いち
最近流行りの婚約破棄もの書いてみた
「愛する人が出来たんだ。ルイーズ、今夜君との婚約を破棄するよ」
午後を過ぎた暖かな日差しが注ぐ美しい薔薇園でその言葉は紡がれた。
「それは、本当ですか……殿下」
今日も変わらず週に1度の殿下とのお茶会で聞いたそれをルイーズは理解するのに時間がかかった。
ルイーズと殿下……クロヴィスは所謂幼なじみというものだった。共に学び共に遊び共に競い合った。その懐かしい日々をルイーズは思い出していた。
このお茶会の場の薔薇園は特に思い出深い場所だった。ルイーズとクロヴィス、そしてもう1人の幼なじみと初めて出会ったのがこの薔薇園だ。子供にはつまらないお茶会を抜け出して中庭を探索したり、騎士団の訓練場に忍び込んで木剣を触ってみたり、城内で隠れんぼをしたり。
「ルイーズ、君には感謝している。これまで僕の心の支えだった。それは疑いようがない事実だ」
「殿下……」
ルイーズは零れ落ちそうな涙をグッと堪え、クロヴィスの顔を見る。いつもと変わらぬ優しい瞳がルイーズを見ていた。
「ルイーズ、私の誇り高き騎士。君のおかげで僕は今日この日まで守られてきた」
「私は、もう必要ないのですね……」
私は、あの日のことを忘れたことはない。
「どうして……どうして女は騎士になれないのですか……!」
「傷がついては嫁ぐ際に困るからですよお嬢様」
「ならば私は一生誰にも嫁ぎません!!」
ずっと憧れていた騎士に性別が女だからなれないと知ってこれでもかというほど泣いた幼いあの頃。無茶苦茶な駄々をこねて侍女や家族を困らせた。
兄は現役で騎士団に所属をし、父もまた騎士団に所属した経験を持ち、他の役職についた今でもたまに訓練所を訪れる。それにたまに我儘を言ってついて行った。普段穏やかな2人が剣を振る姿は幼い私には何よりもかっこよく見えた。
「お兄様!お兄様はどうして騎士になったの?」
「それはね、大切な人を守るためだよ」
そう語る兄はきらきらと眩く輝いていた。
誰かを守る背中に憧れた。
私も騎士になって誰かを守るのだとそう決めた。でも、それは叶わぬ夢でしかなかった。
眉を下げて私を慰めようとする侍女にすがりついて何時間も泣いた。お茶会に泣き腫らした目で出ると、殿下ともう1人の幼なじみ、アンジェリカ様が心配そうに私に駆け寄った。2人より年下な私はいつも妹のように可愛がられてきた。私は幼なじみに格好悪い姿を見せまいと泣くことを耐え理由を話した。
「それは辛かったわね」
「でも、法律で決まっているんだ。諦めるしか……」
「クロヴィス様!」
「うっ……ごめんルイーズ」
殿下はこの頃、空気を読まずに思ったことを素直に言ってしまう方で、よくアンジェリカ様に怒られていた。
殿下を叱ったアンジェリカ様は私の手をとって優しい眼差しで私を見つめた。
「ねぇ、ルイーズ!こういうのはどうかしら」
「なあに?」
「将来、私の騎士になるの!」
「でも、クロヴィス様もなれないって……」
「だから、私たちが法律を変えてしまえばいいわ!」
「そんな無茶な……ごめん」
アンジェリカ様の鋭い視線に気づいた殿下は言葉を言い切る前に謝った。幼い頃から私たちの力関係はずっとアンジェリカ様が1番上だった。
「女性の護衛騎士になら女性でもなれるようにすればいいのよ!」
「……確かに、女性しか入れないところでも、女性騎士がいれば一緒についていけるから安心かも」
その提案には流石の殿下も一理あると賛同した。私には思いつきもしなかったことだった。
「約束しましょ!私とクロヴィス様が結婚したら、貴女は私の騎士になるの!」
「……うん!私、アンジェリカ様の騎士になる!」
「約束よ!」
この頃、殿下はアンジェリカ様との婚約が内定していた。だから、私は護衛騎士になればずっと3人でいられると思っていた。
そんな未来はある事件によって永久に叶わないものになった。
「アンジェリカ様が、亡くなった……?」
アンジェリカ様が亡くなったのはあの約束をしてから4年ほど経ったべたべたとした空気が肌にまとわりつく暑い日だった。
それは耳を疑いたくなるような現実だった。
