21.スキル値
倒れた獣人の体から槍を引き抜いた俺は、驚愕の瞳をこちらに向ける女冒険者を見つめる。
「な、何をしたの……? 幻影系の魔法!? それともスキル!? ありえない!」
「さて、何だろうな? 次はどっちをやってやろうか?」
注意がこちらに向いてる間に、俺はまだ倒れているユフィーに向かって叫んだ。
「ユフィーッ! 早く立ち上がってその女の相手をしろ!」
「は、はいっ……! こちら、は、お任せ、を……」
俺の命令でユフィーがふらふらと立ち上がり、女冒険者に剣を向けた。
この世界は見た目でそいつの強さを図ることは難しいのだろうが、残っているあの二人ならば直感的に女冒険者の方が弱そうだから、この判断は間違っていないはずだ。
あんな状態の彼女を戦わせるのは本当に心が痛む。
だが、この状況を打破するにはそんなことを言ってられない。
転移スキルは当分使えないのだから、俺が二人を相手して勝てるとは思えないからだ。
槍を握り直し、こちらへ注意深く視線を送る男冒険者へと体を向ける。
「クソが、全く楽しくねえぜ。あの獣人みたいにやられたくなかったら、あんたは消えてくれねえか? 出来ればあの女も引き取ってくれ。無理そうだけどよ」
「……先程の能力を即座に使わずに交渉か。制限があるみたいだな。悪いが俺にも事情があって下がる訳にはいかん。ちっ、割に合わねえ事になりやがった」
「割に合わねえなら、帰れっつうんだよ」
「そうもいかないと言っただろ!」
言葉と同時に、奴が剣を振り上げ突っ込んできた。
俺はそれを腰だめに構えた槍を突き出し追撃する。
だが、奴はそれを読んでいたのか、半身になって槍を避けるとそのまま回転してこちらに近づき、その勢いで剣を振る。
「あっぶねっ!」
頭部目がけて飛んできた斬撃を、槍の石突きを使って弾き飛ばす。
奴の剣が跳ね上がったので、今度は俺が槍を横に払って反撃をしたのだが、バク転をされて避けられた。
軽業師かよ!
俺より重そうなガッチガチの革鎧を纏ってるってのにおかしいだろ!
その後、何度も攻防を繰り返すが、互角の展開を繰り広げている。
初めての対人だというのに思った以上に戦えるな。
いや、むしろ慣れてきたら相手の攻撃が見えてきて、対処が容易になってきた。
「……おかしな強さだ。少女を盾にして戦わせていた男とは思えない槍さばきだな」
「盾にはしてねえよ。戦いを全部任せてただけだ」
「お前に恥という概念はないのか?」
「仕方ねえだろ、先日まで戦闘は一切出来なかったんだからよ」
「意味の分からないことを!」
地面を蹴って駆け出した奴が、左手を懐に入れ、光る物を取り出しこちらに投げた。
「っ!? 投げナイフかよ!」
奇襲と言うべき攻撃に驚きながらも槍の柄でそれを防ぐと、奴は少し目を離した間にこちらへ駆け寄っており、槍の範囲内まで近づいてくると、走ってきたままの勢いでその場で飛び上がって、全体重を乗せたような突きを放ってきた。
「ぐぉっ!? っぶねえっ!」
迫りくる剣先が後数センチというギリギリのところで、俺はなんとかナイフを防いで縦になっていた槍を振り下ろし、どうにか剣に当てて斬られることを阻止した。
「くっ、これも防ぐのか!?」
空中で剣を弾かれた奴は、槍を振り下ろし無防備になった俺へと蹴りを繰り出してくる。
さほど脅威を感じることもない攻撃を腕で防ぐと、奴は腕を蹴って俺の後方へと飛び退いた。
スキルで強化された人間の動きはとんでもねえな!
場所が入れ替わったことで、視界の中にユフィーと女冒険者の姿が入った。
「な、何故っ!? アディキルトンの無能姫がこんな打ち合えるのよ!?」
「あ、ははっ……これ、が、わ、我が主の、力です」
フラフラになりながらもユフィーは、切りかかってきた女冒険者の剣を捌いている。
あの二人の間にある剣術スキルの差は、負傷というハンデがあっても大きいようだ。
とは言え、真っ青な顔色をしたユフィーの攻撃も中々当たらない。
余程腕の痛みが強いのか、全ての行動が阻害されているみたいだ。
頼む、耐えてくれ!
