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第4話 どうしてこうなった

短めです。

(どうしてこうなった……)


 熱いシャワーを頭からかぶりながら、京介は途方に暮れていた。


 右膝がどくどくと痛む。血はまだ止まらない。


 しかし、怪我のわりにたいして気にならないのは、ここが他人の家の浴室で緊張しているからだろう。

 高そうなシャンプーやボディーソープ、洗顔ホォームにT字カミソリ。女性の美の裏側を覗き見ているようで、恥ずかしいやら申し訳ないやら、京介は複雑な心境だった。


「藤村ーっ」

「は、はい!」


 不意にすりガラスの向こうから声を掛けられ、京介の背筋はこれ以上ないほど伸びた。


「ちょ、何で敬語なの」

「あ、いや、他意はない」

「……まあいいけど、私のお古のジャージと絆創膏置いとくから使ってね」


 綾乃は「ごゆっくり」と脱衣所から出て行った。


 ここは、学校から徒歩十分ほどの道沿いに立つマンションの一室。綾乃が暮らす場所。


 学校を出た京介は、校門を抜けて数分もしないうちに、濡れた桜の花びらに滑って盛大に転倒した。

 制服の上着は泥水まみれ。ズボンは右膝の部分が破れ、しばらくは治りそうもない傷ができていた。


『うち、すぐそこだから手当てして行きなよ! ついでに洗濯も、ドライヤーで乾かせばいいし!』


 その提案に、京介は相当迷ったが最後は首を縦に振った。


 家までそう遠い距離ではないが、服の前半分を泥で汚して、膝から血を流して、自分は高校生にもなって前のめりに転びましたと宣伝しながら帰る勇気がなかった。何より、彼女の本気の心配を振り払うのは気が引ける。


(男を簡単に家にあげるのはどうかと思うけど……。いや、陽キャってそういうもんなのか?)


 あれだけ美人なのだ。彼氏の一人くらいいたとしても不思議ではない。

 異性への耐性は、自分よりも数倍高いだろう。


(ていうか、こういうのって普通逆だよな)


 バスタオルで身体を拭きながら、京介はため息を漏らした。

 怪我をして一人暮らしの同級生の家へ。漫画や小説ではありがちな展開だが、多くは男が世話を焼く方で、洗濯されるのも服を借りるのもヒロインの方だろう。


 あまりの情けなさに若干の頭痛を覚えながら、彼女のジャージに手を伸ばす。

 広げてみると、胸のあたりには大きく「6年2組 佐々川綾乃」と書いてあった。どうやら小学生の時のものらしい。


「あ、あいつ……っ」


 確かに自分は小さい。いつの間にか身長は伸びなくなったし、靴のサイズもずっと変わらない。

 だが、流石に小学生の綾乃よりは大きい自信があった。


 怒りに唇を噛みながら袖を通す。

 ピチピチのパツパツなところを見せて、チビ扱いしたことを悔い改めさせてやろう。


「……」


 袖も裾も余っていた。



 ◆◇◆◇



 京介がシャワーを浴びている頃、綾乃はリビングで掃除機をかけていた。


 1LDKと学生が一人で住むには若干広めなため、寝室以外の掃除はあまりしていなかった。洗濯物等を床に放置するほど堕落していないが、パッと見ただけでも何本か毛が落ちている。


(どうしてあんなこと言っちゃったんだろ……)


 掃除機のモーター音と夕方のニュースの音が支配する部屋の真ん中で、綾乃は顔に熱を覚えるほどの羞恥に襲われていた。


 人生で初めて、異性を部屋にあげた。


 京介が転んだ時は、怪我のせいで冷静さを失っていたが、これは普通にまずいのではないか。

 彼は自分に対し、おかしなことはしないだろう。しかし、手慣れている(・・・・・・)と誤解するかもしれない。少なくとも、自分が同じ状況なら疑ってしまう。


(……でも、うん、仕方ないよね)


 だとしても、あのまま彼を帰すわけにはいかなかった。

 掃除機の電源を落とし、ふぅと一息つく。綺麗になった、これなら大丈夫だろう。ソファに腰を下ろし天井を仰ぐ。



 まだ、シャワーの音が止まない。



 少しだけ、ドキドキする。


今日中にもう1話投稿します。

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