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20.慮外な戦い

「ふぅ、ふぅ、ふぅ……はぁぁ!」


 森の中に俺の声が響く。

 虚を突いて狙った槍の穂先が、狼の鼻先を切り裂いた。


「ちっ、また避けやがって、こいつ特別に素早くないか!?」

「群れのボスのようです! ダイキ様、油断なさらず!」


 俺は今日三回目の戦いをしていた。

 その中の一匹に、やたらと手強い森狼が混ざっている。

 すでに戦い始めて五分は経っているのだが、まだ俺の槍は急所を捉えきれていない。


「あぁ、もうカウンター狙いだ! ほら、かかってこいよ!」


 腰を落として槍を構え、狼の攻撃を待つ。

 唸り声を上げながら俺の周りを回りだすが、俺もそれに合わせて槍を向ける。

 ようやく痺れを切らしたのか、いきなり駆け出した狼は俺の少し前方で飛び上がると、恐ろしい牙の生えた口を大きく開き、首を狙って飛び込んできた。


「狙いっ、通りっ!」


 作戦は功を奏したようで、突き出した槍が狼の胸部へと深く突き刺さり、もんどりうって地面に落ちた。

 一度致命傷を与えてしまえば、形勢は一方になる。

 最後に逃げ出そうとした狼が反転をした瞬間、その背中に槍を突き出せば、苦痛の叫びを上げながら地面に倒れて動かなくなった。


「はっ、はぁ、運動不足を痛感するぜ……」


 スキルの力で身体が強化されていても、長年怠ってきた運動不足による体力の低下は完全に補えないようだ。

 この世界に来てからは、ほぼ連日ユフィーと楽しい運動会をしてんだけどなあ。

 いや、そのお陰で息が上がる程度で済んでるのか。


 数日前から俺は転移スキルのもう一つの能力である、他者からのスキル転移を行い、ユフィーが使ったスキルオーブの内容を、俺の中に取り込むことで、槍術はもう少しでスキル三が見えてきている。

 もうひと頑張りして三を目指したいところなのだが、、剣術同様にスキルオーブが枯渇してしまった。

 毎日二回は頑張ってたからね。

 やり過ぎて最近はちょっだるいぐらいだし。


 だから、スキル上げは一時的に休みにして、稼ぎのついでに俺がスキルに慣れるのと、転移スキルによって上昇している分数分の数値が、実戦に影響を与えるのかを実験しているのだ。

 ユフィーの話によると本来であればスキル値は一、二、三と整数しかないらしく、俺らみたいに分数なんて物は存在していないっていうからね。

 それに、この数値が戦いの経験により成長するのかも知りたい。

 そんな訳で俺がずっと戦っているのだが、まだ試し始めて二日目だし成果は現れていない。

 そう簡単にはいかないよな。


 そう、スキル値が二になったんだけど、これは俺に結構な変化をもたらした。

 一の時は正直なにも変化を感じなかった。

 だが、二になると最初は分からなかったが、体を動かすといつもより力強く感じるし、素早い動きが出来るようになり、自分の体変わったと実感できたのだ。


 変化は身体能力の強化だけではない。

 例えば、槍術スキルが一の時に槍を突き出すと、早く正確に突ける動きを最初から知っているみたいな感覚で体を動かせたものが、二になるとそれの精度がもっと上がり、更には勝手に体が動いて捻りまで加えられて、より威力が増すみたいなことになるのだ。

