますが……」
「ん~?」
ユフィーが壁際に設置されてる棚から、鎖の付いた卵型の赤い宝石のような物を持ってきた。
「使ってみてくれる?」
「分かりました」
彼女は鎖の先端を攫むと赤い宝石を浴槽の中に入れた。
そして、軽く目を閉じて集中する様子を見せてから少しすると、浴槽内に変化が起きた。
よく見れば水が勝手に流れを作っている。
これって対流か?
「それって、魔法の道具か何か?」
「……そうですが、もしかしてご存知ないのですか?」
「あぁ、すまないな。俺は知らないことが多いから、聞いた時は色々教えて欲しい」
「そうなのですか……。分かりました」
多分、この程度のことを何で知らないのかと不思議がっているだろう。
これもう早めに俺のことを教えたほうが良いかもな。
「それで、その赤いのを使えばお湯になるんだよね?」
「はい、この魔道具は熱を発する物で、水に入れて湯を作ったり、時には暖を取ったりする魔道具です。それにしても、質の良い物ですね。これほどの物は当家にもなかったと思います」
宿で使われてるような物なのにその質に驚いているなんて、裕福な国じゃなかったのか?
「ダイキ様、これぐらいで良いでしょうか?」
魔道具を使ってから物の数分で、浴槽内の水がもうお湯になったらしい。
手で湯加減を確認したユフィーがこちらを向く。
その際、俺の体をちらっと見ていたが、それには触れずに温度を確かめる。
うむ、正直言えば温い。
でも、朝から体の汚れを流す程度なら、これで十分な温度とも言える。
しかし、現代の日本で普及している給湯器とかで、こんなに早くこれだけの水の温度を上げられるんだろうか?
たぶんこっちの方が高性能だよな。
「ほら、おいで」
「えっ!? あっ……はい……」
まず俺が浴槽に入り、ユフィーの手を引いて浴槽に招き入れる。
そんなに大きくはない浴槽だから、俺の体に乗るのは居心地が悪そうな様子だが、俺は夢心地だ。
朝から美少女と混浴なんて最高かよ。
身を清めた俺たちは、浴室から出て床に脱ぎ散らかしていた服を拾って身につけた。
「うーん、俺もユフィーも着替えがねえんだよな……」
昨日身につけていた下着をまた履いたことで、避けられない事実を思い知る。
問題は着替えだけじゃない。
俺の所持品は革のキーケースだけ。
ユフィーに至っては、今身につけたワンピース一枚だけで、下着さえも履いていない。
しかも残りの所持金は金貨一枚と、この宿の二日分しかない。
もし、それを払ったら飯も食えないことになる。
……完全にやらかしてんだよなぁ。
俺はこちらの様子を気にしているユフィーを手招きして椅子に座らせ、対面に座る。
そして、昨日食べなかった夕食の肉やら野菜やらを半分にして、それをこちらも半分にしたパンに全部のせて手渡した。
「それを食いながらでいいから聞いてくれ。今後のことなんだがまず正直に言おう。金が無い」
「そう……なのですか?」
「だから、金を稼ごうと思うんだが、誰にでもできる簡単なお仕事とか知ってる?」
「私はこの国の者ではありませんし、庶民のこともそこまで知っているわけでは……」
そういやこの子、他国の元ご令嬢様だったわ。
てか、これ何の肉……?
豚っぽいけどなんか違うんだけど。
まあ、味は良いからいいか。
「知らないかぁ……」
「あっ、ギルドに行くべきかもしれません」
「ギルド?」
「はい。駆け出しの兵がギルドで仕事を行い、生活の足しにしていると聞いたことがあります」
「なら、ユフィーの言う通り、ギルドってのにいこう。で、ギルドって何?」
「ギルドは同系統のスキルを持つ者が集まる組織です。私達ならば……冒険者ギルドですね……。昨日、剣術を頂きましたし……。小型の獣ならば狩れると思います……」
昨日スキルオーブを使わせたことを思い出したのか、ユフィーの表情が明らかに曇った。
……自分で地雷を踏むのは止めてくれねかな?
「よ、よし、とにかく、行くぞ!」
「えっ、は、はい!」
落ち込むユフィーの手を引いて、勢いで部屋を出る。
宿屋の支配人に聞いたところ、この区画の外に冒険者ギルドはあるらしい。
朝の日差しを感じながら、教えてもらった道を進む。
俺の感覚が合っているかは分からないが、太陽の加減とかを見る限り、この様子ならまだ一〇時とかそれに近い時間だろう。
「……ねえ、この世界って一日は何時間?」
「…………二四時間です」
「そうか、ありがとう」
ユフィーに思いっきり何だこいつという顔をされた。
そりゃそうだよな。
城を中心として環状になっているこの宿沿いの道を少し歩けば、太い道に突き当たる。
それを曲がって城を背中にして歩くと、その先に一つ目の目印が見えてきた。
王城を囲う、区画を分けてにもなっているっぽい城壁だ。
二階建てぐらいの高さしかないから、いままで視界に入ることがなかったんだな。
城壁はこの先も街が続くからか、拍子抜けされるぐらい簡単に通り抜けられた。
俺たちが来た側に入ろうとしている人には話を聞いているので、そういう仕組なんだろう。
「なあ、ユフィー。この先って平民の区画になるのかな?」
「……何故そのような質問を? どうやってこの王都に入ったのですか?」
「え~っとね、城に直接かな?」
また、もの凄い何を聞いてんだこいつ、って目をしている。
俺も自分で言ってて胡散臭いくさいと思うわ。
「……ご質問の答えですが、この様子であればそうだと思います。しかし、ナイヘッド国の王都は広いのですね。ムグダム国の倍以上は大きいです」
彼女の遠くを見る視線の先には、一面に広がる城下町と、それを囲う弧状の城壁がある。
何故か呆れたように笑っているが、これは今は亡き自国と比較したからなのかもしれない。
そりゃ負けるわって感情なんだろうな。
ここから城壁まで距離は、多分一キロはないはずだ。
反対側がどうなっているかは分からないが、こちら側の形を見る限り、多分この王都は円形をしているのだろう。
この場所から僅かに見える城壁の向こう側は、見渡す限りの限りの自然が広がっている。
ということは、城壁の範囲内が王都と言える場所なんだろうが、日本の東京を知っている俺の感覚で言えば、国の首都としたらやたらと小さく思えてしまった。
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