6.奴隷魔法
ホールから移動してきたのは、都内のワンルームより若干広い程度の一室だった。
部屋の真ん中にはローテーブルを挟んで、対になったソファーが据えられ、それ以外には質素な調度品が飾られてる。
その奥側に座るよう案内人に促され、俺は言われた通りに腰を下ろした。
「お客様、奴隷のご用意が出来る前に、お支払いのご確認をさせて頂いても宜しいでしょうか?」
「はい、お願いします」
筋者みたいなおっかなフェイスの案内人だが、口調はとても丁寧だ。
両手で抱えていた金貨の入った二つの袋を机の上に載せて、彼に委ねた。
どんな方法で確認するんだろうと思っていたら、天秤に乗せて一枚一枚確認している。
これは時間がかかりそうだと思っていたのだが、この人の仕事は早い。
すぐに二九本の金貨の塔が出来上がった。
あれだけあった金貨は、九枚だけが俺の手元に戻ってきた。
「金貨二九〇枚、間違いなく。このまま支配人をお待ち下さい」
彼の言葉通り少し待てば、先程の金髪美少女を引き連れてカエル顔の支配人がやってきた。
彼女はどうやら着替えたらしく、質素なワンピースを身に着けている。
支配人と案内人は顔を合わせるとお互いうなずき、その後に支配人は俺の対面に座る。
「お支払いの確認は済んでいるようですので、早速奴隷の譲渡を行いましょう。それでは、こちらをお願いいたします」
支配人の言葉と共に案内人がこちらに来て、細身のナイフと鉄の板を差し出してきた。
「えっと……これはどうすれば?」
「おや、奴隷契約の方法をご存知ではなかったですか。それでは、説明いたしましょう」
彼の説明はこうだ。
今から奴隷魔法を使うために俺の血が必要なんだとか。
理由は俺の血を彼女の奴隷紋にするためらしい。
……って、奴隷魔法って何だよ。
とんでもなくおっかない魔法だな。
この奴隷紋があると、主人に危害を加えたり、主人が死んだり、主人の許可なく物理的な距離を取ると最悪死ぬらしい。
魔法が発動して奴隷を痛めつけるとかなんとか。
「現在、この者は左胸の上に奴隷紋がありますが、場所や術式によってその効果は変わります。お客様にご要望がなければ、同じ場所が良いと思いますよ。この場所ですと、もし歯向かった場合には、即心臓を攫む術が働きますので制圧が楽ですし、心臓を潰される恐怖は余程のものなのか、その後に反抗心の押さえつけも容易に出来ますからね」
……なんとも恐ろしいことを平然と言うもんだ。
後ろに控えてる金髪美少女ちゃんの表情が見るからに曇っている。
「分かりました。じゃあ、血を出しますが……少しで良いんですか?」
「えぇ、ほんの少しで結構ですし、すぐに治癒を施しますのでご心配なく」
自分を痛めつけることは嫌だけど、やらなきゃあの子が手に入らない。
ナイフを握った俺は気合を入れて薄皮一枚より僅かに深くナイフを滑らす。
鋭い痛みを感じると同時に、切った部分から赤い血が溢れ出した。
それを鉄の板の上に数滴垂らすと、案内人が小皿に入った液体を差し出してきた。
これで指を洗えってことか?
わざわざ聞くのも野暮なので、まだ血があふれる指先を液体につける。
すると、最初は冷たく感じた液体が、突然その温度を上げたかと思うと、指先に感じていた痛みが和らいでいく。
それに驚き少しすると、痛みは完全に消えさり、指先を確認すると傷一つない綺麗な状態に戻っていた。
……これってもしかして回復薬ってこと!?
