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【改訂版】3話


 それから数年、私もデビュタントを迎え縁談が舞い込むような年になったある日のことだった。久しく会っていなかった殿下からお呼び出しを受け、王城に来た。

 あの薔薇園で殿下は待っていた。


「久しぶりルイーズ」

「ご無沙汰しております。お元気そうで何よりでございます、殿下」

「デビュタントおめでとう。少し見ないうちに綺麗になったね」

「ありがとうございます」


 軽く挨拶を交わし、向き合うように席に座る。

 殿下と初めてのふたりきりだ。


「早速で悪いが本題に入りたい」

「はい」

「ルイーズ、私と婚約する気はあるか?」


 カチャリと思わず手元で音を立ててしまうくらい、私は動揺した。そうだ、私に縁談がくるくらいなのだから、殿下などそれ以上に話はくるであろうし、既に居てもおかしくはないのだ。そして婚約者が居ないからデビュタントを迎えた私に話がきた。珍しくもない良くある話だ。

 けれど、殿下にはずっと、アンジェリカ様を想っていてほしかった。そんなこと、私のただのわがままだと知っていながらそう思ってしまった。


「私は、誰とも結婚する気はありません」

「そう、だから君を選んだんだ。お互い、毎日飽きずに送られる縁談にはうんざりだろう?」


 君なら家柄も合うし、淑女として見た目も素養も悪くない。それに、気持ちを分け合えるのは僕には君だけだ。同じ人を想う僕たちが寄り添うことで周りからの声をなくせばいい。そう疲れた顔をして自嘲めいた笑いをする殿下に私はすぐに頷いた。

 殿下の提案は私には願ってもいないことだった。元より私は自分の女性という性に疎く、結婚や恋愛など望んだことはなかったのだから。私との婚約で殿下が助かるのならと思った。


「ただし、条件を」

「条件?」

「殿下がもし、次に愛する人が出来たのならこの婚約はすぐに白紙に戻します」

「それならその時は私が婚約破棄したとして処理しよう。そんな日、来ないだろうけれど……」


 アンジェリカ様をずっと想っていてほしい。この思いに嘘はない。けれど、私たちは今を生きている。だから殿下には幸せになってほしい。そう思っての提案だった。

 殿下が婚約破棄と言い出した時は驚いたけれど。

 婚約を解消された女性は煙たがられる風潮があるこの世界で少しでも私が嫌な思いをしないようにという殿下の気遣いであった。男性が有責での婚約破棄は女性へ同情を寄せる。だから殿下は解消ではなく破棄という言葉を選んだのだ。


「ルイーズ、いつかその日が来るまで僕の騎士となり、僕を支えてくれ」

「謹んでお受けいたします」


 私は殿下の心を守る騎士になった。

 殿下の婚約者として恥ずかしくないように今まで以上に淑女として殿下に相応しくなるためにマナーを磨き、下に見られることのないように見た目を気をつけ、隙を与えないために振る舞いを見直し、夜会やお茶会で無礼がないように流行りについていけるように情報を集めた。

 殿下に敵意を向ける者の顔と名前を覚え、また殿下の力になりそうな者へは積極的に声をかけ、殿下と結びつけた。

 闇雲に騎士を目指していた時と、少し武器が変わるだけだ。

 ついに私は淑女の鏡と言われるほどになった。


 そうして今、私はその役目を終えようとしている。




「僕は、きっとこれからもアンジェリカを忘れることはない。……それでもこの先生きていくなら彼女と生きていきたい。そう思える人が、出来たんだ」

「お相手を、聞いても良いでしょうか」

「宰相の親戚の者で伯爵家の次女のレティシアだよ。君とも確か面識があったと思う」


 レティシア、それがクロヴィスが愛した人の名前。

 伯爵家のレティシアといえば、ルイーズはデビュタントの時に少しだけ話をしたことがあった。とても可愛らしい女性で、恥ずかしそうに頬を染め柔らかな声で笑う人だったのを思い出した。


「お似合いだと思います」


 どうしてか素直にそう思えた。

 アンジェリカ様と同じような方ならここまで素直に思えなかっただろう。だってそれはアンジェリカ様にもその方にも失礼だ。1度しか会ったことはないがルイーズの知るかぎり、2人が重なるようなところはない。

 アンジェリカ様の代わりとしてその人をあいした訳では無いことに、ルイーズは安堵した。きっとレティシアとクロヴィスは幸せになれる。そう思った。

 欠けたままの心を、レティシアはそのまま声と同じ柔らかな愛で包んでくれるのだろう。


「殿下がそのような方と出会えたこと、心よりお慶び申し上げます」

「ありがとう、ルイーズ」


 そう告げる殿下の顔はあの頃のように幸せそうだった。

 その顔を見られただけで、私も嬉しくなって思わず笑うと、殿下は私に近づき優しく私を抱きしめた。


「で、殿下……!?」

「ルイーズ、僕の最愛の親友で最高の騎士。どうか君にも大きな幸せが訪れることを願っているよ」


 耳元で囁かれたそれは何よりの誉であった。

 暫くすると殿下は離れ、また私と目を合わせた。そうして真剣な眼差しで私に告げるのだ。


「ルイーズ。僕たちの婚約を、破棄しよう」

「はい。謹んでお受けいたします」


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