5.オークション
「え~本日は、我が商会へとお越しいただき誠にありがとうございます」
笑みを浮かべながら挨拶を初めた彼は、途中から急に困ったような顔をする。
「すでにお話を耳に入れている方は多いと思いますが、とある事情により今宵の奴隷は六名といつもより大分少なくなっております。ですが、どれもが上質な奴隷となっておりますので、皆様には是非、競りをお楽しみ頂ければと」
この場にいる半分ぐらいの客が、文句と言うより呆れに近い表情を浮かべてる。
六人というのは本当に少ないんだろう。
「それでは、まず初めに、今は亡き小国ドーランで戦士長を努めていましたこの男。獣人の中でも数の少ない羽持ちでございます。歳は三四、病気はなし、えー動きに支障が出るような怪我もございません。所持スキルは三つ。『槍術 三』『軽鎧 三』『風魔法 二』と戦闘を任せるならば間違いのない者となっております!」
うぉぉ……人間じゃねえ。
まんま鳥の姿をした生き物が、二足歩行で歩いてやがる。
いや、鳥は元から二足歩行か!?
薄い布を一枚羽織り、それを腰に巻いた紐で止めるという、とんでもない薄着で現れた鳥人間が壇上に上がった。
「それでは、競りを始めたいと思います。まずは、一〇〇枚から!」
一〇〇ってのは金貨だよな?
あの鳥の人は珍しいのか、会場は最初から結構な盛り上がりを見せており、客たちは次々と手を上げて数字を口にしている。
しばらくすると、最初は多かった人の声もまばらになってきて、貴金属を大量に身に着けた明らかに金持ちそうな男が、鼻息を鳴らしながら数字を口にすると会場は静寂に包まれた。
「もう宜しいですか!? ……それでは金貨二五〇枚で落札とさせていただきます!」
護衛が出来る奴隷は、最低限で金貨五〇って聞いてきたけど、その五倍か……
俺が今持っている全財産がどれほどの物か定かじゃないけど、それでも相当な価値が付いたってのは分かるな。
会場からは感嘆が漏れるぐらいだし、買われた鳥の人もあまり表情は分かりづらいが、それでも自分に付いた値段を誇らしそうにしていた。
鳥の人が壇上から降りていくと、すぐ次の人が連れられてきた。
その奴隷は壇上に登り顔を上げると、表情を険しくした。
まあ、それもそうだよな。
会場にいるおっさんどもの目が、明らかに好色を含んだ物になってるんだから。
今度の奴隷は綺麗な茶髪の二十代中盤と思わしき女性だ。
薄い布の服一枚しか着ていないから、体のラインとか色々な物が出てしまっている。
……あの人も金で買えるのか。
今度の競りも白熱している気がする。
この世界の美人観は知らんけど、日本ならグラドルとしていても通用するだろうってレベルの顔と体をしているからな。
結局あの人は金貨一五〇枚で落札された。
落札された本人の諦めの表情と、競り落としたおっさんのニヤニヤ顔の対比がすごい。
ありゃもう、今夜はあの娘をってことか。
……羨ましい。
競りは次々と続いていく。
成人男性に、少年や、老人と、それを聞いただけじゃあまり特徴がないように聞こえるが、成人男性や少年はとにかく顔が良かった。
成人男性は採取、解錠と戦闘スキルは持っていないものの、引き締まった体に甘いマスクに魅了されたのか、数少ないおばさん客が興奮した様子で競っていたし、少年も怯えきった可愛い顔に刺激されたのか、おっさん共もそれに混ざって競りに参加していた。
あっ、きたねえおっさんが競り落としやがった……
あの子がどんな目に合うのか、想像もしたくねえな。
最後の老人は魔法使いで、スキル三の魔法を一つ使えるらしく、それなりに盛り上がる。
そんな白熱した競りも、その三人の値段は誰もが金貨八〇枚を超えない程度だったから、最初の鳥の人は相当な物件だったんだなと改めて考えさせられる。
これまでオークションを見てきて、大体の仕組みは分かった。
手を上げて金貨の枚数を言うのと、金貨一〇〇枚以上は最小単位が一〇枚になるってことだけ分かっていれば良いようだ。
「それでは、こちら本日最後となります奴隷は、今はなきムグダム国において、伯爵家の令嬢として生まれ育った少女でございます」
いつの間にか始まっていた競りに戻して会場を見てみれば、抑え気味の歓声が上がっていた。
その声の先に視線を向けてみれば、俺もその一人となる。
そこに立っていたのは、本当に少女と言って間違いない年頃の女の子だった。
肩口辺りで綺麗に切りそろえられた金色の髪に、布一枚に隠されている折れてしまいそうな華奢な体、つんと小さく布の服を伸ばす胸の膨らみは、禁断の果実を思わせるエロスを感じてしまう。
何より目を引いたのは圧倒的な彼女の容姿だ。
遠目からでも分かる大きな瞳に長いまつげ、キリッとした金色の眉に通った鼻筋、血色が良さそうな潤いを持った唇だって全部造形が整っている。
なんて言えば良いのか表現が難しいが、ひまわりの花がそこに咲いているのだ。
これほどの美少女を俺は見たことがない。
さっきの女奴隷とは違い、この娘はまっすぐと目を開き気丈に振る舞っていた。
だが、よく見れば明らかに無理をしているように見えている。
少しつついてしまえば、簡単にあの大きな目から涙が溢れてしまいそうだ。
「え~、名前はユフィーリット。一四歳、処女、病気はありません。所持スキルの方は裁縫一つにございます。そして、ご注意していただきたいことがあります。この娘はアディキルトン家の長女でございます。この場にアディキルトン家を知らぬ方はいないと思いますが、その点をご留意いただければと思います」
アディキルトンって名前には何かがあるらしい。
美少女の登場で盛り上がり始めていた会場の空気が、一気に収まっていくのが分かる。
「はぁ……アディキルトンか。それは少々なぁ……」
「……心残りがあるが私にこれは無理だな。今日はもう帰るぞ」
数人が席から立って帰り支度を始めている。
それ見た支配人は仕方がないという顔をしながらも言葉を続けた。
「しかしながら、皆様もすでにご理解いただけていると思いますが、容姿に関しては非の打ち所がありません! 後数年もすれば実に美しく育つことは間違いないでしょう。もちろん、開花前の蕾を味わいたい方にもオススメです! 愛玩用としてご興味を持たれた方は、ぜひともご入札頂ければと思います! それではまず、金貨三〇枚から始めさせていただきます!」
……まじであの娘を買えるってのか?
