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お兄ちゃんと私

作者: 大島徹也

初めて書いた短編です。面白いと感じる人がいることを祈ります。

私は昔から両親とそりが合わず、大学進学と同時に実家を出た。

それなりに反対もされたので、独り暮らしの条件の一つが学費以外の生活費は自分で工面するということだった。


最初の一年間は高校時代にバイトで貯めたお金と、大学の近くで始めた居酒屋のアルバイトでなんとかしていた。

ただ、都会で暮らすには居酒屋でのアルバイトでは不充分だったので、二回生になる頃貯金は底をつきかけていた。少し浪費癖があったんだと思う。


きっかけは同級生の女の子がすすめてきたからとか、そんな感じだったと思う。簡単に稼げるからと。


私は安易な気持ちでキャバ嬢になった。


そこから大学四年生までの二年間、キャバクラで働いていたんだけど、そこで出会ったおじさんの話。



私がキャバクラで働きだして三カ月くらいたった頃、確か土曜日の夜にお客さんとして来たおじさんと初めて会った。


指名せずに来店したおじさんの席に最初に着くように言われたのが私だった。

おじさんはヨレヨレのグレーのジャケットにスラックスで、髪の毛は長めだったけど、頭頂部は少し過疎化していたし、脂ぎっていた。あと眼鏡が曇っていた。甘酸っぱい匂いがした。


「僕はこの店初めて来たんだけど、君はとても可愛いね。ハアハアしたい。」

どうにか気に入られて指名客に繋げたいとか、そういう気持ちが吹き飛ぶ音が聞こえた。


「私なんて全然ですから、このお店にはもっと素敵な女の子がいますよ。」そう言ってから私はおじさんに焼酎の水割りを作って、スカートの裾を正すタイミングで拳二つ分の距離をとる。


「ちょっと悪いんだけど、ボーイさんを呼んでくれるかい?」


もしかしたら私のナチュラルディスタンスを見破られて、気分を害してしまったのかも。まあそれはそれでと、お願いしますと言ってスタッフを呼ぶ。


「この子指名で、あとラストまでいるから。頼むよ。」


私はこのおじさんを甘く見ていたようだった。


「お願いがあるんだけど、今から僕のことはお兄ちゃんと呼んでね。」おじさんの曇った眼鏡のレンズが一瞬光って見えた。


もう覚悟を決めて閉店までなんとか乗り切るしかない。

どこから来られたんですか?とか、お仕事の帰りに寄ってくれたんですか?とか、無難な会話でやり過ごすことにする。


おじさんが私の質問に答える。無職だと。何なんだよこのおじさんじゃなくて、お兄ちゃん。

だから仕事帰りじゃないんだ、家から真っ直ぐこの店に来たんだと。


甘酸っぱい臭いが強くなったような気がした。そこで私がさっき開けた距離を、いつの間にか潰されていることに気づく。

そう、おじさんも距離の支配者、サイレントディスタンスの使い手だった。


もう開き直って稼ぐしかないと心に決めた。

「私も一杯飲ませて貰っても良いですか?」


おじさんは身体全体をこちらに向け、ジャケットを脱いで中に着ていたTシャツに書いてある文字を指さして、フンフン鼻息を荒立てる。


「それは駄目。」

Tシャツの文字は自宅警備員と書いてある。

「だってオイラ無職だから。」

それは元彼に言われた愛してるなんかよりも、ずっと説得力のある言葉だった。急に変えてきた一人称にも反応出来なかった。


私は大学の友人達に、いつもニコニコしていて穏やかな性格してるねと言われる。平和主義者だと自分でも思う。

でも今なら誰かが誰かに抱く殺意について、初めて理解出来たような気がする。戦争が無くならないわけだ。



「そんなことより、君とはlikeとloveの違いについて語りたいと思うんだけど。」

私の目を真っ直ぐ見据えて頭の悪い女子高生が言いそうなことを言ってきた。


「難しい話ですね、どちらも好意があるとして、例えば恋人としては良いけど結婚は考えられないってのがlikeになるのかな。」

オイラも今後一生しないであろうテーマで会話することに頭がおかしくなってきた。



「君は何をいってるんだ?ナンセンスだ。」

おじさんは大きく首を振って否定する。その時おじさんの脂ぎった少し長い髪が揺れる。


「じゃあ、おじさんはどういう意見をお持ちなんですか?」

思わず苛立ってムキになってしまった。


「まず、おじさんじゃなくて、お兄ちゃんね。」

浮気がバレた時の元彼よりも優しいトーンで諭された。あれ?なんで私元彼と比べちゃうんだろう?


「オイラの見解だと、likeは人以外を対象にする場合に使うんだ。ジュテームは愛してるだ。」また鼻息をフンフンしながらよく解らないことを言った。


「まあその話はこれくらいでいいや。それより、オイラお酒飲めないんだけど。」お兄ちゃんは私が作った水割りのグラスを指で軽く弾いてみせた。


そういえばおじさんはグラスに手をつけてなかった。



「すみません、勝手に作ってしまって。ソフトドリンクでよろしいですか?何にしましょう?」慌ててメニュー表のソフトドリンク一覧のところをお兄ちゃんに見せる。


「オイラ、ライフガードが飲みたい。」

さっさと出せという傲慢な態度だった。


もうなんかいろいろ限界だった。

だけど私もプロのキャバ嬢だ。出来る限りのことはしないと。

「すみません、ライフガードは置いてないんです。ミロじゃ駄目ですか?」

うちの店にはなぜかミロが常備してある。



「えっ!ミロあるの?早く言ってよ。ミロあるならそれで良いよ。」

少年のように無邪気にはしゃぐお兄ちゃんがそこにいた。



それからラストまで二人でミロを飲みながら、まともに噛み合わない会話をした。



これがお兄ちゃんと私の出会いだった。










真面目に読んだ人に申し訳ない気持ちはある。

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