第四十一話 誤解がとけた!その時、歳上長身美女は……
何であんなこと言っちゃったんだろ。
小春はどんなに後悔しても、しきれなかった。
けれど本当は凌のことが好きな翔太に、無理して付き合わせるのは申し訳なかった。
元々こちらから猛アタックして、交際が始まった経緯があるので、余計に引け目を感じるのかもしれない。
眼前にずっと食べたかったパフェがあるのに、手付かずでいると、
「また辛気くさい顔しちゃって。どうした~?食べちゃうよ?」
こちらとは全く真逆の、晴れ晴れとした表情の真里菜が、茶化すように訊いてきた。
海外旅行から帰ってきたその体は、健康的に焼けていて、羨ましく思う。
お土産を渡したいからと、カフェに呼び出されたのだ。
そういや翔太も、旅行に誘ってくれたなぁ……。
気を使ってくれたんだろうなぁ……本命は、他にいるのに……。
「ちょっとちょっと、マジでどうしたの?」
小春が呆然としたまま何も言わないので、さすがに真里菜は慌て出した。
一度は疎遠になったものの、今ではすっかり元通り、いやより絆が深まっている。
しかし『彼氏の自宅にのこのこと行き、何も起こらず、のこのこと帰って来た』という事実は、思った以上に羞恥心を強くさせた。
女のプライド、とでも言おうか。
挙げ句翔太がゲイだった、なんて本人のプライバシーにも関わるし、どう話していいのやら、全く分からない。
それでもこの想いを吐露しなければ、前に進めない気がした。
小春は徐に口を開き、
「じ、実は……翔太の家に、泊まりに行って……」
「おお、いいじゃん」
「でも……ちょっと……上手くいかなくて……」
「ふんふん」
「そしたら……その……翔太と……あの……」
ああ、やはりどう説明したらいいのか。
あの時の衝撃が蘇り、更にしどろもどろになる。
すると真里菜はポンポン、と頭を撫でてきて、
「大丈夫、大丈夫。ゆっくり話して」
「……真里菜~!!」
心地好い、子をあやすような口調に、小春は視界が滲んだ。
そしてついに、我慢出来なくなり、
「翔太が……ゲイだったー!!」
人目も憚らず、店内に響き渡る大声で泣き叫んでしまった。
周囲の人達が何事かと、チラチラと目線を向けてくる。
真里菜もさすがに呆気にとられ、
「……え?んな訳ないと思うけど……?」
「あるの!翔太は、男が好きなの!」
「だから違うって。あいつ、めちゃくちゃ女好きじゃん。胸ばっか見てるじゃん」
「違わない!だって!立花くんとラブホ行ってたもんー!!」
アラサーに突入しかけている女二人の、珍妙なやり取り。
場は地獄絵図と化した。
店員が恐る恐る近づいてきて、
「あの、申し訳ございません……他のお客様もいらっしゃるので、もう少し声を控えて頂けたら……」
「「す、すみません……」」
小春と真里菜は肩を縮こませ、同時に頭を下げた。
同業の癖に迷惑をかけてしまうとは、心底情けない。
暫し静寂が訪れ、真里菜はコソコソと何やらスマホをいじっているようだった。
そして。
「……あのね、それ、絶対違うから。勘違いだから」
真里菜がはっきりと断言し、けれど簡単にはいそうですかと受け入れられる訳がない。
だってこの目ではっきりと、現場を捉えたのだから。
ムッツリと口を尖らせ、黙りを決め込んでいると、
「だって私、凌と付き合ってるもん」
「……はあああ!!??」
寝耳に水、とはまさにこのこと。
はい?真里菜と立花くんが?いつから?何処から?何時何分何秒?地球が何回回った日??
パニックに陥り、それこそ声が出なくなった。
酸素を失った金魚の如く、パクパクと口を開閉する。
真里菜は勢いよく顔の前で合掌し、
「ごめんね!言おうと思ってたんだけど、旅行から帰ってからにしようって。正直、向こうがすぐ飽きるかも、って心配してたのもあってさ」
「で、でででも!確かに翔太と立花くんはラブホに入った!この目で見たもん!」
「今、LINEで訊いてみた。そしたらね……」
彼女は笑いを堪えているようだった。
いやいや、こっちは真剣だから!将来がかかってるから!!
と険しい表情で、答えを待ち構えていれば。
「『小春さんとの脱・童貞に向けてのレクチャーをしてた』だって……ぷぷっ」
……あ、こりゃ笑われても仕方ないわ。
というか、むしろ笑って欲しいわ。
人騒がせにも程がある。
小春はしかし、拍子抜けしてしまい、笑う気力すら残っていなかった。
真里菜は余程ツボだったのか、「あはは、はははっ!」と腹を抱えて爆笑している。
確かに漫画みたいだけどさ、私も笑い飛ばしたいけどさ。
「私……距離を置きたいって言っちゃったよー!」
馬鹿だった。
ちゃんと訊けば良かったんだ。
私と立花くん、どちらが好きなのか。
なのに傷つけられるのが怖くて、決定的なことを言われたくなくて、自分の方から逃げてしまった。
私は、本当に臆病者だ。
テーブルに突っ伏して、意気消沈する小春に、
「まだ間に合うよ。翔太くんとちゃんと話しなよ」
「……うん、でも……」
「仕方ないなぁ。奴には借りがあるし、我々が一肌脱ぎますか」
『我々』、とは……??
意味深なことを口走る真里菜に、嫌な予感がして、冷や汗が滲み出た。
彼女は愛らしくウィンクをして、再びスマホで誰かに連絡をとっていた。
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