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第九話 壁ドンと顎クイを『したい』人生だった

残念ながら、映画は翔太の琴線には全く触れなかった。

やたら主人公がヒロインに馴れ馴れしく、上から目線で、壁ドンとか顎クイとか、こんなのされて嬉しいのか??と首を傾げる描写ばかりだった。

それに身長的に、自分が小春にするのは不可能である。

憧れているなら、申し訳ないと切ない気持ちになった。

しかし、そんな本音はさておき、


「面白かったっす~最近はああいうの、流行ってるんすね」

「ああ……そうだね、うん」


何とか場を取り繕うとするも、撃沈。

小春さんは至ってクールだ。

一体全体、どうしてしまったのか。

気が滅入りそうになるが、必死に自身を奮い立たせる。


「じゃあ、ランチ行きましょう!いいとこ見つけたんすよ~」

「あ、ありがとう」


よし、これで空気を変えられるはず!

そう意気込んだ翔太は、意気揚々と下調べしておいたカフェへ連れていった。

ローストビーフが自慢の、内装も若い女性に受けのいい、洗練された店だ。

小春とは食に関する話題でも盛り上がるので、喜ばれると踏んでいた、けれど。


「どれにします?やっぱりここは、ローストビーフがー」

「ごめん、今日はちょっと食欲なくて。サラダにしようかな」


え……??

賄いでラーメンと炒飯と唐揚げと餃子を食べる人が……??

体調悪いのかな……??

またしても気遣いが裏目に出てしまい、翔太は「あ、む、無理は駄目ですからねっ!」と言うしかなかった。

自分はローストビーフを頼んだが、この美味しさを共有出来ず、食事中も会話のない時間の方が多くて。

あまりにも思い描いていたデートとはかけ離れており、密かに頭を抱えた。

とりあえず。


「すみません、俺、ちょっとトイレ行ってきます」


と声を掛け、逃げるようにトイレの個室に駆け込んだ。

途端に嘆息を漏らす。

……歳上長身美女とのデートが、ここまで茨の道だったとは。

いや、にしてもおかしい。

普段の小春さんはもっと明るくて、気さくで、優しくて。

だからこそ、好みのタイプとは違っていても、その気持ちに応えられるかもしれない、と思ったのに。


「……俺が駄目なのかなぁ……」


百戦錬磨の小春には(だから大いなる誤解)、物足りないのか。

扉にもたれ掛かり、一人項垂れる。

そこへ、誰かが中に入ってきた。

二人の若い男性で、ここの店員らしい。

洗面台の前で、呑気に談笑を始める。

嫌でもやり取りが聞こえてきた。


「テーブル3のカップル、見た?」

「あーあの凸凹コンビね。男の方がチビのやつ」


ずっきーーーん!!!

はいはい、直ぐに分かりましたよ。

俺ですね、俺のことですね。

やっぱりそう見られてたんだ……。

自覚はしていたが、いざこうして現実を突き付けられると、胸の痛みを抑えられなかった。

しかも二人の侮辱は、容赦なく続く。


「女の子の方は美人だよなースタイルめちゃくちゃ良くない?」

「だよな。メイクはちょっと変だけど。結構タイプだわ」

「何であんなチビ選んだんだろ。身長とか気にしないのかね」

「ほら、自分にないものを求めるってやつ?でもあの子なら、もっといい男いそうなのに」

「ははっ、俺とか?」

「何言ってんだよ、バーカ」


アハハ、アハハハ。

不快な声が遠退いていき、しかし翔太は暫く身動きとれなかった。

小春と一緒に居たら、ずっとこうして好奇の目に晒されるのか。

揶揄されるのか。

想像するだけで悲壮感に苛まれ、気力が削がれていく。

鉛の如く重い足をズルズルと動かし、席へと戻った。


「お待たせ、しました……出ましょうか……」

「え、ああ、うん……どうしたの?元気ない?」

「いえ、大丈夫っす……」


恐らく顔面蒼白なのだろう。

小春は心配そうに訊いてくれたが、無論事実を述べる訳にはいかず。

二人はますます重苦しい空気を背負ったまま、店を後にした。

それからもウインドウショッピングや、お茶をしたが、言う間でもなく沈んでいて。

はぁ……こんなはずじゃなかったのに……。

足元に目線を落としながら、考えを巡らす。

不器用な童貞(!)なりに、頑張ったつもりだったけれど。

歳上長身美女は、荷が重かったようだ。


「じゃあ、ここでいいよ。送ってくれてありがとう」

「あ、はいっ」


物思いに耽っていたら声を掛けられ、ハッとして顔を上げた。

すると。

何故か小春が、思い詰めた表情でこちらを見据えており、戸惑ってしまう。

な、何だなんだ?

なんか……目がマジなんですけど……。


「こ、小春さん……?ど、どうし」

「翔太!!!」


突然。

小春が叫んだかと思うと、ダンッと。

勢いよく顔の間近に腕が伸びてきた。

え……これ……壁ドン??

俺……壁ドンされてんの??

よく知らないけど……普通男の子が女の子にするんじゃ……。

思考回路が混線している内に、今度は顎を乱暴に掴まれた。


「!!!???」


おいおい、今度は顎クイかーい!!

と突っ込む間もなく、小春の顔が迫ってくる。

しかも真顔で、目が見開いてる。

ヤバい。

色気もへったくれもない。

翔太は額から冷や汗を流し、恐怖すら覚えた。

これは……あかーーーん!!!


「ご……ごめんなさーい!!!」


咄嗟に小春の腕の中からくぐり抜け、全力で逃げ出した。

走って、走って、走って。

後ろを振り返る余裕など、まるでなかった。




そして。

この悲劇を目撃していた人物がいた。

凌だ。

偶然街中で翔太と小春を見つけ、興味本位で着いてきてしまったのだが。


「……何だこりゃ」


女が男に壁ドンと顎クイなんて、初めて見た。

これは、翔太のプライドがズタズタだろう。

おまけに何だ、あの女の格好は。

聞いていた印象と大分違う。

凌は眉を顰め、呆然と立ち尽くす小春の姿を、影から眺めていた。

何つーか、確かに歳上長身美女だけど……実は超絶奥手なんじゃねぇの……?

余計なお世話だと自覚しつつ、そう分析していると。

ふと少し離れた所に、同じように女性が小春の様子を窺っているのに気付いた。

愛らしい顔立ちであろうに(雰囲気で分かる)、大きなサングラスで目元を隠し、何やらニヤついている。

ちなみに、小柄なロリ巨乳。

彼女はズバリ真里菜なのだが、凌は知る由もなかった。

訝しげに見据えていると、視線を感じたのか、飄々とその場を去っていった。


「何なんだ、あいつ」


何となく、ただ居合わせただけではない気がする。

単なる勘ではあるが、凌はそれを割りと信じているし、当たることも多い。

不穏な空気を感じ、翔太の身を案じて落ち着かなくなった。

ご閲覧ありがとうございます!

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