12.初冒険は血の匂い
森にやってきた俺たちは、依頼の品を探すべく奥へと進んでいた。
「意外と普通の森……だな? あの依頼にあった草は何だっけ?」
「朝陽草ですか?」
「そうそう、それってどんな形してるんだ?」
「朝陽草は、小さい葉をたくさん付けた、この様な形の草です」
ユフィーが手を使って草の形を教えてくれる。
正直よく分からんが、仕草が可愛いからなんでもいいです。
一応特徴を聞いたので周囲を見渡してみても、それらしき草はない。
「ん~、この辺りにある気配がないな。もう少し奥へ入ってみるか?」
「そうですね。まだ外周に近いので、取り尽くされているのかもしれません」
周囲には日本にあったような雑草しか見当たらない。
この様子じゃいくら探しても見つからなさそうだ。
もうちょい奥に入ってみるかな。
森に入って三〇分ほど経っただろうか?
これまで見つけられた朝陽草は一本もない。
本当にこの森に自生しているのかと、疑問に思っていたその時だった。
「ッ!? あれは……」
突然、ユフィーが俺の腕を掴み、その場に座るよう促してきた。
「ダイキ様、あちらを」
そう言われて彼女の視線を追ってみれば、そこには子供のような体躯をした二足歩行の生物が複数で固まり、一方を向いて木の棒やら石を構えている姿があった。
「ゴブリンおった……。絶対にあれゴブリンだろ。だって、緑っぽいし」
「それだけではありません。対峙しているのはどうやら森狼のようです」
ゴブリンが向いている方向には、ユフィーが言った通りこちらも数頭の狼? の姿が見える。
俺の中の狼って、シベリアンハスキーみたいなイメージがあったんだけど、本物は俊敏そうな細身の体付きと鋭い目つきが如何にも野生って感じがしておっかない。
双方を見た感じだと、ゴブリンの方が多いみたいだな。
「ダイキ様、幸運です。戦いが終わり次第、残りを私が片付けます」
「は? ……なんで君はそんなに好戦的なの? 確かに戦い出しそうだけど、どんだけ残るか分からんのだぞ? それにもしあいつらが戦ってる途中でこっちに来たらどうすんだ?」
「しかし、私には今スキルがあるのです!」
「なあ、ユフィーさんよ、もしかして君はスキルを試したくて仕方がないのか?」
「…………はい」
今までの立ち振舞からしっかりとしてる子だと思っていたが、中身は結構ガキかもしれん。
まあ、年齢的に考えたらおかしくないのか。
「真面目に答えろよ? 勝算があって言ってるんだろうな?」
「はい。剣術スキルが二もあれば、戦い疲労した相手であれば、まず問題ありません」
言ってることはやばいけど、彼女の目は冷静その物だ。
「はぁ……仕方がねえな。じゃあ、ユフィーに任せるわ。ただ、俺の状況を理解しろよ? こっちは武器防具がなけりゃ戦闘スキルも何もねえんだ。見た感じゴブリンの一匹ぐらいは素手でも勝てそうだけど、狼相手はまず勝てる気がしねえんだから、絶対に俺を守ってくれよ?」
「私の命に代えても!」
情けないが、ユフィーに任せるしかない。
危険は承知だけど、俺もこの状況はオイシイんだろうなって実際思っちまったんだもん。
威勢のよいユフィーがゴブリンたちに近づき、そこで身を潜めるとすぐに戦いが始まった。
まず仕掛けたのは狼で、先頭にいたゴブリンの喉元に牙を立てる。
それを見てたじろいだ別のゴブリンは、二頭の狼に挟まれて手足を噛まれ宙に浮く。
それをどうするのかと思っていたら、狼が首を捻ると手足がちぎれた。
……うわぁ、えぐぅ。
ゴブリンが脆いんか!?
それともあの狼がやばいんか!?
体格的にそうなると思っていたが、ゴブリンが劣勢のようだ。
でも、ゴブリンも負けてはいなかった。
数的有利を利用して、狼を取り囲むと一斉に襲いかかる。
そして、目や口や鼻や局部などの急所だろう部分を狙って攻撃を加える。
少しすれば両目と肛門から木の棒を生やした狼の出来上がりだ。
こっちもえぐいっての!
