7.スキルオーブ
部屋に戻ってベッドに上に腰掛けた俺の視線の先には、夕食が乗った盆を持ったユフィーリットがドアの前で立っている。
宿屋の主人を呆れされた俺は、その後部屋に戻ってきた。
その際に用意してくれていた夕食は、部屋で食べてもいいと言われたから受け取ったんだが、それを彼女が持っているのだ。
「そんなところに立ってないで、机に置いて椅子に座りなよ」
「はい、分かりました」
俺の指示にユフィーリットが言われた通りの行動をする。
「えっと、それ食べたい?」
「いえ……結構です」
「そうか……」
明らかに顔が強張っている。
遠慮をしているのではなく、食べる余裕もないって感じだ。
俺もあまり腹は減っていないし、今はそれどころじゃないからあれは後で良いか。
「じゃあ、まずは俺の名前からだな。俺は古都里大輝だ。君はユフィーリットだっけ? 長いからユフィーでいいか?」
「はい、結構です、ご主人様……」
「ッ!?」
ご、ご主人様……だと!?
以前に一度、友達とお試しにと行ってみたメイド喫茶で言われたことがあったけど、それとは心に来る度合いが全く違う。
「ご主人様は大げさだから、大輝でいいよ」
「分かりました、ダイキ様……」
嫌ではなさそうだけど、それでも抵抗を感じる態度だ。
ちょっとやりづらいけど、だからって遠慮する必要は全くないんだよな。
「ユフィー、そこは遠いからこっちに来てくれ」
「は、はい……」
緊張からか、少しまごつきながら席を立ったユフィーが、俺の前にやってきた。
近くで見るとこの子は本当に整った顔をしている。
メイクをしている様子がないのに、何故こんなはっきりとした大きな瞳になるのかだとか、何でこんなシミ一つない綺麗な肌をしているのだとか、返事をする声でさえも何故凛としていてそれでも可愛らしさを持ってるのかと、疑問が尽きない。
本当は人間ではなく、精巧に作られた芸術品なんじゃないかと思えてしまうほどだ。
そんな彼女は目が大きいからか、こちらを見る眼力がとても強い。
だが、いまいち自信なさげというか、内面の弱さみたいなものが感じられる不思議な瞳だ。
まあ、こんな状況だからっていうのが一番なんだろうけど。
じっくりと眺められ居心地の悪そうな顔をするユフィーの手を引き、彼女の体を反転させて俺の方へと引き寄せる。
すると、彼女の華奢な体は、すっぽりと後ろから抱きしめる形で俺の腕の中へと収まった。
……やばい、細い、小さい、いい匂いがする、柔らかい、可愛い。
彼女の背もたれとなった俺は、全身を固くしているユフィーの両手を握って話しかけた。
「ユフィーの所持スキルは裁縫だっけ?」
「は、はい……申し訳ありません」
「謝ることじゃない気するけど、俺はそこでユフィーを選んだんじゃないからね」
「ありがとうございます……」
完全に顔と年齢で選んだからな。
しかし、スキルに関して何かあるみたいな雰囲気だ。
こんな仕組みがある世界じゃ、スキルで苦労したのかもしれないな。
でも、裁縫スキルって役に立つよな?
あっ、そういえばこの子って元貴族とか言ってたな……
お貴族様は裁縫とかしなそうだから、それでか?
その辺の事情はよく分からないが、そんなことより彼女の小さな手を触るのをやめられない。
客観的に見てみれば、俺は相当気持ち悪いおっさんと思われてそうだ。
変なところで急に自分を客観視してしまったが、俺は彼女の手を握ったまま会話を続ける。
「何歳だっけ?」
「……こ、今年で一四です」
「元貴族とか聞いたけどそうなんだよね?」
「……はい」
「没落ってやつ?」
「…………ムグダム国が滅ぼされたことを、ご存知ないのですか?」
「俺はこの国に来たのが今日のことだから、その辺の事情を全く知らんのよ」
「……そうなのですか」
「ごめんな、質問に悪気はなかった許してくれ」
「い、いえ……」
年齢はもう知ってることだったが、その他のことはユフィーに見惚れていて、そんなことも言っていたなぐらいの記憶しかないために確認した。
答えにくいことを質問したが、この辺のことはどうせ聞くことだし、今か後かの話だろう。
それにしても、結構従順だけど、奴隷だからか、それともこの子だからなんだろうか?