 最初はもちろんびびったが、これにはすぐに慣れた。

 体が勝手に動くけど、それは外部から体を動かされてる感覚ではなく、反射的に体が反応したみたいなものだから、何の違和感もなくなったんだよね。

 考えるだけ無駄なんだろうけど、まじでスキルって何なんだよ。


 武器防具も一通り揃えている。

 武器は何の木か分からない木製の柄に、鉄の穂先を付けた槍だ。

 使われてる金属料が少ないため、鉄製でも金貨に届かない程度で買えた。

 防具の方はユフィーと同じ首の部分から体を通す、シンプルな革鎧だ。

 本当は黒狼とかいう狼の素材を使った漆黒の革鎧が、性能的に一段階高く、俺の中の中二の血を刺激して欲しかったが、残念ながら予算がなくて諦めた。

 稼いだ金の大半はスキルオーブの購入に当ててたから、金が全くたまらなかったんだよな。

 それ以外にも生活用品を揃えてるし、この前は石鹸を買ったから金を結構使ってしまった。

 この世界の石鹸て、それなりにするんだよね。

 安物だと悪臭を放つ物とかがあるらしいから、奮発しちゃったよ。

 水洗いだけの生活から卒業できたし、ユフィーが超良い香りを放つようになったから、金をかけてもなんの後悔もしてない。

 うなじに顔を埋めてるだけで、一日が終わるレベルだからねあれは。


 倒れた狼を前にして、ここ数日のことを考えていると、ユフィーがこちらに駆け寄ってきた。


「かなり手強い相手でしたね。私でも苦労したかも知れません」

「何だ? 持ち上げてくれるな。気分が良いから、王都に戻ったら甘い物でも食べに行くか」

「っ! 私、先日食べたタルトが良――きゃっ!!」


 いきなり俺の目の前にいたユフィーが、横から殴られたように倒れた。


「っ!? ゴブリンか!?」


 突然の出来事に驚きふためきながらも周囲を見回したが、それらしき者はいない。

 ゴブリンが投石でもしてきたのかと思ったが、奴らならば当たった時点で声を上げるから分かるはずだ。

 俺は倒れたユフィーに駆けより、彼女の状態を確かめる。


「ユフィー、大丈夫っ!?」

「は、はい……。ダイキ、様……気を付けて……」

「んっ? これはッ!?」


 地面に倒れる彼女の腕には深々と矢が刺さっていた。

 余程の激痛なのか立ち上がれず、腕を押さえて痛みに耐えている。


 明らかに何者かの攻撃。

 次は俺に向けて矢が放たれるかもしれない。

 どこからだ!?

 押しつぶされうような緊張感に包まれながら周囲を警戒していると、後方から声が聞こえた。


「お兄さん、本当は戦えたんだ? しかも、あんな狼を独りで殺すなんて驚きね」


 この場にはそぐわない落ち着いた声色の持ち主が、がさそごと音を鳴らしながら姿を見せる。

 先日出会った女冒険者だ。

 姿を表したのは彼女だけではない。

 先日一緒にいた男が茂みを掻き分けこちらに姿を見せると、更にその後方には矢をつがえた弓をこちらに向ける獣人の姿も見える。


「……お前らが撃ったのか? 誤射は困るんだが」

「ふふ、誤射なわけないでしょ? 悪いけど、その子から離れてくれる?」

「素直に応じると思うのか?」

「言うことを聞いてくれれば、お兄さんは逃げてもいいけど?」

「……金なら全部出すから、それで見逃してくれ」

「ん~、こんな場所で狩りをしてる人のお金は要らないかなぁ」

「目的はなんだ……」

「分からないの? その子に死んでもらいたいの」


 死という言葉を口にすると、にこやかな表情を浮かべていた女冒険者の顔が、何の感情も感じさせない冷たい物に変わった。

 ユフィーの死が目的?

 意味が分からん。


「お兄さん分からないの? その子はアディキルトン家の娘。あの、アディキルトン家のね」

「……あいにくと俺はその辺の事情に疎くてな。名前は知ってるが、彼女の家がどんなものなのかは知らない」

「あぁ、だからその子を買えたんだ? もしかしてお兄さんって、この国の人間じゃないの?」

「さあな、どうでもいいだろ」


 俺の舐めた返事に、女冒険者は冗談めいた驚きの顔を見せる。

 絶対的有利に立っていると確信している態度だ。

 その余裕がムカつく。


「それで? アディキルトンが何をしたっていうんだ?」

「アディキルトン家はね、私の弟を殺したんだよ。それも惨たらしくね」


 女冒険者が吐き捨てる様にそう言った。

 こいつはこの国の人間だろうから、家族が兵士として戦ったってことか?


「……戦争してたんだろ? だったらそれはお互い様だろ」

「違うよ! そいつらは国が滅んだのに、その後も戦い続けて私の弟を殺したんだよ!」

「お前たちが終わったと思ってただけだろ」


 俺の言葉に女冒険者は狼狽えた。


「っ!? お、弟は戦争が終わったら、結婚する予定だったんだよ!? それを、あんな……」

「知るかそんなもん。人の国を滅ぼしといて、都合の良いことを言ってんじゃねえ」

「お、お前……っ!?」


 良いぞ、俺の方へと女冒険者の意識が向いてきた。

 だから、その殺意をユフィーに向けるな。


「ふー、駄目ね、落ち着かないと。分かったでしょ? 私はその子に復讐がしたいの。ゆーっくりと痛めつけて、最後には弟と同じ様に尻の穴から杭で貫いて口まで貫通させてあげるの。ね? お願いだから邪魔をしないでくれない?」


 ……おい、ユフィーの家は何してんだよ。


「……こいつに罪はないだろ。むしろ、俺のような男に買われて、可愛そうだと思うぞ?」

「はっ! アンタにはそいつが不幸せそうに見えてるの? そいつが笑ってるなんて、そんなことは許せないよ……。警告はこれが最後、その子のことは忘れてこの場から去りなさい」

「そうか……分かった。どうしても無理か……。なら、俺も覚悟を決めるわ」


 こいつにユフィーを見逃すという考えはないらしい。

 仇だか何だか知らねえが、俺からユフィーを奪うつもりなら……やることは一つだ。


 俺はスキルを発動させ、弓をこちらに構えている獣人の背後に転移した。

 獣人は頭を振って俺の居場所を探しているが、こちらには全く気づいていない。


「なっ!? き、消えただと!?」

「悪いな、死んでくれ」


 槍を突き出し獣人の背後から胸を深く貫いた。

 穂先が柔らかい肉を引き裂き骨の間を通り、そこにある臓器に達した感覚を伝えてくれる。

 槍を引き抜くと切り口から大量の血液が吹き出し、獣人の茶色い毛を真っ赤に染め上げる。

 生暖かい血液が俺にも降り注いだ。

やる気に繋がりますので、是非お気に入り登録と評価を頂ければと思います。

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