戦いは膠着なんて全くない血みどろの殺し合いだ。
止まることのない戦いの決着はすぐに付き、勝者の狼を二頭残して静寂が訪れる。
だがそれも、しばしのこと。
「はあぁぁぁっ!!」
気合の声と共に一閃。
草陰から飛び出したユフィーが、上段からの切り落としで狼の首を切断すると、その勢いのまま横に払い、即座に反撃を仕掛けてきた狼を返り討ちにする。
彼女は周囲に視線を送り、動きがないことを確認すると剣を下ろして口元を緩めた。
……ニンマリとするんじゃねえ。
「嬉しそうだな」
「はっ!? すみません……。でも、不意を突いたとは言え、私が狼を一瞬で倒せたのです!」
もう安全そうなので近づいて声をかけたのだが、最初は反省顔をしたと言うのに、すぐに興奮気味の表情に変えた。
どんだけ嬉しかったんだよ。
「楽しそうで何よりだよ。で、この死体だが、えっと……ゴブリンが一二に、狼が五か。これ報酬がもらえるんだよな? 捌くの?」
「はい、報酬が出ます! ゴブリンは耳を落とします! 森狼は皮が売れますが、お肉も売れます! でも、五頭は持って帰れませんね……。そうだ、三頭の皮を剥いで、二頭は背負って帰りましょう!」
ユフィーのテンションが高すぎる。
戦ってアドレナリンでも出まくってるのか?
キャピキャピすぎて眩しいぞ。
てか、耳を落とすとか皮を剥ぐとか、またエグいんだって……
結局、森を出られたのは空が赤くなった頃だった。
「はぁ、はぁ、はぁ、ユ、ユフィー、きゅ、休憩だ……」
背負っていた狼とゴブリンの耳が詰まった袋を下ろし、俺はその場に倒れ込んで天を仰ぐ。
「ダイキ様、大丈夫ですか!?」
「はぁ、はぁ、少し休めば行けるよ……」
「王都まで後少しですから、荷物を置いて先に向かってください。私が往復しますから」
「いや、荷物持ちぐらいするっての。しっかし、ユフィーは元気だな……」
「スキルが有るのですから当然――そうでした、説明がいりますね。スキルを保持していると身体能力の向上もあるのです。ですから、私にはまだ余裕があるのです」
「そういうことかぁ……。おかしいと思ったんだよな。こんなクソ重い狼をその体で持ち上げてるのにビビったし」
俺がここまで背負ってきた狼は、軽く二〇キロ以上はあるだろう。
それを森からここまで数キロ背負って歩いてきた。
これでも内臓を抜いているので大分軽くはなっているのだが、それでも大の大人が背負わないと持ち歩けないほどのに重いんだから、華奢で一五〇あるかないかぐらいのユフィーが普通に持ち上げていることには違和感しかなかった。
スキルすごすぎね?
落日間近の王都に入る人は少ないのか、城門に着くとそれほど待たずに順番になる。
入るにあたって何を見られるのかと思っていたら、右手を出せと言われた。
まさか、ギルドの印が証明代わりになるとはね……
見慣れた光景なのか、狼の死骸を背負っている俺たちを門番はすぐに入れてくれた。
俺が死にそうな顔をしていたから、気を利かせてくれたのかもしれない。
前の人はもう少し話を聞かれていたし。
疲れすぎて半分死人のような歩みになりながら、ようやく冒険者ギルドに着いた。
俺はもうだめだ。
ここに座って後はユフィーに任せよう。
全てを放棄して机に突っ伏しているとユフィーが帰ってきた。
「ダイキ様、報酬は銀貨九枚と銅貨六枚になりました」
顔を上げるとユフィーが満面の笑顔だ。
まだ直感的に金の価値が分からないが、結構な儲けになったんじゃないか?
「そうか。じゃあ、宿に帰ろう」
休んだことで、疲労がどっと押し寄せてきている体を無理やり立たせギルドを出る。
おじさんもう疲れたから早く帰りたいよ。
途中でユフィーがこの格好のままではまずいのでは、と提案してきたので、ギルドの近くで服を買い、そこで着替えさせてもらった。
ユフィーは血みどろの白いワンピースから、紫色のシャツに同色のズボンと質素な格好に、俺は黒に染色された同じくシャツにズボンと、ちょっとだけデザインが違う値段が高いものだ。
着替えも買ったので速攻で帰る。
宿に戻る前にもう一つ城門を通った時には結構な尋問をされたが、こっちは貴族街みたいなものらしいから仕方がないだろう。
宿に戻った俺はそのまま体をベッドに投げ出す。
ちゃんと清掃が済んでいるのか、顔をつけているシーツからは太陽の匂いがした。
やばい、疲れすぎて寝そうだ……
だが、このまま寝るのは、汗をかきまくったので気持ちが悪い。
「ユフィー、お湯沸かして」
「はい、今すぐ」
言えばやってくれる存在がいることがありがたすぎるよ……
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