っと、あっちを見ている余裕なんてものは俺にはなかった。
男冒険者が繰り出した上段からの切り落としを槍で払い、その流れで横払いをお返ししたが身を翻し避けられた。
「ちっ、問答無用で最初に射ってればこんなことには!」
「お慈悲を頂き感謝だな! お前、だいぶ余裕がないみたいだけど、そろそろ降参しろよ」
「戯言をっ!」
俺の指摘通り、奴の表情には余裕など全くなく、焦りの表情を浮かべている。
どうやら奴は手詰まりらしいから、今度は俺から攻撃だ。
両手で握った槍を軽く突き出し反応を見る。
奴は槍を体を捻って避けたり、剣で払って弾いたりと、多彩な防御を見せてきた。
だが、それでも何度も連続で突きを行い、徐々にその速度を上げていき顔面へと精度の高い突きを放つと、奴は慌てながら剣で槍を弾く。
一瞬生まれた好機に、力を込めて腹部へと鋭い一撃を放つと、奴は無理やり体を捻らせて槍を避け、後方へと地面で一回転しながら飛び退いた。
「くっ! ここに来て、更に鋭くなるだと!?」
そう言いながら奴は革鎧の下に手を入れる。
何か武器でも出すのかと警戒していると、すぐに手を戻してそこに視線を落とした。
ここからでも分かるほどの出血だ。
有効な一撃が入ったみたいだ。
「ようやく、スキルが体に馴染んできたな。次は確実に当てるぞ?」
スキルは身体能力を向上させたり自動で動きを補助してくれる物だが、何をすれば体がどう動くのかを理解していれば、自分の体を動かしているのだから、その効果は当然上がる。
突き、横薙ぎ、槍を回転させてからの横払い、スキルの恩恵なのだろう頭の中に浮かぶ技を男冒険者に反撃の間もなく繰り出せば、ついに腹を貫く一撃が入った。
「ぐぼぉぁっ……。だ、だから、割に合わないと、言ったの……だ……」
奴はその言葉を最後にがくりと頭を落とすと、膝から崩れ落ちた。
……俺の勝ちだよな?
俺に戦いのセンスが有ったのか、それともこいつがただ単に弱かったのかそれは分からない。
だが、確実に言えることは、戦いの命運を分けたのは、スキル値の差だということだ。
俺のスキルは槍術二(四/六)、盾術二、剣術一だ。
この男冒険者のスキルを予想するに、剣術二とその他に何か持っていたはずだ。
転移スキルで追加したスキルオーブの分俺が上回り、勝利をもたらしたのだろう。
それに、俺が戦いと吸うキルに慣れたと言うのも大きい。
途中から本当に一方的な展開になったからな。
スキル様々だぜ……
男が崩れ落ち自然と体から槍が抜けた。
男の光を失った瞳は生者に真似できるものではない。
もう動き出すことはないだろう。
俺と男冒険者の戦いが終わる頃には、ユフィーの方もかたがついていた。
大の字で地面に倒れる女冒険者から少し離れた場所には、両膝を地面に付けて剣を支えに何とか体を起こしているユフィーがいる。
どんな決着の付き方をしたかは分からないが、最後の一撃を放った後にユフィーが後退して距離を取ったのだろう。
早くユフィーに駆け寄ってやりたいが、その前に女が本当に動けないのか確認したい。
槍を女に向けたまま穂先が届く位置まで近づくと、胸部からじわじわと血液を溢れさせる女冒険者が、何故か穏やかな顔をして空を見つめていた。
ばっさり袈裟斬りされたって感じだ。
……この出血じゃ、こいつももう死ぬな。
「げほっ……何、見てるの、よ……」
「襲いかかってきた馬鹿な女がどうなったのか、確認してるだけだ」
「ふっ、趣味の悪い、男ね……。げふぅ! はぁ、はぁ、この手で殺せなかったのは悔しい」
そう悪態を突く女冒険者の表情は、まるで憑き物が落ちたかのようだった。
「復讐を否定はしねえが、あいつが直接やったんじゃないなら、お門違いってもんだろ……。もう死ぬお前に言っても無駄だろうが諦めろ」
「もう良いわ……。その子は終わりだし……。本当に、くだら……ない…………」
力のない言葉を最後に、女冒険者は魂が抜けたかのように瞳の力を失うと虚空を見つめた。
……はぁ、虚しさしかねえっつうの。
襲いかかってきた相手だが、女だからか少し同情してしまった。
「っと、ユフィー大丈夫かっ!?」
女の死に一瞬感傷的になってしまったが、ユフィーのことを思い出し視線を向けた。
えっ……ぶっ倒れてる?
先程まで剣を支えにしてだが体を起こしていたユフィーが、地面に倒れて動いていない。
まずいと思い、急いで駆け寄ろうと思ったその時だった
「っ!? だ、誰だっ!?」
突如ユフィーがいる方向に人影が見えたと思うと、横たわるユフィーをそいつらが取り囲んだのだった。
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