第五十四話 そんなに直ぐには大人になれない
「珍しいね、こんな時間に。どうしたの？」
小春は至って普段どおり、ニコニコと笑みを湛えて訊いてきた。
それがまた、翔太の苛立ちを煽る。
もしや、雄大とずっと一緒に居れるからご機嫌なんじゃ……。
だってだって、あんな長身イケメン、女の子なら誰だって……。
先程の光景が脳裏に焼き付いて離れず、つい口調がきつくなる。
「あの、ちょっと距離近くないっすか」
「え？」
「笹野さんと、その……仲良すぎっつーか……」
あああ、何言ってんだ俺！
お子ちゃまにも程がある！
と自覚はしつつも、止められなかった。
焦っていたのだ。
このままだと、俺の嫁（仮）が雄大に奪われてしまう、と。
小春はようやく不穏な空気を察したのか、眉を顰めて、
「別に普通だよ？そんなに仲良くもないし」
「嘘。さっき、めちゃくちゃいい空気でしたよ」
「え～あれくらい、同じ職場なんだからおかしくないでしょ」
「そうっすか？小春さんにとっては、あれが普通なんすか？」
「翔太……」
阿保ー！！分かってたけど、俺の阿保ー！！
小春を困らせると知っていても、どうしても我慢出来ない。
何でこうなるんだろう。
指輪を渡したかっただけなのに。
唇を噛み締め、口を噤んでしたいると、呆れたような溜め息が聞こえてきた。
「じゃあ雄大とは、もうちょっと距離を置くから。それでいい？」
カッチーン。
え、何なんだろう。
この言い方、なんか凄く、嫌だ。
俺はただ、『私は翔太一筋だから、大丈夫だよ♡』って言って欲しかっただけなんだ。
こんな突き放されるなんて、思ってもみなかった。
雄大の言葉が甦る。
『俺と小春は年も近いし、彼女はとても魅力的だから』。
まさか、もしかして、万が一億が一、……。
翔太は愕然としてしまい、気付けば。
「俺達の方が、距離置きましょうか」
へ？？
何言ってんだ、俺。
そうじゃないだろ。
今日はせっかく買った指輪を渡して、プロポーズするんだろ。
と自身にツッコミするも、一度口にした言葉は取り消せない。
それに、やはりどうしても心のモヤモヤが拭えなかった。
このまま雄大と結ばれた方が、小春の為になるんじゃないかと。
そう考えるのも仕方あるまい。
彼女はハッとして目を見開き、かと思うと瞼を伏せて、
「翔太がそうしたいのなら、……いいよ」
ガーーーン！！！
これまた、凄まじい衝撃を喰らった。
少し期待してしまっていた。
『嫌！翔太と一緒にいたいっ♡』と縋り付いてもらえるのを。
本当に阿保だな、俺。
こんなコンプレックスだらけで、幼稚で、童貞も卒業したばかりで、元ロリ巨乳好きなんて、捨てられて当然じゃないか。
ん？最後らへんは関係ない気がするけども……。
とにかく、自分は小春さんに相応しくない。
外見も中身も完璧な雄大が、幸せにしてくれるはず。
翔太は徐に頭を下げ、
「今までありがとうございました。……笹野さんとお幸せに……」
身を翻し、トボトボと帰路についた。
小春が後を追ってくることは、なかった。
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