嵐で倒壊した地域への慰問から帰る道中のこと、見た目では分からなかったぬかるみに車輪が嵌り滑り落ちるように崖へと馬車ごと投げ出され、乗っていた者は運良く生き延びたのは侍女だけだった。
咄嗟に隣にいた侍女を守るようにアンジェリカ様は動いたのだとか。本当は私が守らなければならなかったのに……!と嘆く侍女を誰が責められようか。
守るべき人に守られ生き残ってしまった絶望。それはきっと計り知れないだろう。だけど、それでも
「私が、私がお守りすると誓ったのです……。必ずアンジェリカ様の騎士になると、そう約束したのに……!!」
私が守りたい人はもうこの世にはいない。
アンジェリカ様の葬式は盛大に行われた。人望の厚かったアンジェリカ様を偲ぶ人は多かった。声を上げて泣く者もいた。
それをぼぅっと遠くから眺めている私の手を殿下が痛いくらいに握る。
殿下は涙を見せなかったが、その目は赤く潤んでいた。花に囲まれて土に埋められていくアンジェリカ様を一時も見逃しはしないとずっと瞬きもせずに見つめる殿下の手を私も強く握り返した。
その日から、私と殿下は繋いでいたものがちぎれたように、自然と疎遠になっていった。
それから数年、私にも縁談が舞い込むような年になったある日のことだった。久しく会っていなかった殿下からお呼び出しを受け、王城に来た。
あの薔薇園で殿下は待っていた。
「久しぶりルイーズ」
「お久しぶりです、殿下」
向き合うように席に座る。
「早速で悪いが本題に入りたい」
「はい」
「ルイーズ、私と婚約する気はあるか?」
カチャリと思わず手元で音を立ててしまうくらい、私は動揺した。そうだ、私に縁談がくるくらいなのだから、殿下などそれ以上に話はくるであろうし、既に居てもおかしくはないのだ。
けれど、殿下にはずっと、アンジェリカ様を想っていてほしかった。
「私は、誰とも結婚する気はありません」
「そう、だから君を選んだんだ。お互い、毎日飽きずに送られる縁談にはうんざりだろう?」
だから、同じ人を想う私たちが寄り添うことで周りからの声をなくせばいい。そう疲れた顔をした殿下に私はすぐに頷いた。
殿下の提案は私には願ってもいないことでした。元より私は自分の女性という性に疎く、結婚など望んだことはなかったのだから。私との婚約で殿下が助かるのならと思った。
「ただし、条件を」
「条件?」
「殿下がもし、次に愛する人が出来たのならこの婚約はすぐに白紙に戻します」
「それならその時は私が婚約破棄したとして処理しよう。そんな日、来ないだろうけれど……」
アンジェリカ様をずっと想っていてほしい。この思いに嘘はない。けれど、私たちは今を生きている。だから殿下には幸せになってほしい。そう思っての提案だった。
殿下が婚約破棄と言い出した時は驚いたけれど。
婚約を解消された女性は煙たがられる風潮があるこの世界で少しでも私が嫌な思いをしないようにという殿下の気遣いであった。男性が有責での婚約破棄は女性へ同情を寄せる。だから殿下は解消ではなく破棄という言葉を選んだのだ。
「ルイーズ、いつかその日が来るまで僕の騎士になってくれ」
「謹んでお受けいたします」
私は殿下の心を守る騎士になった。
そうして今、その任期を終えようとしている。
「僕は、きっとこれからもアンジェリカを忘れることはない。……それでもこの先生きていくなら彼女と生きていきたい。そう思える人が、出来たんだ」
「お喜び申し上げます」
「ありがとう、ルイーズ」
そう告げる殿下の顔はあの頃のように幸せそうだった。
その顔を見られただけで、私も嬉しくなって思わず笑うと、殿下は私に近づき優しく私を抱きしめた。
「ルイーズ、僕の最愛の親友で最高の騎士。どうか君にも大きな幸せが訪れることを願っているよ」
耳元で囁かれたそれは何よりの誉であった。
暫くすると殿下は離れ、また私と目を合わせた。そうして真剣な眼差しで私に告げるのだ。
「婚約を、破棄しよう」
「……はい。謹んでお受けいたします」
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