それで、あれやこれやを出来るってことか?
まてまて、俺は護衛を買いに来たんだ。
いくら俺のストライクゾーンど真ん中な超絶美少女だったとしても、買うべきじゃない。
……でも、この機会を逃せばあの娘が、他に渡っちまうってことだよな?
そうだ、今までの相場的にも金貨一五〇もあれば買えそうなんだ。
だったらあの娘を買ってから、また新しく人を雇うか奴隷を買うかすれば大丈夫。
金は……今すぐ取りにいけばいいだろ!
答えが最初から決まっていた脳内会議を終えた俺は、その場で転移スキルを使い宿屋の自室へと戻ってきた。
急いで金庫を解錠し、中に入ってる二袋の金貨を力を込めてつかむ。
「うし、くっそ重いけど、転移で帰れば問題……ってクールダウン忘れてたわ! し、仕方ねえ……走るっきゃねえ!」
部屋を出て、金貨の入った袋を両手で抱えて走り出す。
「くそっ! これなら先に宿へ走ってから転移で戻れば良かったわ!」
走るには金貨が重すぎる。
だが、それでも俺は足を止めることなく宿を出て、奴隷商へと駆け込んだ。
ホールに戻ってくると、壇上でオークションを仕切っているガマガエル顔の男が一瞬眉をひそめるが、すぐに何事もなかったかのように口を開いた。
「さてさて、一八〇が出ておりますが、よろしいでしょうか? おっ、そちらのお方から一九〇枚が出ております。おぉ、二〇〇枚!? これはこれは。これ以上はおありですか?」
競りは大分進んでいるようで、想定していた以上に値上がっている。
だが、もはや俺には競りに参加する以外の行動はない。
「はぁ、はぁ、はぁ、き、金貨二一〇枚だ!」
「ほう、また新しい方からお声を頂きました。一〇枚追加の金貨二一〇でございます。如何ででしょうか? ここでこの競りは終――はい、二二〇枚ですね。」
俺の金額はすぐに上乗せされ、その後も更に値が上がっていく。
「に、二五〇だッ!!」
「二五〇を頂きましたが、これ以上の方は…………はい、二六〇ですね」
俺の二五〇枚を超えてきたのは、頭部が大分薄くなっている脂ギッシュなおっさんだ。
奴は俺の視線に気がつくと、ニヤニヤとしながら片手をモゾモゾと動かした。
よく見れば、奴に隠れたその向こうに一〇代前半ぐらいに見える猫耳少女が付き添っている。
どうやら猫耳少女の体を撫で回しているらしい。
……いい趣味してやがるぜ。
「さあ、二六〇となりましたが……?」
「……二七〇」
「再びこちらのお客様から手が上がりました。これは、お二方の一騎打ちのようです」
俺の追加の声に対して奴のニヤケ顔は変わらない。
猫耳少女の体を撫でながら、支配人に向けて口を開く。
「おっと、ここでまた上乗せでございます。さあ、お客様いかがなさいますか? 二八〇を超えられるのでしょうか!?」
待て待て待て、俺はいくら持ってるんだっけ?
宿屋に金貨一枚を渡したから、残りは二九九枚でいいんだよな!?
良いのかこのまま行って!?
良いのか!?
迷いながら俺は壇上の金髪美少女ちゃんを目に入れた。
やっぱり超絶に可愛い。
ここで後退なんて絶対にありえねえ。
クソッ、もうこれで最後だ!
「一〇枚追加だぁ!」
「オオォッ、二九〇枚で宜しいですね!? さあ、お客様は如何されますか? ここでこの少女を諦めるか、それとも!?」
最後に二九〇枚を宣言して奴に気合の視線を向ける。
奴は俺と目が合うとニヤリと笑い、そして顔を横に振った。
「宜しいですね? 他にはおりませんね? それでは、そちらのお客様の落札でございますッ!」
……余裕を見せていた奴も、どうやら資金切れのようだ。
奴は競りが終わると席を立ってこちらに近づいてきた。
「フフフ、近くで見ると思ったよりお若い方ですな。その少女を見る目の熱量、本物とお見受けしましたよ。同志よ、敗北してしまいましたが、久しぶりに熱い戦いでした。貴方とはいつか今回のオークションを思い出しながら語り合いたいですな」
「は、はぁ……はい」
生返事に対して、奴はニヤケ顔をそのままに踵を返すと、俺の前から立ち去った。
これってもしかして、譲られたってことか?
まあ、分からないけど、よくある展開の恨み言とか言われないで良かったわ。
その後、オークションの終了が告げられると、俺は別室へと案内されたのだった。
やる気に繋がりますので、是非お気に入り登録と評価を頂ければと思います。