召喚や奴隷や魔法と驚くことが多かったが、これにも目を見開いてしまった。
だってそうだろ、患部を浸しただけで傷が治ってんだ。
こんな物地球にあったら奇跡認定とかされちまうレベルの出来事だ。
「では、これより、この者の譲渡を行います。ほれ、胸を出しなさい」
俺が驚いている間に、奴隷魔法を使う準備が出来たようだ。
支配人に促され、彼女は一瞬の躊躇の後にワンピースの上半身を開けさせた。
突然晒された可愛い胸に俺の目は釘付けだ。
その視線を彼女は感じたのか、一瞬俺と目が合うとすぐに逸らして下を向いた。
「この者を解放せよ……リリース……」
あの小ぶりな胸と、ちょうど心臓辺りであろう場所に描かれている入れ墨のような物を凝視していると、支配人が何かを言っていた。
何だと思うその合間もなく、見つめていたその先に変化が起きる。
円状の入れ墨が風で吹かれた砂のように消え去ったのだ。
あれが魔法なのか。
ファンタジーな光景だな……
「では、新たな契約を結びますよ? ユフィーリット、同意しますね?」
「はい……」
「それでは……両者を繋ぐ契約を……コントラスレイ……」
次に彼がまた魔法らしき言葉を口にすると、今度は鉄の板に乗っていた俺の血が、彼女の胸の上へと獲物に這い寄る蛇のように近づいていき、そしてそこでとぐろを巻くかの如く這い回り、楔を思わせる紋章のような形へと変化した。
「これで、すでにこの者は、貴方の所有物となりました。ほれ、新しい主人に挨拶をしなさい」
どうやらあれで奴隷の譲渡が完了したらしく、少女は俺の近くへと寄ってきた。
「ユフィーリットです。末永く可愛がってください……」
言わされているような言葉だが、これでこの娘が俺の物になったんだと思わず息を呑む。
彼女の視線は、俺をどんな人物なのかと疑っているのか、不安げな瞳が向けられている。
俺に挨拶が終わると、彼女はソファーの横に移動してそこで待機した。
俺の物となった彼女をまだ目に入れていたいから、もう少し見える位置にいて欲しかったな。
その後は支配人から奴隷の扱い方を簡単に説明を受ける。
それが終わると彼はおもむろに口を開いた。
「それでは、人頭税と奴隷所有税のお支払いをお願いいたします」
「……あれ、まだお金かかります?」
「えぇ、今年分の人頭税と所有税はこちらで預かり、収めさせて頂くことが決まりですので。こちらは人頭税が金貨一枚、所有税は金貨五枚となります。金貨一〇〇枚を超える奴隷の譲渡年は一律五枚ですのでご了承を」
……また金がかかるのか。
でもこれは支払わないとヤバいやつだよな。
仕方がない……
「それと、どうしましょう避妊魔法は必要ですよね?」
今なんて言った……?
避妊魔法?
そんなものまで魔法があるのかよ……
「……避妊魔法はおいくらで?」
「こちらは金貨一枚でございます。ああ、そうでした。もしよろしければ、こちらの媚薬をお付けしましょうか。お客様もその方が楽しめますでしょ? 本来であれば希少な物であるため金貨三枚でお譲りしていますが、お客様には儲けさせて頂きましたので、避妊魔法と合計で金貨二枚で結構です」
「じゃ、じゃあ、それもお願いします」
「はい、かしこまりました。それでは、避妊魔法が使える者をお呼びいたしますね」
そう言った支配人が人を呼ぶと、待機でもしていたのかすぐに一人の老婆がやってきた。
まっすぐとユフィーリットへ近づき下腹辺りに手を当てると、魔法をかけて帰っていった。
あれで終わったのかよ。
なんつう簡単さだ。
「これでお取引は完了でございますね。本日は誠にありがとうございました。当店はオークション以外でも良質な奴隷をご用意させて頂いておりますので、よろしければまたのご来店を」
最後に丁寧な挨拶をされて店を出た俺の手に残ったのは、結局金貨一枚だけになった。
来た時とは違いほとんど重さのなくなった2つの布袋を見て、若干の不安が心をよぎる。
だが、その代わりに俺の隣には、手を出しても合法なはずな美少女が立っている。
今は金とかどうでもいいや。
「じゃあ、付いてきて」
「はい……」
不安げな様子を隠さない彼女を引き連れ宿に戻った。
すると、待っていたかのように宿屋の支配人が出迎えてくれた。
「……お客様、護衛を購入されに出かけたのでは?」
「…………出来心でして」
「……なるほど」
宿の主人の鋭い眼光が、俺の行動に驚いてなのか、揺らいでいるように見える。
うむ、第三者から見たら奇行だよなこんなの。
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