この様子ならば、奴隷紋の発動とかいうおっかないことはしないでよさそうだ。
「まあ、その辺のことは追々で良いか。んと、あぁ、あった」
俺はちょうど腰辺りに転がっていた二つの珠を掴み、ユフィーにも見える位置に持ってくる。
これは、スキルオーブというものらしく、これを使うとスキルが得られるんだとか。
あのロリ神が置いていった物で、これが何であるか、どうやって使うかを俺は知っている。
腹をぶん殴られた時に知識の一つとしてもらったからだ。
スキルオーブは二つあるのだが、両方『剣術 一』のスキルが入っている。
「剣術のスキルオーブなんだけど、これ使ってもらえるかな?」
お願い口調でスキルオーブをユフィーの手に握らせる形で差し出すと、彼女の体が硬直した。
何事かと後ろから覗き込んでその表情をみてみれば、大きく見開きスキルオーブを見つめる目には、これまで見た中で一番であろう絶望感が浮かんでる。
「…………それはご命令なのでしょうか?」
「まあ、そうだね。俺もこっちを今から使うし、ユフィーにも使ってもらう」
「ダ、ダイキ様も……ですか……?」
「そうだよ、じゃないとちょっと試せないことがあるからね」
「…………」
「じゃあ、こっちのを使ってね?」
「……グスッ、……ご命令とあれば」
えぇ……!?
なんか泣いてるんだけど、これを使うのってそんなに嫌なことなのか!?
いやでも、使ってもらわないと、ロリっ子に貰った力を試せないんだよな……
ここは無理矢理にでもやらせるしかない。
俺は片手で彼女の手を取り、その上にスキルオーブを乗せる。
鼻をすする彼女は躊躇しながらもそれを受け取ると、こちらに顔を向け無言で見つめてくる。
「……そんなに嫌なのか?」
「ダイキ様もスキルオーブをご存知ならば、分かるはずでは……。しかも、剣術なんて……」
「えっと、何のこと?」
「ス、スキルオーブを使ってしまえば、そのスキルは二度と成長しないのですよッ!?」
「あぁ、そういうことか。一つ確認したいんだけど、スキルって後発的に習得できるものなの?」
「えっ、そ、その者に素養があり訓練を行えば……習得は出来る可能性……が……」
なるほどね、なんとなく分かったわ。
ユフィーがスキルオーブの使用を嫌がっているのは、使ってしまえば『剣術 一』以上の力が手に入らなくなるからか。
この感じだと、努力はしたが習得は出来なかったみたいだな。
また落ち込んじゃったし可愛そうなことをしちまった。
ロリ神め、中途半端に知識を入れるのは辞めやがれ。
それにしても、ユフィーのちょっと怒ってた顔もとてつもなく可愛いかったな。
「まあ、何にしてもスキルオーブは使ってもらうよ。俺も使うんだから、我慢してくれ。それに、これを使っても問題はない予定だ。……もし失敗したら、神様を恨んでくれ」
「うっ……うぅ……。分かりました……」
俺の意思が変わる様子がないと分かり、ユフィーはようやくスキルオーブを握った。
だが、それでも彼女は顔を険しくしながらためらい続ける。
しばらくすると、ようやく決心が付いたのか、彼女はスキルオーブを掴む手に力を入れる。
すると、スキルオーブがパリンという音とともに砕け散ると同時に、中から白い煙のような物が出てきて、それが彼女の体内へと染み込むように入り込んだ。
こ、こうなるのか……
使い方を分かっていても、どうなるかは知らなかったから、結構ビビった。
「……終わりました」
「つらい思いをさせて悪かった。頑張ったね。じゃあ、次は俺の番だ」
ユフィーのサラサラな金髪を一撫でし、俺ももう一つのスキルオーブを使用する。
割った時に怪我をしないのかと考えていたのだが、それは彼女の様子を見る限り無駄な心配のようだから、握りつぶす勢いでスキルオーブを持つ手に力を入れる。
今度もまたパリンと砕けると、白い煙が出てきて俺の体へと吸い込まれていく。
「……なんの変化も感じられないけど、こんなものなのか」
これでスキルを習得出来たはずだが、その実感が何もない。
まあそんなものかと、次の行動を取るため意識を切り替える。
ようやく、これでこの子を……
俺はこれから胸の中にいるユフィにすることを想像して思わず生唾を飲み込み、彼女の体を後ろから抱きしめたのだった。
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